dream | ナノ





 忍たまの田村三木ヱ門とくのいち教室のなまえはよく似ている。どこがと問われれば火器馬鹿なところ。
 そんな評価を学園内で恣にしている私は今日も石火矢を磨く。頬擦りはしない、私は確かに火器を好きだけど田村三木ヱ門のような変態的な愛を注いでいるわけではないのだ。あと念のため宣言しておくがナルシストでもない、私ごときが学園のアイドルだなんてそんなことおこがましくて考えることすら憚られる。

 きゅ、きゅ、と綺麗に砲身を磨き、これが終わったら木砲の手入れだ。仄かに香る火薬の匂いが好き、火器を愛している、大好きだよ、でも私が本当に好きなのは何だと思う。心の中で馬鹿なことを火器たちに語りかけては自嘲する。これは習慣のようなもので今に始まったことではない、馬鹿だなと自覚しながらも毎日続けてしまっているあたり、私も田村三木ヱ門と大差のない変態かもしれないなと思い至って考えるのを止めた。これ以上は何か大事なものを失う気がした。


「はぁぁ……」


「随分と大きな溜息だな」


 背後から声がかかり面白いくらいに身体が跳ねたのが自分でも分かった。危うくどこぞの一年生のように鼻から魂が抜けかけた、それというのもその声が、彼のものであるからに決まっている。


「よ、四年ろ組の田村三木ヱ門くんじゃないですか……」

「ああ、石火矢などの過激な武器を扱わせたら学年、いや学園一、忍術学園のアイドル田村三木ヱ門だ。それでくのいち教室四年生のなまえ、お前は何を浮かない顔をしている?」

「別に……」

「石火矢が風邪を引いたのか? どれ、私が診てやろう」

「あ、ちょ、田村」


 私が何を言うよりも先に、彼は散歩途中だったろう石火矢のユリ子を傍に置いて私の石火矢の様子を調べ始める。別に風邪を引いた、いや調子が悪いわけではない、今しがた手入れを終えたところなのだ。それを気付いたのか田村は太陽の光を照り返す砲身に頬擦りを始め綺麗だ綺麗だと褒め始める。
 ここで重要なのは、田村が褒めているのは私でなくあくまで石火矢だということだ、何か虚しい。むなしい、ああ何で私ってこんな不毛なんだろう。目の奥が熱くなるがそれに反して口元からは乾いた笑いが零れた。


「この子は至って健康みたいだが……どうしたというんだ」

「あはは……そうね、健康ね……」

「……もしかして風邪を引いたのはお前か?」


 え、と田村の問いかけに返す言葉を失う。何故なら彼が武器ならともかく、人に関心を持つことは非常に珍しいからだ。それは同学年の私に対しても例外ではなく、僅かに眉を下げて心配そうに私の首元に触れて顔を寄せてくる彼を私は見たことがなくて、あれ、何か変な感じ。顔が熱くなってくる、ああもうあまり調子を狂わせないでよ、私が私じゃないみたいに感じてしまって頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「やっぱり少し熱い、熱があるみたいだ」

「ちょっと田村、ち、近いよ」

「お前がしっかりしてくれないと困る、医務室へ行こう」


 ユリ子はここで待っていてくれ、と私の石火矢の横へ彼女を寄せた田村は半ば強引に手を引いて私を医務室へ連れて行こうとする。念のため言っておくが私は至って健康で、その旨を田村に伝えても聞く耳を持たず医務室行きは彼の中で決定事項らしい。思い込みが激しい性格も行き過ぎると困ったものだ、善法寺先輩に何と説明しろというのか。


「田村、だい、じょうぶだってば!」

「よく聞けなまえ、私はな、お前の手入れした火器が好きなんだ。皆いい表情をしている、だからお前が健康でいてくれないと困るのはあの子たちだぞ」


 白状してしまおう、私が田村と並ぶ火器馬鹿と呼ばれる由縁は、これだ。私は少しでも彼の気を引きたいが為に火器の手入れを熱心にするようになった、それは切欠にすぎず今は割と好きでやっているのだがやはり根底にあるのはそんなくだらないもの。

 くだらなさすぎて涙が出てくる、でも意地で涙を堪え、力尽くでそのてを振り払う。驚きに目を見開いた田村が言葉を発する前に、私は有無を言わさぬよう睨みつけてやった。


「田村が心配してるのは、私じゃなくて石火矢でしょ。なら石火矢を医務室に連れて行けばいい」

「そんな、ことは」

「もう放っておいてよ、あんたは私より火器のが大事なんだから」

「待て、なまえ!」


 あくまで平静を装ってその場を立ち去ろうとした、のに、田村は私の腕を掴んで引き止める。小綺麗で中性的な顔立ちをしているくせに、その手は男らしい大きさで力も強い。努力で埋められない差をそこに感じ取り、言葉にもならない思いが浮かんでは消え浮かんでは消え。
 早く放してくれないと田村、私は泣いてしまうよ。私は田村の好きな火器と違って言葉も喋るし伝えようとするし、面倒くさい人間の女なんだよ、だからほら、放して。


「なまえ、私は、確かにお前が手入れをしている火器が好きだ」


 本当に放せじゃないとその綺麗な面引っ叩くぞ。
 いっそ射殺せないだろうかというほどの眼力を込め振り返り、視線でも解放するよう訴えようとした、のだが。


「だが、それと同じくらい、火器の手入れをしているお前も、好きだ」


 白い頬を朱色に染め、尻すぼみになりながらそんなことを言う彼を何故叩くことができよう。それに彼の普段の振る舞いや性格を知っている者なら、その言葉がどれくらいの重みを伴っているかが分かる。つまり私にもそれがよく分かってしまったわけで、大変だどうしよう、こういう時何て言えばいいのか教科書に載ってなかった、載ってたかもしれないけど今は思い出せそうにない、田村三木ヱ門恐るべし。


「私だって、火器馬鹿で自惚れ屋で平と張り合ってばかりいる田村が、ずっと前から好きだよ」


 結局捻り出せたのは喧嘩を売っていると思われても仕方のないようなもので、終わったと思いつつ田村の様子を窺い見ればその瞬間強く腕を引き寄せられ、ぼすんと勢い良く何かにぶつかった。“何か”の正体なんて考えなくても分かる、顔を埋める形になった紫色の装束からは火薬の匂いがした。火薬の匂いは田村の匂い、とても落ち着く。

 きっと田村が無理矢理私を腕の中に閉じ込めたのは、今の自分の顔を見られたくないからだろう、全く意地っ張りな奴だ。憎まれ口を叩きたくなるのを我慢して、私は彼の背中に手を回した。
 でもやっぱり気恥しかったので、後でうちの子とユリ子ちゃんたちに報告しよう、と冗談っぽく言ってやれば、「そうだな」と少し笑って返してくれた。


香ばしい匂いの君
120728.

ぐるぐるのNさんから頂きました。ありがとうございます!
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