dream | ナノ





 暫く状況を理解するまで時間がかかった。ぼんやりとする頭をフル回転させてみたが、それでも答えは見つからない。お粗末な脳みそは「きっとこれは夢だ」という答えを弾き出し、私は布団を頭から被りもう一度目を閉じた。

「おい」

 すると頭上から、というか布団越しに不機嫌そうな声が聞こえるではないか。とうとう幻聴まで……私はさらに強く目を瞑った。どうやら大分参ってるようだ。
「無視するとは、いい度胸なのだよ」耳に心地よい低い声は、マジで切れる五秒前のような不穏さを孕んでいた。まさか、と恐る恐る布団から顔を出すと、眉間に皺を寄せた緑間が仁王立ちしていた。え、なにそれこわい。

「……夢?」
「起きて第一声がそれか」

 ふん、と鼻で笑い、我が物顔で私のクッションを尻に敷き座る姿を見てこいつは夢ではないなと直感した。私の知り合いにこんなに偉そうな変人はこいつしかいない。
 目を白黒させていると、緑間は私の額にそっと手を触れた。相変わらずのテーピングがぐるぐる巻きだったけれど、ひんやり冷たい指先はとても心地よかった。緑間はそのまま、中途半端に剥がれかけてた冷えピタをベリッと剥がしてポイッとごみ箱へ投げた。吸い込まれるように投げ込まれた冷えピタを眺め、「シュートの無駄遣い」と笑えば「黙れ」と新しい冷えピタを貼ってくれた。ひんやり冷たく、目が冴えるようだ。

「馬鹿は風邪を引かんと思っていた」
「うん、私も」

 へらりと笑って返せば、緑間はまた不機嫌そうにじろりと私を睨んだ。いつもならからかってやるのだが、十年振りに引いた風邪に私はすっかり弱りきってしまっていて、言葉の変わりにくしゃみが飛び出る。鼻水がだらりと垂れ、緑間がティッシュをくれた。人目を憚らず思いっきり鼻をかむと、「仮にも女子だろう……」と呆れたように緑間が呟いた。風邪の前に女らしさなど邪魔なだけである。

「緑間、もっかいシュートして」
「俺のシュートは安くない」

 使用済みのティッシュを渡したが、断られてしまった。そりゃそうだ。私だったら触りたくもない。

「そういや緑間、なんでここにいんの? 学校は?」
「とっくに終わった。時計を見てみろ」

 緑間の言葉に、壁掛け時計を確認してみると針は八の数字を刺していた。「八……え、八時!?」驚いて飛び起きると、カーテンは閉められているが外から入ってくる光は一切ない。やけに明るいと思ったのは、部屋の電気がついていたからなのか。そういや夕方まで起きてたけど、また寝ちゃったような……。曖昧な記憶に頭を悩ませていると、ぐううと腹の虫が鳴った。時間を自覚した途端これである。

「お腹すいた……」

 そういや朝も昼も気持ち悪くて食べれなかったなぁ。ぐうぐう治まる気配のない腹の虫に緑間は吹きだし、「その調子だともう大丈夫みたいだな」とお盆を取り出した。

「え、何それ」
「腹が減ったならこれを食えばいい」

 お盆の上には、小さな土鍋とれんげが置いてあった。緑間に促されるまま蓋を空けてみると、少し温くなったお粥が姿を現した。柔らかな黄色をしたそれは、卵粥だろう。私は普通のお粥よりも卵粥のほうが好きなので、お母さんが作ってくれたのだろうか。

「これ、お母さんが?」
「いいや、俺だが」

 衝撃的な言葉に、れんげを落としそうになった。い、今……なんて言った……!? 確認するように視線を向ければ、緑間が「俺が作った」と頷いた。
 蛇足だが、緑間は超がつくほどの不器用である。しかも手が傷つく恐れのある料理なんて全くしたことがないと言っていいぐらいのレベルだ。その緑間が、粥を、作った……だと……!? 若干れんげを握る手が震えてきた。食えるのかコレ、とは恐ろしくて言えない。むしろあの緑間が好意から作ってくれたお粥だ。無下にはできない。

「……いただきまーす……」

 まあお粥だし。失敗するほうが難しいお粥だし。自分にそう言い聞かせて恐る恐る口に入れ――咽そうになった。
 口内に広がる苦味、そして塩っからさ。こいつ、焦がした上に塩の量間違えたな……! 見た目が綺麗なのに味が、そう、まずい。よくわからないが変な辛さもある。どうしてこうなったのだよ、と言いたくレベルだ。
 文句を言おうにも、緑間は何かを期待するようにじーっとこちらを見ている。これはアレか。アレだな。

「お、おいしい、です……」

 引き攣る頬を精一杯笑顔にすると、緑間はホッとしたように息を吐いて「そうか」と頷いた。一瞬緑間が可愛く見えてしまい、殊更まずいなんて言える空気ではなくなった。でもね、緑間。味見ぐらいはしてほしかったな……。
 機械のようにお粥を食す私に、緑間は「そろそろ失礼する」と立ち上がった。慌てて咀嚼し、私は「ありがとう」と告げた。

「……お前が大人しいと調子が狂うのだよ。さっさと治せ、苗字」

 ぶっきらぼうにそれだけ言い残し、そそくさと部屋から出ていく大きな背中をぽかんと見送る。見間違いじゃなければ、耳が赤かった。

「素直じゃないなぁ」

 不器用な姿に、行為に、笑みが零れた。あれでもきっと、心配してくれたんだろう。じゃなきゃわざわざ見舞いにきてお粥まで作ってくれるはずがない。
 携帯がチカチカ光った。メールが一件、高尾くんからだった。私の安否を気遣う文面にさらに笑みが濃くなる。とりあえず彼に、緑間がお粥を作ってくれたことと私の舌の感覚がないことを報告した。





また明日ね
20121130⇒
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