椿くんは奥手で恥ずかしがり屋さんだ。そして私も引っ込み思案な奥手。そんな二人が付き合うことになったのは、もう奇跡といってもいいんじゃないかと思う。神様ありがとう。
「クリスマスの日、一緒に過ごせないかな」
そんな私に再び奇跡が起きた。なんと、あの、超奥手で恥ずかしがり屋なジュノンボーイ椿くんが自分からクリスマスデートに誘ってくれたのだ。ジュノンボーイはノリで使ってみただけです。そんな椿くんが! 私を! クリスマスデートに!
「う、うん! いいよ! どこに――」行こうか、と続くはずだった私の言葉は、たまたま流れてきた天気予報に遮られてしまう。『二十四、二十五日は雪が降るでしょう。一部地域では吹雪なので、クリスマスだからって浮かれて出かけないように――』
眉毛が太い気象予報士は、空気読めないのもいい加減にしろよ、と怒りたくなることを全国ネットで平然と告げた。ま、眉毛引っこ抜いてやろうか! とは椿くんの前で言えないので、私は肩を落としつつ椿くんの様子を伺った。うう、折角デートに誘ってくれたのになぁ。付き合って初めてのクリスマスってかなり重要イベントだと思うし。
「で、出かけなくても、一緒にいれるんじゃないかな……」 「え」
私は目を丸くした。椿くんは可哀想なくらい顔を真っ赤にさせて、あー、とかうー、とか唸っている。口をもごもごさせる椿くんに、私はようやくピンときた。「もしかして、お家デート?」
「……ハイ」椿くんはコクリと頷いた。ちくしょう、かわいいなこいつ! 抱きしめたい衝動を抑えつつも、私は椿くんに負けず劣らず真っ赤な顔で承諾した。夜景を見てディナーとかロマンティックなデートじゃないけれど、椿くんと一緒に過ごせるというだけで私の胸は期待で膨らんでいた。
***
そして二十五日、当日。「快晴じゃねえか!」空は見事に晴れていた。
冬ということもあってかなり冷え込み、今にも雪が降り出しそうだが、あの気象予報士が言っていた通り猛吹雪になりそうな天気ではなかった。眉毛引っこ抜いてやりたい気持ちを抑えつつ、私は買出しに向かうべく出掛ける支度をしていた。え、何故当日なのかって?
仕事やら忘年会やら年賀状やらで全く時間がなかったからです。その上椿くんが風邪を引いたりと大変でした。もちろん付きっ切りで看病しましたけど!
私の献身的な看病ですっかり完治した椿くんは、罪悪感からか「買い物付き合うよ」と言ってくれた。なんて優しいんだろう! 一秒でも一緒にいたい私は、すぐさま「行こう!」と椿くんの手を握った。私も所詮、恋する乙女なのです。
けれど、問題はすぐに起きた。正直に言うと、私はクリスマス当日の人混み具合をナメていた。毎年引きこもっていたので、それは仕方ないと目を瞑ってもらいたい。そしてその問題の人混みで、私は見事に椿くんと逸れてしまった。
「しょ、ショッピングモールってこんなに混むもんだっけ……」
お家大好きな私は、あまり外のことに詳しくは無い。い、いや、椿くんと付き合ってからは外に出てますけど! デートとかしたいじゃない!
内心で言い訳しつつ、私は携帯で椿くんに連絡を取ることにする。椿くんはすぐに電話に出てくれたけど、何故か息が荒かった。まるで全力疾走した後のようで、正直ハアハアうるせぇなと思ったけれど私は「じゃあツリーのイルミネーションのところで待ち合わせね」と告げて電話を切った。ウオオ、なんだこれ。待ち合わせのカップルじゃないか!
ルンルン気分でチキンの入った袋を振り回しつつ、私は待ち合わせ場所へと向かった。ショッピングモールの中心に設置された巨大なクリスマスツリーは、誰もが見惚れるほど美しく、壮観だった。
「なまえ!」
ざわざわとした人混みの中でも、その声はハッキリと私の耳に届いた。声の方向を見ると、椿くんがこちらに向かって走ってくるのが見え――すぐに私の目の前に立つ。相変わらずの足の速さに、私はただ驚くばかりだ。
「椿くん、大丈夫? そんなに急いで来なくてもよかったのに……」 「いや、だって、逸れちゃって、俺のいないところで、なまえがナンパでもされたら……」
息も絶え絶えに言う椿くんに、私は激しく胸がときめいて危うく呼吸困難になりそうだった。
「き、綺麗だね」私はそれを悟られないように、ツリーを見上げて言った。「ああ、」椿くんも釣られるように顔を上げる。「すごい」小さく呟いて、椿くんはふと視線を泳がせ、顔を赤く染めた。
「椿くん?」一体どうしたのだろう、と椿くんの視線を追うと、そこには沢山のカップルが腕を組んだり腰を抱いたりと密着している。ひ、ひぇー! 私は内心悲鳴を上げた。なんて大胆なんだろう。私には到底真似出来ない――と考えていると、ふと右手がいきなり誰かに握られた。「ひあっ!」
「ご、ごめん!」私にそんなことをしてくるのは一人しかいない。
右手の先を見上げると、茹蛸みたいな椿くんが「ま、また逸れるといけないから……」と私の右手を大きな掌で優しく包んでくれた。
「あ、嫌だったら――」 「い、やじゃない」
クリスマスムードに触発されて、いつもよりちょっと大胆な二人だったけれど、顔は互いに真っ赤だった。恋愛初心者な私達は、手を繋ぐだけでも一苦労なのだ。
恥ずかしさで気まずくなり、何となく視線を泳がせると椿くんが反対の手に小さな箱を持っていることに気がついた。「あ」
「椿くん、ケーキ買ってきてくれたんだ」 「……う、うん」
何故か目を逸らして頷く椿くんに、私は首を傾げた。何かあったのだろうか。尋ねようと思ったが、なんとなく触れちゃいけないと思って私は放置しようと決めた。
家に着いた頃には、もう既に外はどっぷりと暗くなっていた。外は凍えるように冷えて、ちらちらと雪も降り出した。吹雪になる、というのは強ち嘘じゃないかもしれない。
「寒かったねー」
荷物をテーブルに置いて、コートを脱ぐ。椿くんはマフラーを外しながら「うん」と頷き、私は彼の顔を見た瞬間ぷっと吹き出してしまった。
「?」首を傾げる椿くんに、私は笑いを堪えながら「椿くん、鼻が真っ赤よ」と椿くんの鼻を指先で突いてやる。「寒かったもんね」椿くんの頬を両手で包み込んでやると、掌の体温が椿くんに吸い取られるようだった。手袋をしていた手は、椿くんの頬をさらに染めるぐらい暖かかった。
「すぐシチュー温めるからね。待ってて」
台所に行き、鍋に火をかける。そこでふと思い立った私は、「そうだ」と短く声を上げた。
「ねぇ椿くん、今日泊まってく?」 「……えっ」
椿くんはピタリと停止した。目がまん丸だ。どうして固まっているのだろうと私は首を傾げ――ハッと気付いた。もしかして私、ものすごく大胆なことを言ったんじゃないだろうか。し、下心なんて全くありませんでした! 本当に!
「え、ええと、その、い、嫌だったら――」 「い、嫌じゃないです」
その一言で、私の頭は真っ白になってしまった。恐らく、椿くんもそうだろう。二人の間に羞恥や気まずさを含んだ沈黙が流れる。だがすぐに、「チーン」という機械音で私はハッと我に返る。
「あっ、チキンが焼けた! と、とりあえず食事にしようか! シチューも温まったし!」 「う、うん!」
結局、恋愛初心者で不器用な私達がクリスマスを一度経験したくらいで大して進展するわけもなく……。窓の外では、あの気象予報士が言っていた通り、雪が嘲笑うかのように吹雪いていた。
赤鼻のトナカイ 20101224⇒back |
|