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「好きです」と蚊の鳴くような声で告白された。椿くんは顔を可哀想なぐらい真っ赤にさせて、羞恥のせいかちょっと瞳がうるうるとしている。一瞬何を言われたのか私の頭は理解し切れなかったけれど、椿くんの様子を見て「告白されたんだ」と気づいた。

「私も、好きです」

 椿くんに負けず劣らず顔を赤くさせ、私はゆっくりと頷いた。そうして私達は晴れて恋人同士になり、告白から三ヶ月経った今でもお互いの関係は良好……だが、問題が一つあった。椿くんは優しいし格好いいしちょっと頼りないけれども良い彼氏だ。態度だけで私を好いてくれている、大事にしてくれてるのがわかる――普通だったらこれ以上ないってぐらいの自慢の恋人だろう。

 問題というのは、椿くんが一向に私に……その、手を出してこないのだ。付き合って三ヶ月経つが、キスはおろか手すら繋いでない。もちろんい、い、一線を越えたわけでもなく。椿くんが大の奥手だとは付き合う以前から知っていたが、まさかこれ程とは。私は頭を抱えた。もしや私に魅力がないとか? それとももう好きじゃなくなったとか!? 考えれば考えるほどマイナスの方向へと進む。

 私は拳を握って空を仰いだ。このままでは破局まで一直線。今まで椿くんに任せていたのがいけなかったのだ。私が頑張らなければ! 最近肉食系女子が流行っているというし、何も問題はない。

 だが、肉食系ってどんなのを言うんだろう。具体的なことを知らない私は首を傾げた。とりあえず攻めればいいのかな、と携帯を取り出す。デートに誘おうとメールをカチカチ打って、ふと指が止まる。

 メールじゃなくて、声、聞きたいなぁ。

 我ながら乙女なことを考えてしまい、ぼっと顔が熱を持つのがわかった。うひゃー、恥ずかしい。けれどそう考えたらいてもたってもいられなくなり、指が勝手に椿くんの電話番号を押していた。電話帳に登録してあるが、それを開くのも面倒だった。はやく、はやくと念じていればコールが鳴り始める。『も、もしもし』

「椿くん」

 私が念じたせいか、椿くんはすぐに電話に出てくれた。それが嬉しくて頬がだらしなく緩む。「今、大丈夫?」

『大丈夫、全然平気』

 どうやら丁度暇だったらしい。内心ほっと息を吐くと、私は当初の目的を思い出す。そ、そうだ、デートに誘わなきゃ。

「つ、つ、つ、つばきくん、」
『な、なに?』

 しまった、何だか緊張してきた。口の中がカラカラに乾いて、半端なくどもってしまった。私の緊張が伝わったのか、なんだか椿くんの声が硬い。ど、どうしよう。

「よ、よかったら明日、食事に、行きませんか」
『い、行きます』

 何故か敬語になってしまった。だが私は椿くんがオーケーを出してくれたことのほうが重要で、「本当!?」と大きな声を出してしまった。椿くんはちょっと驚いたのか、『うん。練習の後だったら、空いてるし』と笑い混じりに頷いてくれた。

「ふふ、楽しみにしてるね。……おやすみなさい」

 欲を言えばもっと声を聞いていたいが、椿くんは明日も早いのだ。夜更かしをさせるわけにはいかない。
『おやすみ』と言ってくれた椿くんの声がちょっと寂しそうに聞こえたのは、私の思い違いだろうか。でもそうだったら嬉しいなぁ、とドキドキする胸を押さえて電源ボタンを押す。

「よしっ」

 当初の目的通り、無事……無事に? デートに誘うことは出来た。後はセクシーな服でも着て椿くんを誘惑すれば……と考え、私は重大なことに気づいた。「ど、どうしよう、そんな服持ってない……!」

 スタイルに自信のない私の服は、どれもこれも露出が少ないものばかりだ。胸も小さいので、胸元がガバッと開いてるものなんて言語道断である。
どうしよう。困り果てた私は、自称常に恋する女である友人に助けを求めた。恋愛下手な私にどうか助言を。

『ギャップを狙いなさい』

 ぎゃ、ギャップ……返ってきたメールに私はますます頭を抱えた。一体どういうことなんだ。そういえば前に「男はギャップに弱いものよ」とか何とか言ってた気がする。考えているうちにも時間はどんどん進んでいく。私は諦め、大人しくベッドに潜った。明日のデートが上手くいきますように、と願いながら。


 そして運命の日。……いや、そこまで言うのは大げさだけれども。デート当日、椿くんから『終わったよ』とメールを貰い私はいそいそと出掛ける。服は一応考えに考えた結果、いつも通りな感じになってしまった。いや、気合は入れまくったけど。

 無意識に早足になっていたのか、待ち合わせ場所に三十分前についてしまった。腕時計で時間を確認し、落ち着かない自分に苦笑してしまう。駄目だなぁ、わたし。椿くんが絡むと、余計に空回りしちゃう。

「ご、ごめん! 遅れた!」
「わっ」

 いきなり声をかけられ、振り向くと息を切らした椿くんが膝に手をついて立っていた。
「走ってきたの?」と私は尋ねた。待ち合わせの時間まではまだまだ余裕がある。「いや、苗字さんが見えたから、」走ってきたのだと椿くんはちょっと顔を赤くして額の汗を拭った。

 私のために、と今度はこっちが顔を赤くする番だった。「ありがとう」と小さくお礼を言うと、そんな、と椿くんは首を振った。それからお互いに照れた所為か無言になってしまう。

「じゃ、行く?」椿くんが困ったように私を見遣った。「う、うん、そうだね」私は頷いて椿くんの後に続く。

 椿くんの斜め後ろをついて歩きながら、私の視線は一身に椿くんの右手に注がれていた。やっぱり私の手よりも大きいなぁ。私の手はふにゃふにゃしてるけど、椿くんのは、なんていうかゴツゴツしてる。――触りたい、と考えた自分は破廉恥だろうか。いや、違う。普通のことだ。椿くんと私はこ、恋人同士なんだから、手を繋ぐぐらいしてもいいだろう。よしやるぞ、やってやるぞ、そう思って手を伸ばすもやはり羞恥が勝って触れることなんて出来なかった。

 自分のチキンっぷりに落胆し下を見れば、西日で私と椿くんの陰が伸びていることに気づいた。二人の並んだ陰が伸び、一つに繋がっている。それだけで満足しそうになるが、実際に繋がないと意味がないから! 私は首をぶんぶんと振り、思い切って手を伸ばした。

「ッ!」

 椿くんの手の甲に、私の指先が触れた――瞬間、バチッと音を立てて弾かれる。

「あ……」椿くんがしまったと口を押さえた。私はそれをただ呆然と、目を丸くして見ていた。「ご、ごめ――」焦った表情で椿くんが謝る。謝らなくていいよ、びっくりさせちゃったの私だから。そう言って安心させなきゃいけないのに、私は言葉が紡げなかった。じんじんと響くように痛む手を抑え、耐え切れなくなって俯いた。

「わた、わたし、椿くんの好きなとこたくさん言えるよ」手よりも、心臓がはち切れそうだった。「百個以上言えるわ」痛む心臓を鎮めるように胸の前で手をぎゅっと握る。ゆっくりと顔を上げ、椿くんを見上げる。私よりも頭一個分高い椿くんの顔が、だんだんと滲んできた。

「優しいとこも、かっこいいとこも、たまにかっこわるいとこも、すぐ真っ赤になるとこも、恥かしがり屋なとこも、ぜんぶすき。だからもっとそ、傍にいたいって思うし、さわりたいなって、おも、おもうんだもん」

 ボロボロと大粒の涙が溢れるように出てきた。どうしよう、困らせたくないのに。面倒くさいって思われたくないのに。けれど頭もぐちゃぐちゃで、勝手に口が動いてしまう。「手だってつなぎたいし、キスだって、」

 私の言葉はそこで途切れた。目の前が突然真っ暗になって、唇がなにかに押し付けられて、ふにゅっとした感触に「んっ」と変な声が漏れてしまう。それはまばたきをする間に離れてしまったけど、椿くんの顔がすぐ近くにあって、私はぼんやりした頭で椿くんを見つめていた。

「ごめん」再度椿くんが謝った。どうして謝るのか私は理解できなくて、ぱちぱちと瞼を瞬かせた。

「こんなに不安にさせてるなんて、思わなかった」いつもみたく椿くんはオドオドしてなくて、滅多に見ないような凛とした表情だった。あれ、でもこの顔見たことある。サッカーでたまに見せる、あの顔だ。

「でも俺、苗字さ……なまえのこと、本気で好きだから」

 その一言で、一気に我に返ったように顔が熱くなった。あれ、い、今、私、何されたの? 椿くんからキ――「だからそれだけは信じて、」

「すすすストップ!」

 慌てて椿くんの口を押さえるようにして掌を突き出した。ふにゅっとした感触が掌に感じて、私の頭はパンクしそうだった。涙は止まったけど、目が潤むのを感じる。さっきまで痛かった心臓は、バクバクと動悸が激しい。

「もう、心臓が壊れそう……」

 囁くように呟けば、椿くんは「あっ」と気づいたように顔を硬直させ、私みたく顔が茹蛸のようになった。夕暮れの中、顔を真っ赤にして黙り込んでしまう私達。なんだか滑稽だとうっすら笑うと、椿くんは何で笑われてるのかわかんないみたいだったけど、釣られるように頬を緩めた。

「えーと……行こっか」椿くんは頭を掻いて、照れくさそうに右手を差し伸べてくれた。

「……うん」私は椿くんの行動にはにかみつつも左手を重ねた。きゅっ、と椿くんが優しく握り返してくれる。椿くんの手は、私の手を包むほどに大きかった。


 それから私が椿くんのことを「大介くん」と呼ぶようになるのは、すぐのこと。





純情失踪事件
20101114⇒
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