dream | ナノ




 いい加減帰ってきなさいと母にどやされ、面倒くさいと思いつつもこれ以上怒らせるとさらに面倒になるため、俺は渋々新幹線で何時間もかけて実家へと帰ることにした。室ちんは「アツシが心配なんだよ」と笑っていたけれど、面倒くさいものは面倒くさいのだ。俺今の間に何回「面倒」って言葉使っただろう。まあいいや。
 必要最低限の着替えと、おやつは駅か近くのコンビニで買って行こう。まさ子ちんに最低限筋トレはしろよと言われた。露骨に嫌な顔をすると竹刀で殴られたので、慌てて頷く。するかどうかはわかんないけど。
 そんなこんなで結局みんなから見送られる形で帰路につくこととなった。途中、「切符持ったか?」「財布落とすなよ」「何かあったらすぐ連絡するんだぞ」とか何とか言われたけど、みんな俺のこと何だと思ってんだろう。

「……あらら?」

 真っ直ぐ家に帰ってもつまらないので、久しぶりに幼い頃通った駄菓子屋へと行くことにした。けれど朧気な記憶を頼りにぶらぶら歩いていても目的の店は見つからず、代わりに目に入るのは知らない建物ばかり。もしかして道を間違えたのだろうか。でも確かにこの辺だったはずだ。
 きょろきょろ眺めていたら、「ちょっと」と後ろから声を掛けられた。くるりと振り向くと、箒を持ったおばちゃんが不審そうな目で俺を見ている。「アンタさっきから何してんの?」明らかに怪しまれている。俺は素直にこの辺に駄菓子屋がなかったかと尋ねると、おばちゃんは少し考え込んで「ああ」と頷いた。

「去年か一昨年ぐらいにお婆ちゃんが倒れちゃってね。そのまま亡くなって、継ぐ人もいないからって息子さんが土地ごと売っちゃったのよ。それで今はホラ、あの通り」

 おばちゃんが指差した先には、新築だと思われるマンションが建っていた。「まあ今はコンビニもスーパーもあるし、駄菓子屋なんて儲かんないしねぇ」とベラベラ喋り続けるのを聞き流し、俺はなんだか胸の中がもにゃもにゃとした。
 仕方ないから俺はそのまま家に帰ろうと、おばちゃんに礼を言ってその場を後にした。道中コンビニを見つけたので立ち寄って何個かお菓子を買った。こんなところにいつコンビニが出来たのかと思うと、先程のもにゃもにゃが少しだけ増えた気がした。コンビニだけではなく、小学生の頃家族で食べに行ったラーメン屋がケーキ屋になっていたりした。甘い香りに涎が出そうになったが、コンビニで買ったお菓子を思い出してぐっと堪える。もにゃもにゃがまた大きくなる。きっとこれはお腹が空いてるせいだと、新作のまいう棒に噛り付いた。

「帰ってくるなら迎えに行ったのに」と言う母を適当にあしらい、自室へと向かう。高校へ入学する際私物の殆どを処分したり、寮へと送ってしまったので部屋にあるのはベッドと学習机ぐらいで、とても空虚な部屋だと思った。倒れこむようにベッドに横になると、どっと疲れが出たようで睡魔が襲ってきた。そのままうとうとしていると、下の階から「敦ー」と母に呼ばれた。

「……なにー」

 億劫だが返事をすると、「牛乳買ってきてー」と言われた。俺帰ってきたばっかなんだけど。疲れてんだけど。全身で嫌だオーラを放ってみても、母は知ってか知らずか「お願いね」と牛乳代を俺に押し付けた。「お金余ったらお菓子買ってきてもいいから」……仕方ないから行ってやろう。
 脱ぎ捨てたスニーカーを履くと、「そういえば」と後ろから声をかけられた。

「なに」
「あんたが昔大好きだった苗字さん家のお姉さん、今度結婚するんですってよ。会ったらちゃんとおめでとうって言いなさいね」

 それだけ、と言って台所に引っ込む母の姿を俺はぼんやり見送った。そうか、あの人、結婚するんだ。胸のもにゃもにゃが再び強くなった。


 苗字さん家のお姉さんといのは、幼い頃よく遊んでもらった人だ。一回り歳が離れていて、俺を弟のように可愛がってくれてた。あの人の作るお菓子が好きで通っていたともいうが。
 そこでふと、彼女の妹の存在を思い出した。俺と同い年の女の子で、一緒に遊んだ子。成長するにつれあまり会わなくなっていったが、あの子は今、何をしてるんだろう。あの子も俺の知らないところで変わっているのだろうか。そう考えたら、なんだか無性に会ってみたくなった。

「あれ、敦くん?」

 え。まさかと振り返ると、そこには丁度思い描いていた人物が目を丸くして立っていた。「なまえちん?」
「やっぱり敦くんだ! うわ、久しぶり。また大きくなってる!」小走りで近寄ってきたなまえちんに、今度は俺が目を丸くする番だ。記憶の彼女より髪が長くなっているが、笑顔はそのままだ。にこにこしながら見上げてくるなまえちんに、俺は思わず「すげー偶然」と呟いた。

「ん? 何か言った?」
「ううん。……あ、そうだ。お姉さん結婚するんだってね、おめでとー」

 なまえちんは目をぱちくりと瞬かせ、破顔させた。「結婚すんの私じゃないけど、ありがとう。伝えておくね」
 不思議なことに、なまえちんの笑った顔を見たら俺は今日のことを全て彼女に話してしまいたくなった。駄菓子屋がなくなったこととか、コンビニが出来てたこととか、ラーメン屋がケーキ屋になっちゃってたこととか、全部。

「じゃあ私そろそろ、」
「待って」

 去ろうとするなまえちんの手首を掴むと、びくりと一瞬だけ強張った。なまえちんはびっくりした顔で「どうしたの」と尋ねてくる。でもびっくりしてるのは俺もだった。何で俺、引き止めちゃったんだろ。

「……まだ、行かないで」

 何とか搾り出した言葉は、本当に俺かってぐらい弱々しいものだった。うわあ、なんか俺、きもちわるい。引かれちゃったらどうしよう。掴んでた手を離して「ごめん」と謝ろうとすると、逆にその手を掴まれてしまった。

「いいよ。私ね、いっぱい話したいことがあるの」

 ぎゅうと強く握られ、全然痛くも痒くもないけど、なんでだかもにゃもにゃが鎮まっていくようだった。
「俺も聞いてほしいこといっぱいある」と告げれば「何でも聞くよ」とふにゃりとなまえちんは笑ってくれた。

 次に帰ってきたときは、また何かが変わっているのだろう。それは町並みか、人か、それ以外かはわからない。でも繋がれた掌の温度はいつまでも変わることがないんだろう。それが救いのように感じた。




おかえりなさい
20130110⇒
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