※名前変換無、夢主が全く出てこない
ノボリの変化に気付いたのはクダリだった。真面目なノボリが仕事中にぼんやりしていたり、うっかりコーヒーを書類に零してしまったりと普段のノボリからは想像できないような姿。クダリは今まで見たことのない兄の様子に首を傾げた。 クダリの変化に気付いたのはノボリだった。デスクワークは苦手だが、バトルに関しては随一の腕前を持つクダリが、些細な判断ミスで挑戦者に負けてしまった。周囲の人間は気付かなかったがノボリは違った。弟があの程度の挑戦者に負けるはずはないのに、とノボリは不思議に思った。
「ノボリ、変」 「それを言うならあなたもです、クダリ」
二人で夕食をとっていると、クダリが唐突に口を開いた。ノボリはいつもの仏頂面をさらに顰める。「どうしたのです、体調でも優れないのですか」
「うーん」クダリは首を捻った。「良くないよ」
「なんと! 病院に行かなければ、」 「変なんだよ。心臓がきゅーってなったり、どきどきしたり、苦しかったり」
「ねえ、ノボリもそうなんでしょ?」どこか困ったように笑うクダリに、ノボリは言葉が出なかった。その通りだったからだ。
きっとこれは恋なのだと双子は知っていた。双子は恋を知らぬ程子供でもなかったし、恋に振り回されないほど大人でもなかった。
「そうですね」
ノボリが相槌を打つと、双子の頭をある女性が駆け抜けていった。名前も声も知らない、一目見ただけで心を奪われた彼女。ノボリもクダリも、お互い誰を好きなのかなんて聞いたりしなかった。双子にも秘密は必要だと、言葉に出さずともそう思っていたからだ。
ノボリの異変に気付いたのはクダリだった。ノボリの瞳には覇気が消え、目の下には隈が出来ている。周囲の人間がどんなに帰って休んでくれと言ってもノボリは頑なに拒否をした。それが彼の責任感の強さからくるのか、それとも別の理由から帰らないのか。クダリは理由を知っている唯一の人間だった。 クダリの異変に気付いたのはノボリだった。クダリはあんなに好きだったお菓子を一切口にせず、食欲がないと言っては禄に食べることもしなくなった。みるみる痩せていくクダリに帰って休んでくれと言っても、クダリは絶対に言うことを聞かなかった。些細なことですぐ休もうとするクダリが、仕事場から離れない理由をノボリは唯一知っていた。 双子の頭をある女性が駆け抜けていった。あの人を一目でも見たい。もし自分が休んでいる時に彼女がバトルサブウェイにやってきたら――そう考えれば考える程双子は恋に夢中になり、痩せていった。
二人で夕食をとっているとき、クダリは出された食事をぐちゃぐちゃと掻き混ぜながら呟いた。「ノボリ、恋はいつかみのるもの?」
「そうです、いつか、たわわにみのるものです」
クダリの手によって潰されていく手料理を無感動な目で見つめながら、ノボリは機械のように答えた。二人はその日も、何も食べなかった。だが、不思議と空腹感はこない。空腹とは裏腹に、彼女を考えれば心がどんどん潤ってくるのだ。恋の気持ちが膨らむように、お腹もいっぱいになるような、不思議な感覚。 けれど二人の胸に不意に訪れる、突き刺すような痛み。こればかりは慣れることが出来ず、涙が出そうなくらい苦しかった。クダリは尋ねた。「ノボリ、恋はいつまで続くのかな?」
「そうですね、恋に終わりはあるのでしょうか」ノボリはクダリと同じ表情で胸を抑えていた。ああ、ノボリも痛いんだとクダリは思った。こうしていると、ボクたち、同じ顔だねと笑えば、ノボリはますます顔を歪めた。
双子は考えた。もし恋に終わりがくるとすれば、彼女はノボリかクダリ、どちらを選ぶのだろう。それとも――。
「ノボリ、ぼく知ってるよ、ノボリがあの子を好きなこと。でもノボリもボクがあの子を好きだって知ってるよね。今日、あの子の隣に男がいたんだ。ぼくは頭がおかしくなりそうだった。あの男を殺してやりたいとすら思った。そして、もしあの子の隣にいるのがノボリだったらって考えた」
クダリの口元は、綺麗な弧を描いていた。見開いた灰色の瞳からは、玉のような涙がボロボロと溢れている。その姿を見て、ノボリは目頭が熱くなった。
「ぼく、嫌だ。いやだよ、いやなのに、ノボリのこときらいになりたくないのに、ただあの子が好きなのに」 「クダリ、泣かないでくださいまし」 「ノボリ、ノボリ、痛い。胸がずっと痛むんだ」
手で顔を覆って嗚咽を堪えるクダリを、ノボリは優しく抱きしめた。クダリは涙に滲んだ声で尋ねる。
「恋ってこんなに、つらいもの?」
ああ、誰か、おしえて。
ふたごの恋 20120528⇒back |
|