dream | ナノ






 王子ことジーノは、自称『王子』と呼ぶだけあって格好いい。それはもう果てしなく。達海さんが「まあまあ男前」と言っていたので、思わず「達海さんよりジーノのほうが格好いいですよ」と反論したら頭をボールの如く鷲掴みにされたのはごく最近のことだ。それをバッチリとジーノに目撃されたのも今となってはいい思い出だ。ごめん嘘吐いた。顔から火が出るほど恥ずかしかったです。

 ジーノはとにかくモテる。前にジーノの車を女の子達がズラッと囲んでいて、私はその光景に「女って怖い!」とガクガク震えながら後藤さんに報告した。それもこれも、ジーノが格好いいから悪いのだ。だったら仕方ない、と一人でうんうん頷いていたら「なに一人でニヤニヤしてるんだい?」急に背後から声を掛けられた。

「えっ!?」驚いて振り向くと、練習中なはずのジーノが涼しい顔で立っていた。

「あ、あれ、ジーノ練習……」
「自主休憩中」

 平然と返ってきた答えに私は納得した。いや普通しちゃ駄目なんだけど、こうも堂々とされたら怒る気も失せる。グラウンドを見れば、怒りで顔を真っ赤にしてる松さんとこっちを睨んでいる達海さんが目に入った。や、やばい。

「ジーノ早く練習に戻らないと! 怒られちゃう!」
「平気だよ」
「私が平気じゃないの!」

 むしろ私が怒られそうだ。また達海さんが私のポケットマネーで勝手に出前とかしまくりそう。女の子はお金が掛かるんですよ、と前に本気で怒ったら鼻で笑われた。達海さんはもうちょっと、デリカシーというものがあってもいいとおもう。

「なまえはすぐ顔に出るよね」

 くす、とちょっとだけ口角を上げて笑うジーノは贔屓目に見ても格好良かった。一瞬見惚れてしまいそうになったが、私は頬に手を当てる。ま、また顔に出てしまった! どうやら私は思ったことがすぐに顔に出てしまう性質らしく、しょっちゅう百面相をしては周りから笑われた。ジーノも例外じゃなく、まだくつくつと堪えるように笑っている。

「そんなに笑わなくてもいいじゃない……」

 ああ、穴があったら入りたい。羞恥で火照る頬を両手で挟みながら自己嫌悪に陥る。お母さん、どうしてもっとこう、ポーカーフェイスな感じに生んでくれなかったんですか。

「君を見てると本当に退屈しない」

 ようやく笑いが治まったジーノが言った。どういう意味だろう、と首を傾げれば「そのままの意味だよ」ジーノは踵を返してグラウンドへ戻って行った。松さんが何事かジーノに向かって怒鳴っているが、ジーノはさらりとそれを交わしている。

 たまにジーノは私に意味深な台詞を吐く。私はその度に脳みそを振り絞って考えるのだが、未だかつてジーノが何を言いたいのか理解出来たことはない。今回もまた然り、だ。でもそんなジーノも格好いい、と思ってしまう私は末期だろうか。

「あの、なまえちゃん。見惚れるのは書類作ってもらった後でもいいかな……」
「ぎゃっ後藤さん! いつからそこに!?」
「最初からいたよ」

 き、気づかなかった……。後藤さんは暗いオーラを背負いつつ胃を押さえていた。きっと達海さんに振り回されて苦労しているのだろう。私はそんな後藤さんの苦労を一つでも減らすべく書類作りに奮闘した。後藤さんが他にも何か言っていたような気がするが、私の耳には聞こえなかった。「アッ、違うよなまえちゃん、そっちの書類じゃなくて!」


 人の集中力は大体三十分ぐらいしか続かない、とテレビで言っていた。三十分以上働いた気がするし、ちょっとくらい休憩してもいいだろうか。いいよね、うん。部長なんてずっとお茶飲んで新聞読んでるし。有里さんが戻ってくるまで、と自分に言い聞かせ外の空気を吸いに行く。

 ぐーっと背を伸ばし、辺りを見回せばグラウンドではまだ選手達の練習が続いており、どうやら紅白戦をしているようだった。今日は特にギャラリーも多いからファンサービスでもあるんだろう。

 ふと、フェンスを見れば女性のファンが多いことに気づいた。若い女の子からおばちゃん、果てはどう見ても外国人な金髪のお姉さん……。最近は椿くんや赤崎くん、世良くんなどに女子ファンが多いと聞いたが、あの外国人のグループは確実に王子ファンだろうと私は直感した。ジーノのファンは多国籍だ。

 美人さんだなぁ……。私は思わず見惚れてしまった。視線に気づいたのか金髪のお姉さんが振り返り、完璧な笑みを浮かべて小さく手を振ってくれた。おおう、私はその美しさにちょっと怯みつつもぎこちない笑みで手を振り返す。絵になる、とはああいうのを言うのだろうか。それに比べて……ちらりと自分を見下ろす。チビだし胸もないし、この前なんか達海さんから「ちんちくりん」だなんてからかわれた私だ。そんな私がジーノをす、す、す……好きになるだけでも、御門違いな話じゃないだろうか。

「今度は何を落ち込んでるんだい」

 そうだよね、ジーノは私なんかとは住む世界が違うんだもの。きっと金髪でボンキュッボンな彼女もいるんだろう。そのほうがいい、敵わないって知らしめてくれるぐらいが丁度いい。

「……僕を無視するなんて、いい度胸してるね」
「へ、あっ!?」

 ぐにょーん、とほっぺを引っぱられ、突然の痛みに我に返る。目を見開くとすぐ近くにちょっと不機嫌そうなジーノの顔。え、い、いつからそこにいたの!? もしや今は本当の休憩時間か!?

「前から思ってたけど、君って注意力散漫し過ぎじゃない?」
「そ、ソウデスカネ……」
「何かあったの」

 ようやくほっぺを引っ張るのをやめてくれたジーノは静かな口調で尋ねてきた。何か、って。私はまた顔に出ていたのだろうか。

「えっべべべ別に何も……」
「なまえって嘘も下手だよね」

 もって何だ、もって! 反論したかったが、私の返答でますます不機嫌になったジーノが怖くて私は何も言えなかった。そうだ、言えるわけないじゃない。あなたのことで悩んでました、なんて。

「ふぅん」ジーノはつまらなさそうに呟いた。「ま、なまえの考えてることなんて解るけどね」

「え」どういう意味ですか、と尋ねる前にジーノは私にぐっと近づいた。そして耳元に唇を寄せて、一言。

「ねえ、いい加減自分が特別だって気づいたら?」

 私の腰が砕けたのは、言うまでもない。




甘い眩暈を運んでくる
20101105⇒
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テーマ「人外ファンタジー」
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