好きだよと言われる度に舞い上がった。

優しく抱き締められる度に心が踊った。


だけど、彼の全てに魅せられ惑わされているのは私1人だけ。


所詮彼にとって私は大勢の中の1人という位置付け。

突然消えても分からないような薄っぺらい存在にすぎない。


私を惹き付ける大人びた笑顔も。

私を悦ばせる狡い指先も。

私を舞い上がらせる甘ったるい言葉も。


全て見知らぬ他の女性と共有しているもので、決して私1人が独占出来るようなものではない。


彼は特定の誰かのものにはならない。


どんなに強く懇願しようとも、1つの場所に留まってはくれない。


複数の女性の間をふらふらと彷徨し、吐き気がするほど素敵な夢を見せるだけ見せ、そして中毒性の強い甘さを残して去っていく。


そんなどうしようもなく狡い人。


どう足掻いても私のものにはなってくれない。


本気になってくれない相手を愛したところで辛いだけだと分かっているのに、私はどうしても彼との関係を断ち切ることが出来なかった。


時が経てば経つほど嵌まっていく。


彼の甘さを味わう度、もっと彼を知りたい、深く交わりたいという欲が出る。


魅力的で危うくて、一度嵌まれば抜け出せない。


それはまるで麻薬のようだった。








彼と会う場所は決まって彼のマンションだった。


仕事から帰ってくるタイミングに合わせて彼の家へ行き、短い時間を一緒に過ごす。


たったそれだけ。


尊く短い一夜の間に私達の感情が交わることはない。


「ねえ」

「何?」

「こんな風に会うの、結構久しぶりじゃない?」


彼を愛し必要としてくれる人は私の他にもたくさんいる。


だから会いたいと思ってもすぐには会えない。


彼は私だけのものではないから。


彼が会おうと言ってくれない限り、私は彼を想いながら歯痒い思いで日々を過ごすことしか出来ない。


だけど、会えないことを寂しく思っているのはもちろん私だけ。


久しぶりの対面に心を踊らせているのも当然私の方だけで、彼は落ち着き払った様子で「そうだね」と同意した。


広くて綺麗な彼の部屋は作り物の清潔感と甘い誘惑に溢れている。


「……会いたかった」


私はベッドの傍に立っていた彼の背中にそっと抱き着いた。


細くも逞しい剥き出しの背に顔を寄せれば、シャワーを浴びたばかりの体からは清潔感のある香りが漂う。


こうして熱を重ねることは出来ても、気持ちだけは決して重ならない。


それは分かりきった事実だけど、改めてそのことを考えるとやっぱり少し虚しくなる。


私はずっと会いたくて堪らなかったというのに。


触れたくて触れたくて仕方がなかったというのに。


きっと彼の中にはそんな感情など微塵も存在していないのだろう。


「俺もだよ」


そのまま少しの間彼の背に顔を埋めていると、やがて聞き慣れた柔らかい声が返ってきた。


それは嘘か本当か。


簡単すぎる問いを思わず頭に浮かべた直後、彼はそっと私の手を剥がして私に向き直る。


やっと重なった視線。甘さを孕んだ瞳を前に私の鼓動は高鳴るばかり。


私の欲しいものを全て見透かしたような目で私を見つめた後、彼はそっと唇を重ねた。


伝わるのはずっと求めていた柔さと甘い熱。


理性や恥じらいは正常な思考と共に溶かされ、絶え間なく押し寄せる欲望の渦に飲み込まれる。


ただ優しいだけの愛では足りなくて。

ただほんのり肌を赤く染めるだけの熱では満たされなくて。


もっと愛して。

もっと壊して。


縺れるようにベッドに倒れ込んだ後も、私は強く彼を求め続けた。


どれほど彼を愛したところで先には進めない。


少なくとも今のような無益な関係を続けた先に私の望む未来はない。


だけど、それでも私は今に縋りついていたい。


彼の温もりを感じていられる“今”の中でしか、私は生きられないから。


傷付くばかりの無謀な恋でも、最早私には消せない想いと共に生きていく道しか残されていないのかもしれない。


絶え間なく与えられる快楽に溺れながら、私は口から漏れる嬌声の中に一方通行の愛を叫んだ。



僕の愛が溶けるまで


恥じらいや理性をどろどろに溶かし、全て消し去ってしまう甘い熱。

だけどそれは僕の叶わぬ想いまでは溶かしてくれなくて。快楽の後にはいつも痛みだけが残るんだ。



完結 2012.11.30
公開 2012.12.01


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