dream | ナノ





 私は現在進行形で頭を悩ませていた。目の前のテーブルには日本酒やらビールやらの空き瓶が数本転がっており、その横にビール瓶を抱えた友人が転がっている。

 友人といっても、そんなに親しいわけではない。では何故一緒に居酒屋で飲んでいるのかといえば、仕事帰りに歓楽街をフラフラしていた私を発見した彼――世良くんに「奇遇っすね!」と声を掛けられ、あれよこれよという間に二人で居酒屋で飲むことになったのだ。むしろ押し切られたといったほうが正しいかもしれない。

「ほら、世良くん起きて。そろそろ帰るよ」

 べろんべろんに酔っ払った世良くんの肩を揺さぶり、半分寝てる彼を起こす。面倒くせぇなと溜息を吐けば、世良くんがパチリと目を覚ました。何だか目が据わっているが、酔っ払ってるせいだろう。

「大丈夫? ほら、水飲んで――」
「なまえさん、好きです」

 世良くんの唐突な言葉に、私は思わず持っていた水を思い切り世良くんにぶっ掛けてしまった。「アッ! ご、ごめん世良くん!」お絞りで顔を拭こうと手を伸ばせば、ガシリと手首を掴まれる。「好きです!」さっきよりもハッキリとした声で言われ、私は「え、えぇー」と対応に困って辺りをキョロキョロと見回した。個室でよかった。

 というか、一緒に飲んでただけなのに何故告白されなければならないのだ。酔っ払ってるからか。そうか、酔っ払いか。

「世良くん、早く帰ったほういいよ。タクシー呼んであげるからさ」
「俺は本気だー!」

「はいはい」適当にあしらいつつ、そういえば世良くんが彼女いなくて寂しいって言っていたのを思い出す。だから人肌が恋しくなってこんな早まったことをしたのだろう。最近寒いし。

「世良くんには他にいい人がいるわ。自分よりも小さくて可愛い女の子が」ちなみに私と世良くんの身長はさほど変わりがない。

「好きだ!」

 だが世良くんは聞く耳持たずというか、聞こえてないのか、さっきからそれしか言わない。しかもどんどん声量が増してきている。「好きだ、付き合ってくれ!」

「うるっさいな酔っ払い! 寝てろ!」

 流石に温厚な私も我慢できなくなり、世良くんにチョップをして強制的に黙らせた。「本気なのに……」威力が強すぎたのか、世良くんはちょっと涙目でうな垂れていた。その隙に手早く携帯でタクシーを呼び、世良くんの手を引いて店を出る。会計は、俺が奢ると世良くんが煩いので全額私が支払ってやった。

「あ、タクシー来たよ、世良くん」
「なまえさんの家に行きた……」
「家の敷居は跨がせない」

 タクシーに世良くんを押し込め、「じゃあね、おやすみ」と私は手を振った。世良くんが何か言っていたが、発車するのと同時だったから何を言っていたのかは聞こえなかった。

 さて、と私は腕を伸ばした。酔っ払いを相手にするのは疲れることだ。幸いここから自宅であるマンションは近いし、徒歩で行こう。何気なく空を見上げればぽっかりと満月が浮かんでいた。それを見上げながら、きっと世良くんは今日のこと覚えてないだろうなぁ、と私は考えた。だって酔っ払ってたし。――いや、やっぱ忘れてて欲しいや。

 誤解のないように言っておくけれど、私の顔が赤いのはお酒のせいである。決して嬉しかったとか、ときめいたわけではない。


***


 次の日は最悪だった。二日酔い、その上寝不足のダブルコンボである。だがそれでも社会人としてのプライドで朝から晩まで働き通した私を誰か誉めて。拍手付きでお願いします。

 そんな疲れてくたくたな私は、帰宅してすぐベッドに潜り込み泥のように眠った。時間にすれば一時間にも満たないだろう、ピンポーンという機械音が私を眠りの淵から引きずり起こした。ピンポーン、再度インターフォンが鳴る。だが気だるい体を起こすのも億劫な私は、すぐ帰るだろうと居留守を決め込んだ。ピンポーン。ピンポーンピンポーンピピピンポーン――鳴り止む気配がないそれに、私はキレた。「うるせええええ!」

 これはもう、一発殴ってやらなければ気が済まない。寝不足で思考回路がおかしい私は、半目でドアスコープから相手を確認すると、「あ?」と何とも間抜けな声を発してしまった。

「どうしたの世良くん、こんな時間に……」
「あ、やっと開い……チェーン外してくれよ……」

 チェーンを掛けたままドアを開けば、何故かガッカリしたような、不満な表情の世良くんが半分見えた。

「こんな時間に女の家に来た奴が何を言う」
「すいませんでした」

「渡したい物があるのでチェーン外してください」と言って世良くんは頭を下げた。渡したい物? 私は首を傾げつつも、チェーンを外した。途端、ブワッと広がるように香りが鼻を突き、視界一面に真っ赤な薔薇。「……は?」驚きのあまり変な声を出してしまったのは仕方ないと思う。

「……どうしたの、これ」
「お、王子がプレゼントするなら薔薇の花束だって言うから……」

 どうやら誰かの入れ知恵らしい。よく見れば世良くんの目は泳いでいるし、頬がちょっと赤い。変な汗もかいてそうだ。私は込み上げる笑いを必死に堪えながら、「私が薔薇の花束プレゼントされて喜ぶタイプに見える?」と尋ねた。

「見えません」
「ほほう」

 即答した世良くんにちょっとムカッときた私は、ほっぺをみょーんと引っ張ってやった。「いひゃい」と世良くんが目を潤ませたのですぐに手を離す。何だか虐めっ子な気分である。

 チラリと世良くんの手元にある花束に視線を移す。ふう、と溜息を吐いて「くれるのなら貰うよ」と手を差し出した。世良くんはぽかん、と間抜けな顔をしていたけれど、すぐに我に返り「は、ハイ!」と元気良く花束を突き出すように私に渡した。

 あまりにも嬉しそうにする世良くんに、私は「花束貰うだけなんだからね」と釘を刺した。素っ気無い態度に世良くんは「うっ」と言葉を詰まらせたが、でもと続けた。

「俺、諦めないッス」

 先日とは違う、真っ直ぐな瞳で言い切った世良くんに私は言葉を無くした。「……そう、」何とか返した言葉すらよく覚えていないが、適当に返事した後ドアを閉めたのは確かだ。世良くんがまた外で何か言ってたけど、近所迷惑だからやめて欲しい――と注意する気力がないくらい、私はドアに背をあずけて座り込んでいた。


 ああ、もう、一途って厄介だ。だってこんなにも頬が、体が、心が熱くなって、今日も眠れなくなるんだから。




夜の軛
20101206⇒
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