会計を済ませてからは多少、足取りは重いものの黒曜センターへ向かう。
壊れた門から入って、廃屋へ。

歩いていると奥からクロームの声が聞こえた。



「だれ…?」

『……私。由夜。』

「……!由夜?」



ひょこっと顔を覗かせたのはクローム。
黒曜の制服にエプロンをつけて何やら料理を作っているようだった。



『何してたの?』

「今朝、千種が作ってくれた骸様のお粥を温め直してたの…、ご飯を食べて、お薬を飲まないと…」

『そう、本当に風邪なのね…』

「由夜はどうしたの?骸様のお見舞い…?」

『……!違うわよ、私は……』

「顔、赤い…」

『…ー…っはい、これ』

「なに…?」

『クロームにお土産』

「ケーキ、美味しそう…」

『骸はどこ…?』

「えっと、奥の部屋で横になってる。…お茶、持ってくね」

『すぐに帰るからいい』

「え…?でも……」



クロームに聞いた通り、奥の部屋へ向かう。
一応、ノックをしたけど返答がないから、少しだけドアを開けて中を覗くと骸は静かに眠っていた。

熱のせいか大分、呼吸が荒い。
寝顔を見たら、胸の奥から感情が沸いてくる。



「……」

『骸……』



いっそ、このまま殺ってしまおうか。
強く殴ったら昨日の記憶がなくならないだろうか。

そう思い、ぐっとトンファーを握ったけれど、目の前の骸は病人。
我慢してトンファーをしまった。

何で、このタイミングで熱を出すんだろうか。



『……バカ』

「…、……」

『………すごい熱』

「……」



温くなっている額のタオルを濡らして、同じ場所に戻す。

昨日の事があって気まずくて、ずる休みとか思ってたけど本当に熱が出てるなんて。
……考えすぎて熱が出たとか?

いくら何でもそれはないか。



『早く治しなさいよ…』

「……」

『…治ったら、殴らせてもらう、から』

「……由夜」

『え……』

「……っ」

『………寝言?』

「……っ、可愛い、です…よ……由夜…」

『は…?』

「はぁ……、クフフ…」



起きたのかと顔を覗くと目蓋は閉じたまま。
やっぱり寝言らしい。



『……』



妙に怪しげなセリフばかりを言ってるんだけど、どういうこと?

まさか夢の私に変な事してるんじゃないでしょうね、この変態。
呆れた顔で見ていれば、急に魘されて目を覚ました。



「…ー…ッ!!」

『……』

「……っ、い、今のは……夢…っ」

『骸…』

「おや…、由夜…」

『おはよう』

「おはよう…ございま…す!じゃないです、何故、ここに…っ」

『千種君達に聞いて来た。一発、殴らせてもらおうと思ってね』

「……っす、すみません…昨日は……」

『言わなくて、いい。』

「です、が……っ」

『……!!』



無理に起き上がろうとした骸。
ふらふらしたから、つい支えたけれど昨日の事を思い出してしまい視線を逸らした。
骸は、それ所じゃないらしく私の肩に静かに寄りかかる。

病気じゃなかったら殴り飛ばしてる、のに。



「すみま、せん…」

『いいよ、これくらい』

「昨日の事、なのですが…」

『……』

「つい…してしまったんです……」

『……つい、ね』

「…っつい、と言っても、いい加減な気持ちでは…!!それにやましい気持ちはこれっぽっちも…」

『……』

「いえ、キスしたのですから多少はやましい気持ちはありましたが…っ」

『……言うなって言ってんでしょ』

「す、すみません、つまり僕が言いたいのは……その、もう君で遊んでいる訳では、なく…」

『……』

「僕は……僕は本気で……由夜の事が好ー……」

「由夜、コーヒーでいい…?あ…っ」

『……!!』

「な…ッ!?」

「由夜、離れて……ッ!!」

「クローム…っ!?」

『えっ、ちょ…っ』



ドアを開けたクロームは私達を見てコーヒーパックを地面へ落としてしまった。

そして何を思ったのか三叉槍を取り出し、クロームは骸へ一振り。
骸のすぐ後ろの壁には攻撃の後が綺麗に残っている。



「骸様、由夜に何を……っ」

「え……、あ、の…クローム…?」

「変態でストーカーだと思ってたけど、本当に行動に移すなんて…っ」

『クローム…?』

「無理矢理、迫られてたの…?ねぇ、由夜…っ」

『……』

「ちょっ、由夜、否定してくださいよ、今は別に何も…」

『まぁ、そう…だけど…』

「僕、病人なのですが、一応…」

『……クローム。大丈夫。何もないから』

「……本当?由夜、骸様…」

「本当ですよ…」

「そう、なんですか…、ごめんなさい、骸様…」

「いいのですよ、分かってくれれば…」

「私、てっきり風邪で弱った所を見せて由夜を襲うつもりなのかと…っ」

「……」

『……いくら変態でも、そんなこと』

「その手がありましたか…!!」

『骸。』

「すみません、冗談ですよ」

「本当にごめんなさい…。私、お茶を入れてくる…」



しゅんとしたクロームは静かに扉を閉めて出て行く。
騒いだせいか骸はふぅと深いため息をして、またベッドへと身体を預けた。

横になっているけど、念のため骸に近づくのはやめておこう。
昨日の事のせいか顔が熱くて仕方ない。

それに骸のせいで頭も痛くなってきたわ、まったく。



「何ですか、その微妙に遠い距離は」

『別に』

「……先程の続きを聞いて頂けますか?」

『聞かない』

「そこは普通、yesと頷く所では……」

『もういい。治ったら殴らせてもらうから。それでチャラ。』

「……」

『……何?』

「やはり嫌、でしたか…」

『……そりゃ、あんな一方的なのは』

「おや…?」

『何よ』

「それはつまり"今度"は合意の上でしたら嫌ではないと…?」

『……え?』

「そ、そうでしたか、嫌ではなかったんですね…!」

『違うから…!!"今度"なんて絶対にない!』

「おやおや…」

『か、帰る…!!』

「待ってくださいよ。せっかくですから、もう少し……寂しいです」

『だったら、これをここに置いておく…!!仲良く群れてなさい…!』

「パイナップルじゃないですか、これ…!!僕は由夜に傍にいて欲しいんですが…!!」

『冗談はいい加減にして…ッ病人だろうが本っ気で殴るわよ…っ』

「由夜に殴られるなら別に構いませんよ…それに冗談じゃありません」

『あんたね……っ』

「……冗談なんて、もう言えません」

『………っ』



ベッドで上半身だけ起き上がる骸。
トンファーをグッと構えるけれど私に攻撃する意志はないと思っているからか微動だにしない。
その顔がムカついて仕方がない。

キッと睨むしか出来ない事にイラつきを覚える。
数秒の沈黙、再びドアを開けたのはクロームだった。



「骸様、お粥とお薬を持ってきました……、あ…っ!?」

『クローム…』

「今度は由夜が骸様を襲ってる……」

「えぇ、クローム。まさに今、由夜が僕を熱く求めて…」

『んな訳、ないでしょ…!!咬み殺してあげ…ー…っ』

「おや?由夜……」

「由夜…!?」

『……っ』

「どうしたんですか、ふらついて。まさか兄妹揃ってサクラクラ病…と言っても、ここには桜ありませんよね」

『……っ熱、い』

「えっ、服を脱ぎたいんですか…」

『バカ……っ』

「骸様、どいてください……、あ…っ由夜も熱い。さっきから顔が赤いなって思ってた、けど」

「僕の風邪がうつってしまったんでしょうか……」

『……』



"昨日のキスで"とクロームに聞こえないように耳元で囁く骸。
耳から入ってくる骸の声にゾクッとして熱でふらつく身体に鞭を打って立ち上がった。



『か、帰る…、今すぐ、帰る……!!』

「ダメですよ、由夜…、クローム、薬を」

「はい…、由夜、これを飲んで休んでいって…?私の部屋を使っていいから」

『……っ』

「クフフ…!!ここは僕が口移しで…!!」

「骸様はお粥を食べて薬を飲んで早く寝てください。」

「寝込んでいられませんよ、こんなチャンス滅多に…っ」

『…ー…う』



ごちゃごちゃ話してる骸とクローム。
頭痛がして気持ち悪くなってきた。
何で私まで風邪をひかなきゃいけないのよ…っ!

考えすぎたから?
それとも骸の風邪がうつった?今?

それとも昨日…?



『…ー…!!』



とりあえず、これは全部、あんたのせいだからね!!



『(…っ五発…いや十発くらい殴らないと…っ)』

「由夜、こんなにうなされて…寒くないかな…?」

「由夜、僕がこの身で温めてあげます…!!」

「骸様、止めてください…」



end



2009/6/20

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