コーヒーを煎れて下さいませんか、と彼は決まってそう言った。私が彼に忘れ物を届けに行ったとき、お弁当を持って行ったとき、ノボリさんは「もしよろしければ、なまえさま」と前置きして言うのだ。 「いいですよ」と返せば、ノボリさんはほっと息を吐いてお茶菓子を用意してくれる。いつも大量にあるお菓子はクダリさんのものらしいけれど、食べてもいいのだろうかと毎回迷う。
「遠慮せずにどうぞ。クダリには、わたくしから言っておきます」 「はぁ」
お茶菓子はどれも有名なパティシエの店だったり、今流行りのものだったりと沢山ある。共通しているのは、どれも甘ったるいものばかり。 クダリはいつもこんなものを食べているのです、いつか病気になったらどうしましょう、など愚痴っている。それを聞き流しつつ菓子を貪るのは、いつもの流れだ。
――あのねなまえ、いいこと教えてあげる。 ある時クダリさんが人差し指でしーっと内緒話でもするように笑いながら話してくれたことがあった。 「ノボリいつも忙しい。家に帰れなくてなまえに会えないのいっつも寂しいって思ってる。だからわざと忘れ物して、なまえに届けに来てもらう。なまえにコーヒー煎れてって言うのも全部全部なまえと一緒にいたいっていう、ノボリのわがまま」
知ってた? まるで悪戯が成功したみたいな無邪気な笑顔で尋ねられ、私は言葉に詰まった。
「――それで先日…………なまえさま。何を笑っているのですか」 「えっ! や、何でもないです!」
ノボリさんが愛おしいと思っていたなんて告げたら、きっとこの可愛い人は照れてどこかへ行ってしまうだろう。だから、ないしょ。
三時のおやつ 20120530⇒back |
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