I'm dreaming of a white Christmas Just like the ones I used to know Where the treetops glisten and children listen To hear sleigh bells in the snow
なまえは華奢なデザインの腕時計を確認しつつ、「大方買い終わったし、あとはケーキね」と隣の男性を見上げた。すっかりクリスマス気分ななまえはどこからどう見ても浮かれており、今にもスキップをしそうだ。それに反し、なまえの恋人である村越は相変わらずの仏頂面――に、僅かながら呆れが混じっている。恋人の様子に気付いているのか気付いてないのか、なまえは「ほらほら、混まないうちにさっさと行っちゃおう」と村越の背中を押した。
なまえという女は何事も形から入りたがるタイプで、つい先日もクリスマスツリーを買った。自分の腰ぐらいまであるツリーに、村越は思わず「いらねぇだろ」と漏らしてしまい、喧嘩に発展したのは言うまでもない。喧嘩といってもすぐに仲直りしたのだが。
怒らせた詫びに、村越は今日一日なまえの買い物に付き合うことを約束した。結果、両手には食材やら「派手なのがいいわよね!」と主張するなまえがさらに買ったツリーの飾りやらがぶら下がっている。普段から体を鍛えている村越だが、長時間荷物を持ちつつなまえの買い物に付き合うのもそろそろ疲れてきた。疲れても「帰るぞ」と言い出さないあたり、自分は相当彼女に惚れ込んでいるのだろうと村越は自覚せざるを得なかった。
そんなことを考えて溜息を吐く恋人の姿なぞ露知らず、なまえは軽快なメロディを奏でる携帯に気付いた。「あら、母さんからだわ」
「先にケーキ選んでおいて」となまえは携帯を耳に当てながら村越にジェスチャーを送った。「あ?」と村越は眉を顰めたが、なまえは既に人気のないところに移動して通話をしている。
仕方ないので村越は一人、色とりどりのケーキが並ぶショーウィンドウと向き合った。正直クリスマスケーキなどどれでもよかったが、適当に選べばなまえが五月蝿い。苺が乗った生クリームのケーキにするか、それともチョコレートにするか……無意識に眉間に皺が寄ってしまい、販売員の女性は怖くて遠目から村越を伺っている。
ふと視線を感じ、村越は顔を上げた。「あ」視線が交われば、しまった、とばかりに声を上げられた。「ど、どうも、村越さん」
「椿か」何故かわたわたと慌てている椿を一瞥し、村越は再度視線をショーウィンドウに向ける。
「え、えと、村越さんもケーキ選んでるんスか?」 「それ以外の何に見えんだよ」 「ですよね! スイマセン!」
ビクーッと肩を揺らして謝る椿に、村越は呆れて何をそんなに固くなってんだ、と口を開こうとしたとき「あら」なまえが戻ってきた。
「あなた知ってる! 七番の……えーと、桜くんだっけ」 「えぇっ!? つ、椿です!」 「そうそう、椿くんだったね」
花の名前だったっていうのは覚えてたんだけどねー、と非常に緩い感じで喋る女性に、椿は目を白黒させた。だが我が道をゆくなまえは、椿のことなど気にせず村越に「茂幸さん、どのケーキにするか決めた?」と尋ねた。
し、しげゆきさん……。椿は村越となまえの顔を交互に眺めた後、やがて合点がいくようにハッと口を開けた。「じゃ、じゃあ俺そろそろ失礼します!」椿は早口に会計を済ませ、ケーキの箱を掴んで脱兎の如くその場から去った。
「早いわねぇ」 「……」
村越は椿が何を考えて逃げるように立ち去ったのかを察し、無言になる。「茂幸さん?」その元凶ともいえるなまえが首を傾げると、村越は「気にするな」とだけ言った。そう言えば本当に気にしないのが彼女の長所である。
「そういえばね、母さんがお正月はお節食べにおいでって」
「ああ」以前挨拶しに行ったなまえの両親を思い浮かべ、村越は短く頷いた。驚くほどに似た親子だった。
「茂幸さんの家にもご挨拶に行かなきゃね。お義母さま、あそこのお菓子が好きだから買っていきましょうよ」
別に気を使う必要はないと村越は言い掛けたが、なまえが楽しそうに菓子を選んでいたので、水を差すまいと黙った。そうして買い物の時間が終えた頃には、もう日が沈んで真っ暗になっていた。
「ごめんなさいね、長くなっちゃって」 「……いや」
全く反省した様子のないなまえに、村越は一瞬どう返せばいいのか迷った。
「でも楽しかった」となまえは付け足すように呟き、ふふっと笑った。――そういえば、最近忙しくてあまり一緒に過ごせなかったな、と村越は思い出す。こんな風に笑うなまえは、久しぶりだった。
「なまえ、」 「あ!」
村越の言葉を遮るようになまえは声を上げた。「見て、茂幸さん。雪!」
なまえにつられるように夜空を見上げれば、星は見えなかったがチラチラと雪が花弁のように降ってきた。「ホワイトクリスマスね」なまえの声が嬉々としたものになっていて、村越はこんなことで喜ぶなまえが不思議でたまらなかった。
「雰囲気よ、雰囲気」そんな村越の様子を察したのか、なまえは苦笑して答える。「恋人同士のホワイトクリスマスなんて、ロマンティックじゃない!」
茂幸さんには解らないと思うけどねー、と悪戯っぽく笑うなまえに、村越はフイと目を逸らした。こういうことには疎いのだ。
「――I'm dreaming...」小さく、雪に溶けるような声でなまえは鼻歌混じりに歌いだした。しんしんと降り積もる雪の中、なまえの歌声は静かに響く。村越はどこかで聴いた歌だと思いながらなまえの隣を歩く。
一日中買い物に付き合わされたのに、なまえの歌声を聴いたら不思議と疲労感が薄れていった。
クリスマスなんて柄じゃないが、たまには――こいつと、一緒だったら。
きっと来年のクリスマスも彼女は馬鹿みたいにはしゃいで、自分はそれに付き合わされるんだろう。簡単に思い描ける未来に、思わず彼の頬が緩んだ。
I'm dreaming of a white Christmas With every Christmas card I write May your days be merry and bright And may all your Christmases be white
White Christmas by Bing Crosby and others 20101224⇒back |
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