dream | ナノ






 敬愛する読者諸君、少しばかり私の話を聞いてくれないでしょうか。

 話というのは、彼、赤崎遼という人物についてです。この男はETUと呼ばれるチームに所属する――所謂プロのサッカー選手なのだけれど、それ自体は問題ではありません。問題なのは彼の性格や言動なのです。あの野郎は何をするにも格好つけであり、非常に生意気な性格で短気だし、自分が気に食わなければ先輩だろうが何だろうが――職場では生意気のレッテルを貼られていると聞きました――言いたいことを好きなだけ言います。そのくせプライドが高かったりと、非常に面倒くさい男です。

 亭主関白というのでしょうか、私の前では支配者の如く「アレをやれ」「コレをやれ」と威張りながら命令してきます。「自分でしなさい」と言えば「使えねぇ女だな」と言われ喧嘩に発展するのは今までの経験から火を見るよりも明らかなので、私は渋々と命令に従います。あ、言い忘れてましたが、一応赤崎と私は恋人関係にあたるのです。

 最初の頃は遼くん……じゃない、赤崎の俺様っぷりに辟易していたのですが、一年も経てば自然と慣れてしまいました。人間の順応力というのは素晴らしいですね。一年も耐え続けた私に誰か拍手喝采を。

 そう、一年。あの日遼く……赤崎に私が一生分の勇気を振り絞って告白したあの日から、丁度一年が経ちました。喧嘩してばかりな毎日だけれど、私は彼を愛していました。普段私は記念日など気にしない性質なのですが、一周年なのだから祝おうと思いました。まぁなんという乙女だ、と敬愛なる読者諸君は頬を緩めることでしょう。私は喜んでくれるだろうかと胸を膨らませつつ遼く……彼の好きな料理を用意して彼の帰りを待っていました。けれど、待てども待てども彼は帰って来ません。

 もしや事故にでも合ったのだろうか、私は時計をチラチラと見遣りながら不安で胸がいっぱいになりました。いつもだったらメールの一つは入れてくれるはずなのに――意を決した私は、彼に電話を掛けることにしました。プルルルル、プルルルル、早く出ないかしらと思う私の耳に、コールは永遠にも等しいぐらい長く感じました。

『もしもし、なまえ?』

「あっ、遼く――」どうかしたの、何時に帰ってこれるのと尋ねようと口を開いた刹那、遼くん以外の声が聞こえました。『あかさきぃー、呑んでるかぁー!?』

『呑んでますって!』と疲れたように声を荒げる遼くん。今の声はいつだったか聞いたことがあります。確か同じチームの……えーと、た、た、たん……何とかさんです。声からして、相当テンションが高くてまるで酔っ払っている様子です。ん? 酔っ払ってる?

「あの、遼くん、今どこに……」
『あー、居酒屋』

 無理矢理付き合わされたんだよ、と愚痴る遼くんの声は私の耳には届いてませんでした。そして追い討ちをかけるように、『今日遅くなっから』と遼くんが溜息混じりで言いました。遅くなるから。遅く。それって確実に日付超えますよね。

「そ、そっか。でも今日は早く帰ってきてほしい、なー……」なんて、と私にしては控えめにお願いしてみました。すると遼くんは『はぁ?』と電話越しでも解るぐらい不機嫌な声を上げました。

『途中で抜けるとか言うとアッチうるせぇし。面倒くさいこと言うなよ』

 言い忘れておりましたが、赤崎遼という男は毒舌で、デリカシーのないことを平気で言う男です。――私はその一言で張り詰めていたものが一気に膨れ上がり、パーンと音をたてて爆発するのを感じました。

「遼くんの馬鹿!」

 自慢じゃありませんが、私は口下手で悪口のボキャブラリーが「馬鹿」「最低」ぐらいしかないのです。なので赤崎と口喧嘩で勝てたことは未だかつてありません。その最大級の悪態を吐くと、私は憤慨し電話をブチリと切ってやりました。怒りで震える体を治めようと深呼吸をすれば、手に握った携帯が音を立てました。ディスプレイを確認すれば、見慣れた電話番号と『赤崎遼』という一番見たくない文字。

 私は携帯をソファに投げつけると、衝動に任せて家から飛び出しました。あの家で遼くんの帰りを待たなければならないなんて、私には耐えられなかったのです。そしてあんなことを言ってしまった手前、何でもない顔で遼くんに「おかえり」なんて言える自信はありませんでした。

 馬鹿。遼くんの馬鹿。絶対今日が何の日か忘れてる。いや、彼が覚えてるはずがないのです。告白だって私からでしたし、よくよく思い出してみると彼から「愛してる」なんて言葉、聞いたことがありません。「私のこと好き?」と尋ねれば「ああ」と答えてくれるので、それで満足していたとか馬鹿じゃないか私。

 今まではシャイなんだなと納得してましたが、実は私のことを体の良い召使か何かと思ってただ傍に置いていただけなんじゃないでしょうか。実は他に好きな人がいて、今日は本命の女性のところに泊まる気なのではないでしょうか。私の馬鹿げた妄想は止まることを知らず、比例するように私の怒りも膨れていきました。

「……あ、財布忘れた」

 しまった。友人のところに泊まるのも迷惑が掛かりますし、今晩は安いホテルにでも泊まろうと考えていましたが、お金が無いのならばお話になりません。だからといって、すごすごあの家に引き返すのも癪です。遼く……赤崎の馬鹿野郎が頭を下げて「帰ってきてくれ」と言うのならば帰ってやりますが、あの格好つけがそんな殊勝なことをするとは想像出来ません。

「遼くんの、ばーか」

 あんな電話の切り方をして、きっと遼くんも怒っていることでしょう。当たり前です。彼からすれば、いきなり逆ギレされたも同然なのですから。「ばか」虚空に向かって私は小さく呟きました。声が震えているのは、寒いせいです。自分の行いに後悔などしておりません。ええ、怒った遼くんに「別れよう」と言われたって、いわれたって……。

「やだなあ」怒りがしゅるしゅると萎んでいき、走る速度が減速してついには立ち止まってしまいました。やだなぁ。こんなことで別れたくないなぁ。「やだ、なぁ」

「何が?」

「え」不意に声を掛けられ、私はまさかという思いで声の主を見遣りました。「ねえ彼女、ヘコんでんならどっかでパーッと遊ばない?」明るめの茶髪で耳にはいくつかのピアス、簡単に言えば全体的にチャラい男性がヘラヘラとした笑顔を浮かべて立っていました。想像した人物とは真逆の男性に対し、私は落胆しきった顔で溜息を吐いてしまいました。

「え、いきなり溜息とか失礼じゃね」
「すいません、遊ぶ気分じゃないんで」
「いーじゃんいーじゃん」

 何がいいんだよ! 私の穏便な対応も虚しく、男性……ああもうチャラ男でいいや。チャラ男は私の手首を掴むと、「こっちにイイ店あるんだよ」と半ば強引に連れて行こうとしました。ど、ど、ど、どうしよう。生まれてこの方ナンパに合ったのは数回程度で、私は上手いナンパのあしらい方をいうものを知りません。じゃあ今までどうしてきてたのかって? そりゃ、遼くんが――遼くんが、いつだって傍にいてくれたから。

「おい、汚ぇ手で触んな」

 耳に心地良い聞きなれた低い声が聞こえて、私は自分の瞳が潤むのを感じました。あ、やばい。私はそれを悟られないように咄嗟に顔を俯かせました。「あ?」チャラ男は不機嫌そうでしたが、次いで「ヒィッ」と情けない声を上げるとすぐさま私の手を離し、そそくさとどこかへ脱兎の如く走り去りました。

 一体何が起こったのでしょう。あれではまるで、化物でも見たような反応です。私が内心首を傾げていると、「おい」と後ろから声を掛けられました。私は何となく気まずくて俯いたままでいると、チッと舌打ちをされました。ヒィ、やっぱり怒っている。

「出て行くんなら携帯ぐらい持ってけ」

 あと財布、と続けられて私は忘れたわけじゃない、と反論しようとしてやめました。言葉を発してしまえば、余計なものまで溢れてしまいそうだったからです。「何とか言えよ」ザッ、ザッ、と足音がこちらに近づいてきます。やばい。こんな顔を見られたくない私は、すぐさま逃亡を図りました。

「逃げんな」

 読まれていたのか、一歩を踏み出そうとした瞬間私の腕をガシリと掴まれました。その上ぐいと引っ張られ、遼くんと向き合うような形にさせられました。か、顔まで見られてたまるか! と思った私は必死に俯かせていましたが、その態度がいけなかったのか片手で乱暴に顎を掴まれ無理矢理上を向かせられました。遼くんは眉間に皺が寄っていて不機嫌そうだったけれど、私の顔を見た瞬間驚いたのかちょっと目を丸くしました。

「なんで泣きそうなんだよ」
「ち、がう」

 何とか発した言葉は、誰がどう聞いても涙声でした。我ながらなんて説得力の無い、とうな垂れそうでしたが、顎を掴まれているので無理でした。私の返答を聞いた遼くんはハァ、と溜息を吐きました。あ、面倒くさいっておもってる。再び私の中で怒りがふつふつと沸いてきました。遼くんの腕から自力で抜け出すと、「何しに来たの」と精一杯の虚勢を張って遼くんを睨み上げました。

「何しにって、」
「ど、どうせ私があんなこと言ったから怒ってるんでしょ。面倒くさい奴だって思ってるんでしょ、いいよもう、放っておけばいいじゃない」

「はぁ?」何言ってんだお前、と遼くんが眉を跳ね上げました。けれどそれはますます私の涙腺を刺激し、私の視界は前がはっきり見えないぐらいに滲んでいます。いやだなぁ、泣く女ほど面倒くさいものもないでしょうに。

「言っておくけど、あんなナンパ一人でだって――」
「悪かった」

 一瞬何を言われたのか理解できず、「え、」と間抜けな声を上げてしまいました。え、今なんて言われた? 頭に疑問符を浮かべる私を他所に、遼くんは居心地が悪そうに「今日のこと、忘れてて」と頭を掻きました。あ、やっぱり忘れてたんだ――歯切れ悪く謝る遼くんに、不思議と私の怒りは治まりました。

「私も、ごめ――っくしゅ!」

 コートも何も羽織らずに家を飛び出てきたので、この寒空の夜、私はすっかり冷え切っていた。「ささささむい」

「アホ」遼くんは呆れたような顔で着ていたコートを私に被せるように着せてくれました。今まで遼くんが見につけていたものだからか、ぽかぽか暖かかったです。

「え、でも、風邪引いちゃう」
「走ったから体暖まってるんだよ」

「"走ったから″?」鸚鵡返しに聞き返すと、遼くんはしまったとばかりに顔を歪めました。あれ、そういえば遼くんってた、た……何とかさんに付き合わされて居酒屋にいたんじゃなかったっけ。

「……もしかして、遼くん、」
「寒ぃから早く帰っぞ」

 私の言葉を遮ると、遼くんは早足で帰路に着きます。「まってよ!」足のコンパスが違うので私は小走りで遼くんに追いつくと、そのまま遼くんの腕に抱きました。


 敬愛なる読者諸君、私の話に付き合ってくれてありがとうございました。……え? 結局ただの惚気じゃないかって? あらまぁ、今気づかれたんですか。ならばこのお話の続きを語る必要はありませんね。

 だって恋人同士のハッピーエンドなんて、つまらないでしょう?





愛は自ら生まれない
20101117⇒
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