空がどんなに黒く塗り潰されようとも、その赤色だけは決して色褪せることなく私の瞳に輝きを与える。


人混みに溶け込まないその存在感の強さに。


深い暗闇に沈むことのないその意志の強さに。


きっと、私は憧れていた。






「1度だけでいいんです」


縋るように彼の細い手を握り、黙って私を見下ろしている彼の瞳を見つめる。


人工的な灰色の中に映る私の顔は辛そうに歪み、今にも泣き出しそうだった。


「……1度だけ私のお願い聞いてくれたら、もう何もかも諦めますから」


震える声に、潤む瞳。


抑えきれなくなった恋心が歪んでいくのを感じながらも、私はこの情欲を止める方法を知らない。


1度だけでいい。


1度だけでいいから、行き場を失ったこの想いを受け止めて欲しい。


吐き気がするほど甘い夢を私に見せて欲しい。


たとえそれが一瞬で消えてしまうような嘘だったとしても、構わないから。


「アンタは本当にそれでいいの?」


私の無茶な要求を耳にしても、彼は顔色ひとつ変えない。


周囲の女性から憧れを抱かれている彼のことだ。


恋愛感情を抱いていない女からこんな風に求められるのも、きっと初めてではないのだろう。


「多分ね、アンタは俺をよく見すぎてるよ。俺はアンタが思ってるような男じゃない」


彼は私の手を振り払おうともしなければ、握り返そうともしない。


受け入れることも拒絶することもしないなんて、貴方は本当にずるい人だ。


「もしアンタが一時の感情に流されてるだけなら、やめた方がいい。もっと自分のこと大事にしな」


簡単に自分を売っちゃ駄目だよ、と。


冷静に言葉を返してくる彼に、私は「違います」と首を横に振る。


「……私は軽い気持ちでこんなこと言ってるわけじゃありません」


泣きそうな私の姿を映し出している灰色の瞳は、揺れも乱れもしない。


潤んだ目でじっと彼を見つめると、彼は「本当に?」と口元に薄い笑みを作る。


真っ赤な髪。

人工的な灰色の瞳。

左に3つ、右に4つ。両耳に光る7つのピアス。


どこか危険で怪しげな雰囲気を漂わせ、こんな派手な見た目のまま夜の繁華街を出歩いてしまうような男なのに。


女関係には妙に真面目で、求められても簡単に受け入れたりはしない。


彼は、ずるい。


優しくて、中途半端で。

それ以上に、残酷な人だ。


いっそ適当に弄ばれて捨てられた方が楽だったかもしれない、なんて思えてくるほどには。


「後悔しないの?」

「しません」


はっきりとそう言い切ってしまった後、何だか無性に怖くなった。


自分の妙な行動力と、自分のものとは思えないほど強い恋心と、制御しきれないこの欲望が。


「……あなたは、なんでそんなに相手のことを思いやるんですか?」

「え?」

「こんな女、適当に遊んで捨てちゃえばいいじゃないですか。なのになんで、こんな女のことを心配したりするんですか?」


胸の中に燻っていた疑問を口にした直後、彼の表情の中に一瞬驚きにも似た何かが浮かんだ。


だけどそれはすぐに姿を消し、彼の顔にはいつもの落ち着いた笑みが戻る。


「思いやりとか、そんな綺麗なもんじゃないよ」


軽そうなのに真面目で。他人への思いやりなんて知らなさそうな雰囲気があるくせに、本当は優しい。


ギャップだらけの彼は、静かにそう言いながらそっと私の手を剥がした。


「俺はただ、人を傷付けるのが嫌なだけ」


彼は自由になった手を私の髪に伸ばし、長さのわりには痛みの少ないモカブラウンに指を通す。


彼の行動に緊張と期待の両方を抱く傍らで、何が彼にそんな感情を抱かせるのだろう、と思う。


「……私は傷付いたりしませんよ?」

「そんなこと言って、後から悔やんでも知らないよ」


頬に触れていた私の髪を左耳に掛けながら、彼はふっと口元を緩める。


余裕と妖しさが滲む笑みに見とれてしまいそうになっていた時、不意に唇に柔い熱が降る。




「1度だけ、ね」


一瞬にして消えた温もり。

その再来をねだるように彼を見つめると、彼はゆるりと口角を上げた。




叶わぬ恋心に沈む私を待つのは、一夜限りの楽園。

この儚い夢が醒めるまで、どうか束の間の幸福に浸らせて。



拍手 / 2012.03.29~11.30
公開 / 2012.12.01~

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