久しぶりのオフだったけれど、俺は特にする事もなくリビングでテレビをつけてぼんやりと過ごしていた。今日は東京にしては珍しく雪が降っていて、外に出る気にもならなかったのだ。水っぽくてコンクリートの地面に落ちるとすぐに溶けてしまって、雨が降ったあとの地面となんら変わらない。そういえば東京に来てから積もった雪なんて見たことがない。あるとしてもせいぜい霜がうすく花壇に降りているくらいだ。 まあ雪が降らないのは、車を使っている俺にはありがたいのだけど。 今日もし雪が降っていなければなまえとどこかに出かけてもよかった。むしろ誘おうと考えていたのだ。でもなまえは冬になるとよく風邪をひくから、こんな中で出かけたらほとんどの確率で熱を出すに違いない。なまえはストーブの前で薄着のままごろんとしていることが多いから、外に油断して出かけて風邪を引くのだ。冬の場合は馬鹿ほど風邪を引くんじゃないだろうか。俺の家に来てもいつもそんな感じで、なまえ専用のパーカーができてしまったくらいだ。買ってみたけれど、思ったより小さかった青いパーカー。でもなまえには大きすぎて、お下がりの洋服を貰った弟のようになる。けれど、その格好を見るのも俺のちょっとした楽しみになっている、といったらあながち間違いでもない。 窓の外を見ると、雪は水気が多いくせに強さを増しているようだ。俺はストーブの温度をあげて、腰を下ろした。ストーブのぬくい風が直に吹きかかる。なまえはこうやってストーブの前で今日もごろごろしているんだろうか。
不意にジーンズのポケットで携帯が震え始めた。電話を手に取るとそれはなまえで、通話ボタンを押す。 『ゆーさく、さん』 「なまえ?どうした」 『きりたんぽ、すきで、すか』 電話に出るとなまえがぽそりと呟くように聞いてきた。鼻をすする音もする。 なんできりたんぽなんだろう。そう聞こうと思ったら、低くこする様な音が通っていった。多分車が濡れたコンクリートの上を走る音だろう。窓の外を見ると、雪は斜めに線を描いている。 「嫌いじゃないけど……、なまえ外にいるのか?」 『あ、はい。スーパー行って、勇作さんち、の近く』 「……大丈夫か、雪強いだろ」 『だ、大丈夫、れす』 電話口からか細い声が聞こえてきた。おいおい、全然大丈夫そうじゃないぞ。なまえが斜めに吹きつける雪の中、ふらふらと濡れた地面の上を幽霊のように歩いているのを想像したらいてもたってもいられなくなった。俺は立ち上がってコートを手に取った。そしてテーブルの上に置いてあった車のキーをポケットに突っ込む。すぐに帰って来るからストーブは付けっぱなしでもいいだろう。 『雪って、さむい』 そういってから、なまえは小さくくしゃみをした。 「当たり前だろ、今迎えにいく」
玄関を出ると雪は夕方になってますます強くなっているようだった。雨とも雪ともいえないものだが、冷たいの事は変わりない。灰色の景色の中で、白い息を吐いてもその白さはほとんど目立たなかった。行き交う車はもうヘッドライトをつけていて、迷惑そうにワイパーを動かしている。こんな中でなまえは歩いているのか。早く行ってやらないと。 車を出そうと鍵を取りだすと、後から俺の名前を呼ぶ声がした。 「勇作、さん」 「なまえ!ばか、こんな天気の悪い時に」 「うう、ごめんなさい」 駆け寄ると厚手のコートを背負うように着たなまえがいて、首を傾げて笑った。鼻がほんのりと赤くなっている。 なまえはネギや白菜の入ったスーパーのビニール袋を持っていた。俺はすぐに袋を手に取って、なまえを手を握りしめる。驚いた事になまえは手袋もしていなかった。細いなまえの指がかじかんで震えていた。俺はぎゅっとにぎって、玄関になまえを引っ張っていく。
「今日寒いじゃないですか」 「ああ」 お前が風邪引くくらいな。 「だから、お鍋が食べたくなって」 「それできりたんぽ、か」 「勇作さんと食べたいなあって、思ったら勇作さんちの近くのスーパーにいました」 「迎えに行ったのに、言ってくれたらさ」 なまえは肩をすくめた。 「せっかくのオフですもん。いつもさむーいグランドでやってるんだし、今日ぐらいはおうちに居てほしかったんです……結局出てきちゃいましたね。すみません」 「俺はいいよ、むしろなまえが風邪引く方が気にかかる」 そういうとなまえは含み笑いをして、白い息が宙に浮いた。
◎
「わ、ストーブついてる、てんごくだー」 分厚くてもこもこしたコートを脱いだなまえはやっぱり薄着だった。薄いニットのタートルネック一枚。雪が降ってるのに本当に無防備だ。 ストーブの前にころんと横になって、俺がさっきまで使っていた毛布にもぐった。毛布の中でくしゃみの音が聞こえた。絨毯の上でごろごろしているなまえは本当に猫みたいだったけれど、猫はこんな天気の中外に行ったりしないだろう。それにこんなのんきじゃないな。 俺は自分のタンスの中からパーカーを取りだしてきて、毛布の中で寝っころがっているなまえにぽすんと投げた。 「あ、パーカー」 「そのかっこじゃ家の中でも寒いだろ。それに」 俺はなまえの傍に座って、おでこをくっつけた。やっぱりなまえのおでこのほうが熱い。なまえが風邪特有の涙目で、驚いた顔になった。風邪になると人間はどうしてこう、つやっとして構いたくなる眼になるんだろう。俺は急に恥ずかしくなって、何事もなかったようにゆっくりとおでこを離した。 「ゆ、勇作さん」 「お前風邪だろ?」 「そ、そんな。たしかにだるい気がしないわけじゃないけど……」 「眼が風邪だって言ってる」 眼?と言ってなまえは首を傾げた。 「勇作さん、あたしよりあたしのこと知ってるね」 「……まあな」 なまえはぼんやりとして、そして咳き込んだ。 「でも、風邪なら、帰らなきゃ」 「なんでだよ」 「だって、勇作さんにうつしたら悪いもの」 そう言ってなまえは立ちあがったけれど、すぐにふらついてしまった。危なっかしいな。俺は手を伸ばしてなまえを腕の中に入れた。それにこんな雪の中帰らせる男がいるかどうかが疑問だ。 なまえの冷えも収まったようで、手はストーブであたためられてほのかに温かい。なまえがもぞりと腕の中で動く感触がして、心地よくなった。 「勇作さ、ん」 「今日はもういい」 「……勇作さん、ふわふわ」 「なんだふわふわって」 なまえはそういって笑って、俺に体重を預けた。少々ぼんやりしていていつも気になって、心配だけど、こうやってずっと抱きしめていられるならその心配さえいいんじゃないかと思う。
ひとひらの融解は20℃から
『ほにゃほにゃ』のへぐさんから相互(?)記念に頂きました!
|
|