汗で張り付いたシャツが気持ち悪かった。パタパタと手で扇いでみるが、涼しくなるわけがなかった。気休め程度の風が、何だか虚しい。というか、何故私がこんな炎天下に立たされているのか。携帯で時間を確認する。私を呼び出した張本人が指定した時間は当に過ぎていた。 「やあ、遅れてごめん」 涼しい顔で遅れてやって来た人物に、私はにこやかに微笑んだ。「ごめんじゃねーよアホ赤司」 私の悪態を軽い笑みでかわし、「じゃあ行こうか」と手を引かれる。しかも指を絡めて、だ。うわ、と思わず声が出てしまった。赤司は「どうした?」とにやにやしながら振り返った。 「いや、手」 「手?」 わざとらしい仕草で首を傾げる赤司に苛立ちを覚えたが、ぐっと堪える。ここで喚けば奴の思う壺だからだ。私は冷静に「手を離してください」と告げた。すると赤司はうんと頷き、綺麗な笑みを浮かべた。 「いやだ」 こ、こ、この野郎! 私は唇を噛んで怒りを堪えた。あれ今日何回堪えてんの私。赤司はそんな私の様子をどこかつまらなそうに、けれどにやにやしながら眺めていた。私の語彙力ではこの程度の表現が限界だが、簡単に言い表すならそう、非常に性格悪い顔をしている。 「なんか酷いこと考えてるだろ」 「滅相もない」 右手を軋まんばかりに握られ、私は即座に首を横に振った。そうだ、彼は読心術にも長けているのだ。黒子くんに「苗字さんて本当顔に出ますよね」って言われた私が、奴に適うはずもなかった。 「ていうかね、赤司さん」私はちらりと横の赤司を見上げた。バスケ部の連中と一緒にいると小柄に見えるが、さつきちゃんよりも小さい私からすると大きい。「なんだいなまえ」赤司の前髪が、汗で額に少し貼りついていた。あ、やっぱ暑いんだ。 「私はこれからどこへ連れて行かれるんでしょう」 「なまえの行きたい所かな」 はぁ? 声には出なかったが、顔には出ていたのだろう。赤司は間抜け面、と言って鼻で笑った。 「私の行きたいとこって、なに。赤司がなんか用事あったんじゃないの?」 「別に用事なんてないけど」 「はぁ?」今度は声に出た。なんだこいつ、意味わからん。ていうか用事ないなら帰りたいんだけど。私の考えていることはお見通しなのか、赤司はやれやれと肩を竦めた。「デートしようって誘っても、なまえは断るだろ」 「でっ、ぇええ?」その一言に、私は目を丸くした。デート。デートって言ったかこいつ。私は衝撃を隠せなかった。よもやあの、赤司征十郎からデートなんて単語が飛び出すとは。しかも相手は私である。 「な、なん、なんで」 「好きな子とデートしたいっていうのは、当たり前のことだろ?」 もし飲み物を口に含んでいたら、私は確実に吹き出していただろう。むしろ驚きのあまり噎せてしまった。げほげほ咳き込んでいると、赤司が労るように背中を撫でてくれた。ありがとう、と告げると赤司はどこか困ったような、でも、優しい瞳で私を見ていた。彼のこんな表情は初めてで、言葉に詰まる。赤司はゆっくりと口を開いた。 「とりあえず、暑いからあそこの喫茶店でも入らないか」 思わずずっこけそうになった。 *** それから喫茶店で私はチョコレートパフェを、赤司はアイスコーヒーを頼んだ。私が今まさに口に運ぼうとしていたパフェをスプーンごと奪われ、間接キスだねと言われたり、ショッピングモールでこの服が似合うとか何とか言われて試着させられたり。あれ、これがデートってもんじゃないの? 恥ずかしいことに、私は異性とデートなんてしたことないので判断がつかない。 「じゃ、次はどこ行く?」心なしか赤司が楽しそうだ。 「ど、どこでもいいよ……」一方、私は疲労困憊であった。 私のどこでもいい発言に、赤司は顎に手を当て考え込んだ。「いざそう言われると難しいな」 「赤司は、さ」 「ん?」 「本当にわ、私のこと、好きなの」 「好きだよ」 即答され、一瞬で火がついたように顔が熱くなり、たまらず俯いた。なんで、とか、どうして、とかそんなことがぐるぐる脳内で回っているような感じだ。人っていうのは現金なもので、す、好き、とか言われてしまうと、意識してしまう。経験のない私のような人間には、余計。 「なまえ」くい、と顎を持ち上げられた。射抜くようなオッドアイに、息が詰まる。「僕は来年、京都に行く」うん、先生から聞いたよ、洛山っていう高校の推薦受けるって。 「一緒に来い」 有無を言わせぬ一言に、心が震えた。ああ、私は、この言葉が欲しかったのだ。 「一緒に、いたいよ」 まるで、駄々をこねる幼子みたいな声だった。赤司は私を抱き寄せ、あぁ、と低く頷いた。 汗で張り付くシャツは、不思議と不快感はなかった。 ふたりのためのロンリネス 20120721⇒back |