「あつい」 「暑いねぇ」 ぐでーっとだらしなく畳の上に寝そべる紫原に、なまえは雑誌を捲りつつ相槌を打った。 「クーラーないの?」 「お爺ちゃんがクーラー嫌いなので我が家にはありません」 「は? 頭おかしいんじゃねーの?」信じらんねーとうだうだ文句を言う紫原に対しなまえは「そうだねぇ」等と適当に流すばかりだ。流石の紫原もむっとし、よいしょと上半身を起こす。なまえが熱心に読みふける雑誌を、身をかがめて覗き込んだ。「夏の、デートスポット……?」 「ぎゃ!」なまえはようやく我に返り、紫原から隠すように雑誌を手で隠そうとした。だがその前に素早く紫原に雑誌を奪い取られ、しかも内容をじっくり読まれてしまう。――花火大会、夏祭り、海、プール……定番のデートスポットからおすすめの穴場スポット、さらには浴衣や服装のコーディネートまで様々な情報が載っている。黙って文字や写真を目で追う紫原に、なまえは「さっさと返して!」と腕を伸ばしてくるが、紫原は持ち前の超人的な反射神経でひょいと避ける。 「……なんでこんなの読んでんの?」 雑誌で口元を隠しながらジト目で紫原はなまえを見つめる。彼女は普段こういった雑誌には興味を示さず、デートだって紫原の行きたいケーキバイキングで充分だと前に言っていたのに。紫原は胸がむかむかとし、自然と眉間に皺が寄る。「誰と行く気?」 「は、え? いや敦くん以外にいるの?」不思議そうに首を傾げるなまえに、紫原は一瞬で胸のむかむかが消えるのを感じた。 「んー、じゃあ許す」 「え、んんん? ありがとう?」 訳が解らずお礼を言ってしまったが、紫原が突然拗ねていつの間にか機嫌を直すということはしょっちゅうあることなので、なまえは気にしないことにした。彼と付き合うには、細かいことを気にしてはいけないのだ。 紫原は雑誌をなまえに返すと、もぞもぞと移動してなまえの後ろからすっぽり覆うように座った。「暑いんじゃなかったの」となまえが口を尖らすが、紫原が「いーの」となまえの腹に腕を回してきたので黙ることにした。機嫌を損ねると面倒くさいということは、なまえが紫原と付き合い始めて痛い程理解していた。 「夏祭りとかー、花火大会とかー、行きたい?」 「まぁ、行けたら……ていうか敦くん、くすぐったい」 なまえの肩に顎を置いて喋る紫原に、居心地が悪そうに体を揺するなまえ。紫原はさして気にした様子もなく喋り続けた。 「お祭り行ったら何食べよー」 「敦くんの頭は屋台でいっぱいなの?」 くすくす笑うなまえに、「そんなことねーし」ぷいと紫原は横を向いた。巨体に似合わず可愛らしい仕草に頬が緩む。なまえは力を抜き、紫原の胸に背をもたれさせた。じんわりと触れ合った場所から互いの熱を感じる。「あついー」紫原はなまえを抱き締めたまま後ろにごろんと寝転がった。 「わ、びっくりした」 「ねー、なまえちんあついよねー」 「これからもっと暑くなるよ」 紫原の胸に頭を乗せると、まじでー、とやる気のない声が振動して聞こえた。夏は練習がさらにしんどいとか、大会近いから練習めんどいとか、ぐだぐだと続く愚痴になまえはうんうんと頷いた。 「あーでも、なまえちんの浴衣見たいしー」 「え」 もしや一緒に花火や夏祭りに行ってくれるのだろうか。なまえは期待に胸を踊らせ黙って待っていたが、紫原は考えるように「んー」と唸ったままだ。もしやこいつ、となまえが頬を引きつらせると同時に、紫原は「まあいっか」と欠伸をした。 「ちょっと面倒くさがらないでよ」 「えー……」 なまえは内心で溜め息を吐いた。まあこうなるとは思っていたが、期待するのが乙女というものである。紫原はむにゃむにゃと口をもごつかせた。「だって俺、なまえちんと一緒だったら何でもいーし」 「な……」なまえは不覚にもきゅんとしてしまった。 「敦くんのばか。すき」 「俺もすきー」 紫原の胸にぐりぐりと頭をすり寄せると、宥めるように頭を撫でられる。なまえは紫原の大きな掌に撫でられるのが好きだった。 「敦くん、眠いの?」 「ん、ちょっとねむい……」 ぎゅう、とまるでぬいぐるみを手放さないように抱き締め直す紫原に、なまえは苦笑した。「いいよ、寝ても」 「なまえちんも寝る?」どこか不安そうに尋ねてくる紫原に、なまえは安心させるように彼の頬に唇を寄せた。 「おやすみ、敦くん」 そのまま瞳を閉じる紫原につられ、なまえも瞼を下ろした。とくん、とくん、緩やかなリズムを刻む彼の音に、自然と微睡む。この音を一番近くで聞けるのなら、それだけで幸せだと、無性に涙が出そうだった。 耳をすませばあなたの心音 20120713⇒back 『黄昏』様へ提出 |