dream | ナノ





 生まれて十六年、自分がいかに平凡であるかなんて、充分すぎるぐらい理解している。テストでは常に平均点をうろうろし、顔だって人目を引く程良くも悪くもない。運動だって得意なものも無ければ苦手なものも無い。まさに普通、名前をつけるなら通行人Aなどが丁度良い。これと言っても不満などないし、高望みもしない。私はこれからも平凡な人生を歩んで行く――のに、だ。

「苗字さん、おはようっス!」

 その平穏をぶち壊そうとする人間が、一名。

「苗字さん? あれ、ちょっと待ってっス苗字さーん!」

 聞こえないふりをして遠ざかろうとしたが、逆に声を張り上げられた。通行人の方々の視線が痛くなってきたので、私は苦笑という笑顔を貼り付け「……おはよう、黄瀬くん」と挨拶を返した。

「今日早いっスね、どうしたんスか? あ、ちなみに俺は朝練で……」
「うん、聞いてないから。昨日出されたプリント忘れちゃって……だから朝一でやろうかなと」
「プリント?」

 黄瀬くんはきょとんと目を丸くした。こんな間抜け面でも、女の子は格好いいだの可愛いだの騒ぐんだから、神様って不公平だ。どうでもいいが、私と黄瀬は同じクラスである。当然受ける授業も、出される宿題もほぼ同じだ。「あ」黄瀬くんは思い出したように声を上げ、青くなった。私は嫌な予感がした。

「ぷ、プリントって、あれっスよね、数学の」
「そうだね」
「今日までっスよね」
「うん、忘れたら倍の量の課題出すぞって脅された数学のプリントだね」

 私の追い討ちで黄瀬くんはさらに真っ青になった。ちなみに数学教諭はやると言ったら本気でやる人物である。

「苗字さん、出来たら写させ」
「だが断る」

 某有名少年漫画風に断ると、黄瀬くんはがーんと効果音がつきそうなぐらいショックを受けていた。「な、何でっスか! お願いっス!」

「うぜぇ消えろ」
「ひどい!」

 容赦ない一言に黄瀬くんは涙目である。うぜえ。
「他の女子に見せてもらいなよ」と言えば「こんな早くに来てる子いないっスよ〜」と情けない声で返された。

「頼むっス! 何でも言うこと聞くんで!」
「じゃあ二度と私の視界に入らず、話しかけないで。それか息すんのやめろ」
「死ねと!?」

 だうーっと涙を流す黄瀬くんは最早イケメンの欠片もない。何故彼があそこまでモテるのか理解出来なかった。
「……苗字さんってさ」黄瀬くんがぼそりと呟いた。「俺のこと、嫌いなんスか?」
 まるで捨てられた子犬のような目だ、と思った。何故、こんな顔をするのだろう。まさかと思うが、まさかね。

「なに、黄瀬くんって私のこと好きなの?」

 冗談混じりに尋ねれば、ドサッと何かが落ちる音がした。何だと振り返れば、呆然とした黄瀬くんが肩からスポーツバックを落とし、立ち尽くした姿だった。
「ちょっと、」声を掛けると、黄瀬くんは火がついたように一瞬で顔が真っ赤になった。え、なにその反応。

「えぁ、えと、さ、先行くっス!」

 びゅんと風の如く走り去った彼の背中を見つめながら、私はただ唖然とするしかなかった。


 結局私と黄瀬くんは大量の課題を数学教諭から出された。真っ赤な顔の黄瀬くんから「一緒にやらないスか」と誘われ、思わず頷いてしまった。私の平凡かつ平穏な生活を壊されても、こいつだったらいいかなと思ってしまう私は、相当絆されたらしい。




氷点下の灼熱
title by クロエ
20120627⇒
back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -