企画 | ナノ

 室内に入った途端、自分でも顔が歪むのがわかった。「あ、名前だ」備え付けのソファにぐでんと寝転び、バチュルと戯れるクダリさんはいつも通りの笑顔を浮かべる。「どうしたの。顔、こわい」

「どうしたのって、私の台詞ですよ」

 私は机上に置いてあったリモコンに手を伸ばす。「あ」と短く声を上げたクダリさんを横目に、リモコンに表示さ

れている数字を確認する。温度、19℃……私は無言で冷房を切った。

「あー! 何するの、名前!」
「何するのじゃない! 寒すぎるでしょうが!」
「寒くない! ちょうどいい!」

 リモコンを奪おうと伸びてくる手から逃げ、私は「こんなんじゃ体壊しちゃいますよ!」と言うがクダリさんは聞く耳をもたず「暑いほうが体壊す!」とぎゃあぎゃあ喚いた。確かに最近の猛暑には参るが、限度というものがある。というか夏は節電するとかノボリさん言ってなかったっけ……と、クダリさんと必死のリモコン攻防を繰り広げていると、突然扉が壊れんばかりの勢いで開かれた。

「うるさいですよ、二人とも」

 目の下に深い隈を刻み、真っ黒なコートを身に着けたノボリさんの登場に私とクダリさんはびくりと肩を震わせて静止した。鋭すぎる眼光が彼の寝不足を表している。ノボリさんは私とクダリさんの襟首を掴むと、その細腕からは想像出来ない腕力で私とクダリさんを持ち上げた。
「頭を冷やしてきなさい」ぽいっ、とまるで猫を捨てるかのように放り投げられた。「ちょ、ノボリ!」クダリさんは慌てて立ち上がるが、先程まで私達が居た執務室は堅く閉ざされている。内側から鍵を閉められたのか、ドアノブを回しても扉を叩いても反応が無い。クダリさんは項垂れた。「ボクのオアシスが……」
 ノボリのばかー! と叫ぶクダリさんに、あんた一体いくつだよと呆れる。そして騒いでいるうちに暑くなってきたのか、クダリさんは力尽きたようにその場に座り込んでしまった。

「暑い。溶けちゃう」
「外に比べたらよっぽど涼しいほうですよ」
「でも暑い」

 クダリさんはもそもそとコートを脱ぎ始めた。さらにYシャツを腕まくりし、ネクタイも緩め始める。だらしないですよと注意したが、だって暑いんだもんの一言で片付けられてしまった。

「少しはノボリさんを見習ってくださいよ」
「ボクはノボリじゃないもん。クダリだもん」

 唇を尖らせ、体育座りで私から顔を逸らすクダリさん。どうやら彼のご機嫌を損ねてしまったらしい。内心溜息が漏れつつ、私はクダリさんに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「クダリさん、アイス食べにいきましょう」

 ぴく、とクダリさんの肩が揺れた。「近くのアイス屋さん、夏限定のアイスが出たんですよ」ぴくぴく、とさらに揺れる。「クダリさんの好きなもの買ってあげますから」

「うん、行く!」

 表情を一変させ、輝かんばかりの笑顔を浮かべて立ち上がるクダリさんに苦笑が零れる。なんて単純なのだ。

 外へ出ると一気に蒸し暑い空気に襲われてクダリさんが文句を言って大変だったが、目的のアイス屋さんまで半ば強引に連れて行くのに成功した。店内に入るとまた上機嫌にアイスを選び始めるのだから、どちらが年下なのかわからない。店員のお姉さんにもくすくす笑われて、ちょっとだけ恥ずかしいと思ってしまった。

「く、クダリさん。早く選んでください」
「んー……ちょっと待って」

 クダリさんはきょろきょろ視線を交互に移動させている。視線の先にはいちご味とチョコレート味のアイス。ああ、と私は察した。「じゃあ私いちご味買うので、クダリさんはチョコレート味買ってください」半分こしましょう、と言うとクダリさんは「うん!」と元気に頷いた。

「おいしー!」

 適当な場所に座り、二人で買ったアイスを頬張る。ひんやりと冷たくて甘いアイスは、文句無しに美味だった。不意に、視線を感じた。クダリさんが穴が開くほど私のいちごアイスを見つめているのだ。「……食べます?」アイスを差し出せば、待ってましたと言わんばかりにクダリさんがいちごアイスを舐める。
「ん、甘い」口の端についたアイスを舌で舐めとり、「あ」とクダリさんは思いついたように短く声を上げた。

「間接キスだね」

 悪戯っぽく目を細められ、思わずアイスを落としそうになってしまった。慌てる私にクダリさんは「夏も悪くないかも」とケラケラ笑った。



Ice Magic
20120829⇒
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