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 親友のさつきちゃんは、女の子からみてもすごく可愛いくて優しい子だ。一年生のとき、たまたま隣の席になったことが切欠で私とさつきちゃんはとても仲良しになった。さつきちゃんに誘われて男子バスケ部のマネージャーになり、辛いときにはお互いに励ましあいながら頑張る日々を送っている。
 マネージャーの仕事にも慣れ、同じ部活の男子ともそれなりに仲良くなれたけど、やっぱりマネージャーと選手の間には確かな壁があった。それを感じていたのは私だけではなかったようで、さつきちゃんがあるとき「いいなぁ」と零した。

「部活帰りにコンビニとか寄っちゃってさ、みんなでアイス食べてたりするんだよ。私も混ざりたーい」
「さつきちゃんだったら喜んで混ぜてくれると思うけど」

 さつきちゃんは私と違って美人だから、男子にも人気だ。この前もサッカー部の人から告白されたらしいし。けれどさつきちゃんは「ちがうの!」と首を振った。何が違うのか尋ねても、本人もちゃんと説明できないのか「とにかく、なんかちがうの」としょんぼりしてしまった。その様子が可愛らしくて、私は頬が緩んだ。「じゃあ、帰りにアイス食べていこっか」
 そう告げると彼女はパッと花が咲いたように笑みを浮かべ、「うん!」と元気良く頷いた。

「ふふ、なまえちゃん大好き」
「私もさつきちゃんが大好きだよ」

 そうして握った右手は、やけに熱かったのを覚えている。私は一瞬手放してしまいそうになったけれど、さつきちゃんがにこにこ笑顔なのを見て慌てて握り返した。他愛もないおしゃべりをしながらコンビニへ向かうと、そこは帝光中の生徒であふれ返っていた。厳密にいうと、うちのバスケ部の男子ばかりなんだけれど。大きな背中を丸めてお菓子棚を物色する後姿はきっと紫原くんだ。
「ほら、なまえちゃん。何食べよっか」さつきちゃんに声をかけられ、ふと我に返る。そうだ、彼に気をとられている場合ではないと正面を向くと、ばちりと彼と目があった。「わっ!」

「すみません、驚かせてしまいましたか」

 ぺこりと頭を下げる彼は、私たちと同い年の黒子くんだった。彼は異常なまでに影が薄いので、こうしていきなり目の前に立たれると非常に心臓に悪いのだ。「大丈夫だよ」とドキドキする胸を抑えながら微笑を浮かべると、黒子くんはほんの少し口角を上げた。

「僕もういらないんで、これあげます」

 黒子くんはそういってさつきちゃんにアイスの棒を手渡した。最初さつきちゃんは不服そうな顔をしていたが、棒の裏に『アタリ』の文字を見つけた途端、目を見開いて固まった。様子のおかしいさつきちゃんを不思議に思いながら、私はぼんやりと初めて黒子くんの笑顔を見たということに気付いた。


 あれが切欠でさつきちゃんは黒子くんに惚れてしまったようだ。黒子くんと呼んでいたのに、あれからテツくんと呼ぶようになったのが何よりの証拠だった。「なまえちゃん、今日テツくんがねっ!」と頬を染めて報告する姿は、どうみても恋する乙女そのものだ。

「さつきちゃんは、本当に黒子くんが好きなんだね」

 そう告げれば、さつきちゃんは顔を真っ赤に染めて小さく頷いた。ああ、なんて可愛いんだろう。私にはない可愛らしさだ。こんなに一途に想われてクラッとこない男子はいないだろう。そう、普通の男子ならば――「ごめんね、そろそろ委員会の時間だから行かなくちゃ」私はさつきちゃんに断りをいれて席を立った。背後から「がんばってね」という声が聞こえた。


「なまえさんはずるい人です」

 私が座る椅子の背もたれに手をつき、上から覗き込むように黒子くんが顔を出した。
「なんのこと」と素っ気無く返せば、「つれないですね」と彼は微笑を浮かべた。ああ、また、あのときと同じ笑みだ。無意識に唇を噛み締めた。私は彼が、苦手だ。

「だって桃井さんに言ってないんでしょう。僕となまえさんの、関係」
「黒子くんと私は無関係だわ」
「言い方を変えましょう」

 さらに距離を詰められる。鼻先が触れあいそうな距離だ。黒子くんの曇りない瞳に、自分の歪んだ顔が映るのが見えた。黒子くんの唇が言葉をつむぐ。「僕がなまえさんに告白をしたこと、言ってないんでしょう」
 そう。何故だか私は、彼から好意を寄せられていた。ある日突然呼び出され、いきなり「好きです」と告げられた。当然私は驚き、断ったのだが――黒子くんは飽きもせず私に構う。

「さつきちゃんの気持ちを知ってるでしょ」
「ええ。でもこれとそれとは違います」
「私にとっては同じだもの」

「同じだ」有無を言わさぬ声だった。私が目を見開くと、相反するように黒子くんの瞳が三日月になった。「口では断ったものの、強くは拒絶しませんよね。それって、」

「黙って!」

 それ以上聞きたくなくて、私は強い口調で彼の言葉を遮ってしまった。大声を出した私に驚いたのか、奥から司書の先生が「どうしたの?」と顔を出す。黒子くんはサッとはなれ、なんでもありませんと答えた。「苗字さんの気分が悪いようなので、保健室へ送ってきます」そう言って手を引かれ、半ば強引に図書室から連れ出されてしまった。握られた掌はひやりと冷たく、何故だか私は落ち着きを取り戻した。黒子くんの決して広いとは言えない背中を見つめながら、私は深く溜息を吐いた。
 黒子くんに好きだといわれたとき、純粋に嬉しかった。そして同時に湧き上がったのは、言い知れぬ優越感。私よりも可愛くて、頭が良くて、何でも出来るさつきちゃんが好きな黒子くんが。あの黒子くんが、私を選んでくれた。私はさつきちゃんに勝ったのだと、思ってしまった。――思った自分を、嫌悪した。

「黒子くん、私ってとっても醜いんだよ」

 ぼんやりと視界が滲み、俯く。黒子くんの内履きがこちらを向いたのが見えた。「知ってますよ」

「僕はなまえさんの醜いところも好きなんです」

 あなたがそうやって、僕のことで苦しんでいる姿がいとおしい。そっと囁くように残酷な言葉を落とし、つむじにキスをする黒子くんを拒絶できないのは、きっと私も彼のことが――。
 この苦しみが彼を喜ばすためだけだと知りながら、もがき続けるだけの私は、なんて醜いのだろうと、涙があふれた。



この躯もこの瞳も声も息も五感も心拍も愛もあなたのための意味になるなら
20121017⇒back
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テーマ「人外ファンタジー」
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