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 携帯が壊れた。三年以上使っていた愛用の携帯は、塗装が剥がれ傷だらけだが、それなりに大切に扱っていた。だがうっかり鞄から落としてしまい、うんともすんとも言わなくなってしまった。長年連れ添った相棒との別れは呆気ないものだ。いや完全に私の方が悪いけど。
 さて困った、と壊れた携帯を見つめながら私は考えた。携帯に依存しているわけではないが、無かったら無かったで不便である。けれど次のバイト代が入るまではどうしようもなかった。まあ、友達には明日説明しよう。というか自分の友達には筆不精な人間が多いので、緊急の用事以外はさして困らないだろうと結論付けた。途中から考えることが面倒くさくなったのもある。まあなんとかなるだろう、と楽観的に考え私は眠ることにした。唯一しょっちゅうメールをしてくる人物のことなど、すっかり忘れて。

「なまえっちいぃぃぃぃ!」

 朝、学校へ行くや否や、背後から急に締め付けられるようなタックルを喰らい、もう少しで私は朝食を戻しそうになった。顔色の悪い私に気付く素振りも見せず、私に抱き付いてきた人物はぎゅうぎゅうと締め付けを緩めない。

「なんで昨日メール返してくれなかったんスか? 電話しても繋がんないし、俺、なまえっちに何かあったんじゃないかって心配したっス……」

 すりすりと私に頬擦りをしてくる男は、眉は垂れ下がってるし瞳は潤んでるしで、とても情けない表情だ。世間一般ではイケメンと持て囃されているが、目の前の長身の彼からは微塵もイケメンオーラが出ていない。
「き、黄瀬……とりあえず離れてくれないかな……」やっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚く程弱りきっていた。低血圧で朝に弱い上にこいつのタックルだ。ダブルコンボは流石にキツい。
 黄瀬は渋々離れてくれたが、いかにも不満そうな顔だった。離れてはくれたが、距離が近い。こんなとこ黄瀬のファンの子に見られたら大変なことになるので、私は急いで歩き出す。当然のように横に並ぶ黄瀬は、「なまえっち」と催促するように名前を呼んだ。

「携帯が壊れたの」

 だからメールも電話も出来なかったのだと説明すれば、黄瀬はパッと花が咲いたように笑顔になった。

「そうだったんスか! あ、なら携帯買い替えるんスか? なんなら俺と同じやつに……」
「やだよ」

 何でっスか!? と喚く黄瀬に溜め息が零れる。何故だか知らないが、私は黄瀬にうざいぐらいに懐かれていた。毎日毎日メールを寄越し、シカトすれば電話が掛かってくる始末。それはそれで面倒くさいので仕方なくメールを返していたのだが、携帯が壊れればそれも出来ない。ああ、こうなるとわかっていたのに何故忘れていたのか。無意識に考えるのを避けていたのだろうか。つーかギャアギャア喚く黄瀬も黄瀬である。お前は私の彼女か。

「金もないし、暫く携帯買うのは無理。ていうか面倒くさい」
「ちょ、それが本音っスよね!?」

 黄瀬はしょんぼりと肩を下ろした。「はぁ……これから暫くメールも電話もできないなんて……」あまりの落ち込みように流石に引……可哀想になり、ぽんと黄瀬の背中を叩く。本当は頭を撫でてやろうかと思ったが、身長差がありすぎて手が届かなかった。

「いいじゃん、メールも電話も出来なくてもさ。今こうして話してるんだし、ぅおわっ」

 昔は携帯なんてなかったしねと続けようとすると、いきなりガバッと抱き付かれた。

「……でもやっぱ、寂しいっス……」

 消え入りそうな声を出す黄瀬に、ひくりと頬が引きつった。だから、お前は、寂しがり屋な彼女か!

「あー、じゃあ、今日のお昼一緒に食べる?」
「昼だけっスか?」
「……部活終わるまで待ってるから、一緒に帰ろうか」

 すると、表情を一変させ輝かんばかりの笑顔で黄瀬が「はいっス!」と元気よく頷いた。一方私は疲労困憊である。黄瀬は昼休みになったらクラスまで行くんで待っててくださいっス、と今にも尻尾を振りそうなぐらい喜んでいた。

「へへ、なまえっちと一緒に帰んの久しぶりっスね」

 あまりにも幸せそうにだらしない顔で笑うので、何だかつられて私も笑えてきた。まあ、たまには甘やかすのもいいだろう。調子に乗らない程度に、ね。





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20120706⇒
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