企画 | ナノ

 流石にこの時間になると、周囲も暗い。変質者がいるなんて噂は聞かないが、人通りの少ない住宅街は不気味だった。街灯がチカチカと点滅していて、恐怖に拍車をかける。けれど今更引き返すわけにもいかず、私はぎゅっと自転車のグリップを握った。
 ――これでいいんだよね、高尾くん。脳裏に友人の顔を思い浮かべた。


 昨日あれから緑間くんに誤解されるわ、誤解を解こうにもとことん避けられるわで、散々だった。私の落ち込みっぷりは半端なく、友達からは死人のようだとか目が死んでる等好き勝手言われ、しかも私が反論しないもんでこれは変だぞと心配を掛けてしまった。流石の高尾くんも「どうした?」と真面目な顔で話を聞きに来てくれたし。
 私は包み隠さず今朝のことを報告した。話を進めるにつれ、高尾くんの顔が引きつっていった。額に手を当てて「あちゃー……」と呟く程だ。

「ご、ごめんね」
「え、何で苗字ちゃんが謝んの?」

「だって」不意に目頭が熱くなった。「迷惑でしょ、高尾くん。私なんかとつ、つきあってる、って誤解されちゃって」
 高尾くんはぽかんと口を開け、次いで深い溜息を吐いた。「あのさぁ」

「いつ誰が迷惑だなんて言ったよ? つか、今問題なのはそこじゃないでしょーが」

 わしゃわしゃと私の頭を乱雑に撫でると、高尾くんは力強くこう言った。

「真ちゃんのことは俺が何とかすっから、苗字ちゃんは明日真ちゃんに会って正直に全部ぶつかってこい!」

 だから泣くなよ。高尾くんは最後に付け足すようにぼそりと言った。その言葉がとても小さくて、何だか彼のほうが泣きそうな声だったけど、私は気のせいだと思った。


 そして今に至る。いや、正直、自分でも遅すぎだろと思うが、今日は一日部活だったらしいし何時終わるのかも聞いてなかったし……でも夕飯時にお邪魔するのもな〜とか何とか考えてるうちにこんな時間になってしまった。要は、理由をつけて先延ばしにしていたのかもしれない。彼に言うべきことは、まだ胸の中でごちゃごちゃしている。考えがまとまってから来るべきだけれど、ちんたら考えてたら日付が越えてしまう。それだけは避けたかった。
 一つ、深呼吸をして携帯を手に取る。震える指で発信ボタンを押した。早く出て、とコール音を聞きながら願う。早く出てくれないと、きっと臆病な指は電源ボタンを押してしまう。

『……何だ』

 何度目かのコールの後、ようやく繋がった。長いようで短かった沈黙の後、ぶっきらぼうな声が耳に届いた。「み、緑間くん、あのね」声が震える。「今、緑間くんの家の前にいるんだけど」
『は?』ガタガタ、と雑音が聞こえる。階段を急いで下りるような足音が聞こえたと思うと、ガチャリとドアが開いた。「なんで、」比較的ラフな格好をした緑間くんは携帯を耳に当てながら、唖然とした表情で私を見ている。だがそれも一瞬のことで、通話を切るとちょっと怒ったような顔で私に近づいてきた。「今何時だと思ってる」

「ごめん。でも、どうしても言いたいことあって」

「とりあえず後ろに乗って」私は愛用のママチャリのリアキャリアの部分を指差す。所謂二人乗りするときに、もう一人が座る場所だ。緑間くんは困惑していたが、私の催促で後ろに乗ってくれた。それを確認し、私はペダルを漕ぎ始める。フラフラと不安定だったが、根性で耐えた。

「おい苗字、やっぱり降り……」
「だめ! ちゃんと掴まってて!」

 滅多に出さない大声に驚いたのか、緑間くんは口を噤んだ。それをいいことに私はどんどんペダルを漕ぐ。腰に手を当てられたが、二人乗りに必死だったためそんなに気にならなかった。よし、何となくバランスのコツもわかってきた。平坦な道を当てもなく進んでいると、緑間くんがぽつりと口を開いた。「高尾から聞いた」

「私と、高尾くんは、ただの、友達だから」坂道に差し掛かり、私は早くも息切れが始まっている。必死な思いで言葉を紡いだ。「ああ」緑間くんが後ろで頷く気配を感じた。

「てか、やっぱりアレ、聞いてたん、でしょ!」

 アレ、というのは、先日の告白練習のことだ。本人はしらばっくれているが、確実に聞かれていたのだろう。だからあんな誤解をされてしまったのだ。というか心当たりがこれしかない。証拠に、緑間くんは沈黙している。
「私が」ごく、と唾を飲み込む。額に滲んだ汗は暑さだけのせいじゃなかった。「私が好きなのは、」もうすぐ頂上だ。

「緑間くんだから!」

 こんな夜に叫んで近所迷惑だとか、そんなことは気にする余裕はなかった。むしろ坂を高速で下りながらだったので、若干悲鳴混じりの告白だ。坂を下り終え、適当な位置で停止する。反応の無い緑間くんに不安になり、もしや聞こえてなかったのだろうかと思い振り返ると――これ以上ないぐらい、真っ赤な彼と目が合った。

「え、えと」つられて私まで赤くなってしまった。何か言わなければと口を開きかけたが、瞬間、緑間くんの大きな手で塞がれてしまった。「ぐむぅ」

「……まさか、先に言われるとは……」ぼそぼそ喋る緑間くんに、一気に不安が押し寄せてくる。冷静になって考えてみれば、私が一人で盛り上がっているだけだ。彼にとったら、迷惑以外の何物でもないだろう。
 そんなことを考えてるのが伝わったのか、緑間くんは咳払いをした。「何を考えてるかは知らんが」

「一度しか言わんからな」彼はようやく手を離してくれた。私は真剣に頷く。緑間くんは一呼吸置くと、真っ直ぐな瞳で私を見つめた。

「俺もお前が、好きだ」

 ずっと前から、と続ける緑間くんの赤い顔が、ぼんやりと歪んで見えなくなる。おい、と焦ったような声をあげる彼に、自分が泣いていることに気付いた。
「え、あ、ごめ、」慌てて拭おうとすると、手首を掴まれた。ついと顔を上げれば、瞼に柔らかい感触。

「……泣かせたいわけじゃないのだよ」

 気まずそうにそっぽを向く緑間くんに、私は金魚のように口をパクパク動かすしかなかった。「も、も、も、もしかして、キ」
「黙るのだよ!」緑間くんはこれ以上ないぐらい真っ赤な顔だった。きっと私も負けないくらい赤いんだろう。
 不意に緑間くんがリアキャリアから腰を上げた。「変わろう」と言う彼に甘えて、今度は緑間くんに漕いでもらうことにした。後ろに腰掛けると、先程まで緑間くんが座っていたので暖かくて、何だか恥ずかしい。遠慮がちに腰を……というかTシャツの裾を掴むと、もっとしっかり掴まれと言う。
「え、ええ、でも……」と言いよどむ私に、緑間くんは今日何度目かの溜息を吐いて私の腕をぐいと引っ張って、自分の腰をしっかりと掴ませた。

「行くぞ」

 私とは違い、スムーズに漕ぐ彼の背中に、心臓が飛び出そうだった。やっぱり、背中、広いなぁとか、筋肉ついてるなぁ、と思ってしまう私は変態なのかも、しれない。こつん、とおでこを緑間くんの背中にくっつける。びくっと一瞬だけ震えたけど、何も言われなかったので大人しくこのままでいることにした。

「おい、苗字の家はこっちの方でよかっ――」
「あ、ああああああ!」

 キキーッとブレーキが音を立てて止まった。緑間くんが焦ったように「どうした」と振り返る。私は先程のどきどきから一変、顔面蒼白で口元を手で覆った。「どどどどうしよう」

「一体何なのだよ」
「け、結局緑間くんへプレゼント渡せてない……!」

 当初の目的は一体どこへいってしまったのか。私は頭を抱えた。ちらり、指の隙間から緑間くんを見上げると、至極呆れた目で私を見ていた。

「…………」
「え、あの、無言で溜息はやめてください……」

「別に今更、プレゼント等どうでもいいのだよ」緑間くんは目を細めた。呆れたような、でも優しい顔で微笑むから、胸がきゅんとしてしまった。

「ずっと欲しかったものが手に入ったからな」

 そういって再び前を向き自転車を漕ごうとする彼に、ぎゅうと背中に抱きついた。

「お誕生日、おめでとう」

 この言葉も、忙しく動く心臓の音も、大好きだよっていう想いも、全部全部伝わればいいのに。応えるように大きな右手が、私の手をそっと握った。




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