好きだよ、って言っても彼女はいつだって困ったように笑うんだ。眉をハの字にして、私もクダリさん好きですよって子供に言い聞かせるみたいに。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。もっと、こう、ぱぁって花が咲くように笑って欲しい。けれどそう言うとなまえはますます困ってしまうから、がまんするんだ。
「なまえ、なまえ」 「こんにちは、クダリさん」
受付で働くなまえの元へほぼ毎日訪れるボクに、なまえは一度も嫌な顔をしなかった。それどころか律儀に挨拶をしてくれる。なまえはボクのことを拒んだりしないってわかってるけどもしかしたら……という思いも拭いきれず、ボクは毎回彼女の笑顔に安心するのだ。
「なまえ、今日はアメちゃんあげるね」 「クダリさんは毎日お菓子を持ってきて、私を太らせたいんですか?」
まあ、頂きますけどねってアメちゃんを受け取ってくれるなまえが好き。いちご味ですねって笑ってくれるなまえはもっと大好き。ボクは胸がぎゅーってなって、もう、なまえをぎゅーって抱きしめたい! って強く思った。でもがまんがまん、なまえをびっくりさせちゃダメだから。 ボクは机に頬杖をついてなまえを見つめた。ころころとなまえが舌でアメちゃんを転がす音が聞こえて、ごくって生唾を飲み込んだ。なまえの唇はぽてっと柔らかそうでとってもおいしそうだった。
「ねぇなまえ」 「何ですか?」 「ちゅうしたい」
んぐっ、となまえはアメちゃんを喉に詰まらせて咽せた。「な、なにを……! 冗談はやめてくださいよ!」なまえは真っ赤な顔でぷりぷり怒った。怒った顔も可愛い。ああ、でも。
「ノボリはよくて、ボクはだめ?」
ほぼ反射的に言ってしまった。ボクがしまったと口を抑えれば、彼女は悲痛に顔を歪めた。真っ赤だった顔は真っ白になった。 なまえの艶やかな唇がゆっくりと動いた。列車の音がした。『――まもなく』アナウンスが入る。『――番線に列車が参ります――』ああ、もう、雑音が酷くて彼女の声が聞こえない。 なまえの声は聞こえなかったけど、ボクはどうして、となまえが呟いた気がした。それはボクに対してか、或いはノボリに対してなのか、ボクにはわからなかった。けれどただ一つわかることは、ボクはまたなまえに好きだと告げてしまうんだろう。 口ではがまんと言いながらも、好きだって気持ちはがまんできないのだ。たとえ彼女を傷付けようとも。
不自由な悦び 20120612⇒back |
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