見慣れた帰り道に見慣れた広い背中を見つけた。 「あ」と小さく声を漏らせば、聞こえたのか背中がぴくりと震えた。気怠げに振り返った横顔は、なまえの想像通りの表情を浮かべている。思わず笑みをこぼすと、「なに笑ってんだ」と声を掛けられた。 「いやぁ、別に」 「別にで人の顔見て笑ってんじゃねーよ。轢くぞ」 「宮地が珍しくて」なまえは勢いをつけて一歩を踏み込むと、そのまま駆け足で宮地の隣に並んだ。横からちらりと見上げると、記憶よりも高い位置から見下ろす宮地と視線が交わった。こいつ背伸びたなぁとぼんやりなまえが考えていると、宮地は面倒くさそうに唇を尖らせた。「珍しいって何だよ。同じ学校だろ」 「そうだけどさ」こんな時間にいるのって珍しい、と言い掛けたところで宮地が「今日は部活なかった」と答えた。なまえはへぇと頷き、内心よくわかったなと驚いていた。そういえば昔から、宮地はなまえの言いたいことをすぐ察していたと思い出す。幼い頃の宮地が脳内に蘇り、なまえは何故だか恥ずかしくなりマフラーに口元を埋めた。陽が落ちた十一月は寒い。なまえはコートにマフラー、隣に立つ宮地はマフラーはつけているものの、いつも通りの冬服の制服だ。 「寒くないの?」 「お前ほど寒がりじゃねぇから」 なまえは一瞬足が止まりそうになった。まさか、自分が寒さに弱いということを覚えているとは思わなかったのだ。 宮地となまえは、あるときを境に言葉を交わさなくなった。二人が喧嘩したわけではなく、思春期を迎えた二人は自然と距離を置いたのだ。切欠はなまえの友人が宮地を好きになったことだったかもしれないし、宮地の友人がなまえと宮地の仲をからかったせいかもしれない。その上部活動のせいで会う時間は減り、疎遠になるのは当然のことだった。 ――なのに、覚えていてくれた。冬を迎えるたびに寒い寒いとうるさかった自分のことを、宮地は覚えていてくれた。胸が温かくなるのを感じ、なまえはそれを隠すように慌てて口を開いた。 「え……っと、ひ、久しぶりだね。こうして一緒に帰るの」 「ああ」素っ気無い返事が返ってくる。ちょっと心配になり横目で見上げると、宮地は真っ直ぐ前を向いていた。じっと見つめても不自然なぐらいこちらを見ない。もしかして、となまえは口を開いた。「なんか、照れてる?」 「バッ、」 ぐわっと勢いよく振り返った宮地は、馬鹿と言い掛けてぐっと言葉を詰まらせた。そんなことを言えば、図星だと言っているようなものだからだ。だがなまえには、その反応だけで自分の予想が当たったことを確信した。笑いを堪えていると、上からぼそぼそと「久しぶりすぎて何話していいのかわかんねーんだよ」呟いているのが聞こえた。 「私もわかんない。いっしょ」そう笑いかけると、宮地はフイと目を逸らして頭をガシガシと掻いた。 「もうちょっとで大会なんだっけ。がんばってね」 「おう」 お互いに緊張していることがわかり、気が楽になったなまえは今日の授業のことや期末テストのことなど、他愛の無い話に花を咲かせた。宮地は口数が多いというわけではないが、ちゃんと相槌を打ったり振られた話題にはきちんと答える。なまえは当たり前のことが嬉しかった。 「あ」ここを曲がったらすぐ自宅である。それに気付いたなまえは小さく声をあげた。宮地は「お前ん家、そっちだったっけ」と首を巡らした。宮地の家はなまえより数メートル先にある。ここでお別れだ。 じゃあと手を振りかけた瞬間、宮地が「手ェ、出せ」とポケットを漁った。言われた通り手を出すと、「そうじゃねーよ」と手を掴まれ掌を上にされた。ガッシリとした堅い掌や節くれ立った指に触れ、ビクリと肩が揺れた。宮地の手は暖かく、冷え切ったなまえの手には熱いくらいだった。 「これやる」 ぶっきらぼうに言い放たれた言葉と共に掌に落とされたのは、小さなストラップ。なまえが昔から好きなキャラクターのものだった。 「え、なに、どうしたの」突然手渡されたストラップに目を白黒させると、宮地は「ゲーセンで取ったんだよ。好きだったろ、それ」と捲くし立てるように答えた。宮地はなまえの手にストラップを半ば強引に握らせると、そのままくるりと踵を返す。慌てて「ありがとう!」と背中に投げかけると、数歩先で宮地の足がピタリと停止した。 「……今日、誕生日だろ」 え、と掠れた声が漏れた。そう、今日は私の誕生日だ。けれど何故――そこまで考えて、握ったストラップにふと目をやる。もしかしてこれは、誕生日プレゼントのつもりなんだろうか。 「宮地」 何か言おうと名前を呼ぶも、宮地はそのまま振り向かずに去っていった。早足に見えたのは、彼の照れだろうか。 なまえは、にやける頬を抑えた。掌に転がるストラップは、なまえの体温が映ってほんのり暖かい。――明日これをつけて、もう一度ありがとうって言おう。そして木村くんや大坪くんに自慢しよう。そうしたらきっと宮地は照れて「轢くぞ」って怒るだろう。その姿が安易に想像できて、私は大切にストラップを握り締めた。
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