「今日は本当にいつものようにトンファーを出しませんね」 『誕生日だからね。言い忘れてたけど、おめでとう』 「…ありがとう、ございます、由夜」 『……嬉しそうね』 「嬉しいですよ。誕生日を祝う事も、ケーキの蝋燭を消す事も全てが初めてでしたから」 『初めて?』 「えぇ、言ったでしょう?僕等は脱獄囚です」 『そう、だったわね』 「それに、幼い頃はマフィアに実験材料として扱われていましたから」 『……え?』 「人体実験のモルモット、といった所ですね。」 『……聞いてないんだけど、それ』 「言ってませんからね」 『……クロームも?』 「クロームは関係ありませんよ。あの子はいざという時、僕の媒体と言った所でしょうか」 『媒、体…』 「あの子の事が知りたいのならクロームに聞いてください。きっと由夜になら話しますよ」 『…別に、いい。』 「そうですか」 黒曜センターを出てから、ゆっくりと歩く。 そして、骸は今までの事を淡々と話していく。 地獄のような人体実験、そこで手に入れた力の事。 その後の生活はマフィアから迫害を受け、隠れて生きてきた。 どの話も、とてもじゃないけど普通に話せるような内容じゃないのに骸は淡々と話していく。 非日常的、何かの小説みたいな話で信じられない。 だけど、全て本当の出来事なんだろう。 『……今日は、よく話すわね』 「由夜には知って欲しいですから」 『………そう』 「…どう、思いますか?」 『何が?』 「僕らのことです。人体実験後、数々の罪を重ねてきた。」 骸の青と赤の瞳が哀しげに揺れている。 どう思っているか、か。 『……』 怖い、可哀相、今まで大変だったわね。 私の予想だと骸が想像している言葉はこの辺りだろう。 『私には関係ない』 「……そう、ですよね」 『そうよ、骸達の過去なんて関係ない』 「………」 『今がある。それだけでいいじゃない』 「え……?」 『関係ない、が冷たく聞こえたなら謝るわ』 「……」 『でも、本当に関係ないの。』 「由夜……?」 『私は私、骸は骸。大切なのはこれからでしょう。』 「………」 『私が知ってる骸は心から憎んで全てに復讐を望んでいるようには思えない』 「……」 『今も昔もただ、平穏な普通の生活をしたい。そうじゃないの?』 「それ、は……」 『今の骸達がいる、それでいいと思う』 「由夜…」 骸は静かに私の話を聞いていた。 その横顔は儚くて、今にも消えてしまいそうな程、頼りない。 数分、続く沈黙。 歩いていたら、ふと骸が立ち止まった。 振り返ると顔を歪ませている。 『……骸?』 「……」 『……どうしたのよ』 「……、…怖いとは思いませんか?」 『え…?』 「僕のことが怖いとは思わないのですか…?」 『怖い?』 「えぇ、幻覚や憑依など、どう考えても普通じゃないでしょう」 『…以前も聞いたわね。何度、聞いたら気が済むのよ』 「……すみません」 忘れてください、というように骸は先を歩いた。 そんな寂しそうな背中を見せないでよ、ため息を吐いて声をかけた。 『……怖くないわよ』 「…ー…!」 『恭兄の方がよっぽど怖い』 「は……?」 『…昔からとんでもない事ばかりしてたからね。』 「……、…聞かせてください」 昔の事を話していく。 主に恭兄が仕出かして来た事だけど、骸は黙って聞いている。 私は気を遣う事無く、ありのままを話した。 『……』 マフィアの話も人体実験の話にも興味ない。 可哀相、だなんて同情もしない。 同情なんて骸達はして欲しいとも思わないだろうから。 今の骸や犬、千種君、クロームが今いるなら過去は知らなくても構わない。 だけど、話してくれるのは単純に嬉しかった。 *** 今度は私の昔の事を話していくと、骸は段々といつもの調子を取り戻していく。 調子を取り戻していくと同時に、難しそうな顔をして話を遮った。 「……あの」 『何?』 「雲雀恭弥は一体、何者なんです?」 『さぁ』 「さぁって、君の兄でしょう?」 『兄だけど、謎が多いわよ。』 「……」 『ある意味、骸以上にね、だけど…』 「私には関係ない、ですか?」 『そう。恭兄は恭兄、それでいいのよ』 「………」 『……ねぇ』 「…何ですか?」 『送ってくれるの、ここまででいいよ。もうすぐそこだから』 「だめですよ、ちゃんと家まで送ります。」 『恭兄がいるはずだから煩くなる』 「構いませんよ。相手にしなければいいんです。」 『それじゃ余計に恭兄の機嫌を損ねるじゃない』 「咬み殺す、って言うでしょうね」 『そこで骸も煽るような事を言うでしょ』 「もちろんですよ。」 そんな骸と恭兄のやり取りが容易に想像できて綻ぶ。 ゆっくりと歩いているけれど、本当にもうすぐ家。 このまま骸が家まで送ってくれたら本気で恭兄とバトルになりかねない。 私が足を止めると骸もそれに気付き止まった。 『本当にすぐ家だから大丈夫。骸も帰りなよ。』 「ですが…」 『恭兄と戦ってもいいけど深夜まで続くかもよ』 「そうなるかもしれませんね。食後の運動にでも…、と思ったんですけど、今日はやめておきますか」 さすがに深夜までは困ります、と骸は笑う。 少しだけ心配していたけれど、すっかりいつもの骸に戻って安心した。 ほっとすると鞄の中にしまってある「あれ」を思い出した。 『あっ、ちょっと待って』 「…どうしました?」 『……、…これ』 「これは…?」 『…すっかり忘れてたけど、プレゼント。』 「プレゼント?誰にです?」 『誰にって、あんたに決まってるでしょ。誕生日プレゼントよ。』 「僕、に……?」 『手ぶらで誕生日パーティーなんてしない。渡すタイミングが分からなくて。』 「……」 『骸…?いらないなら、別にいいけど』 「…いえ、ください」 『…はい。』 「……」 ありがとうございます、と、柔らかく微笑んで骸はプレゼントを受け取った。 数秒、受け取ったプレゼントを見つめ、視線を私に移す。 「……」 『……それじゃ、もう帰るから』 「由夜……」 『ん……?』 「……」 『どうしたのよ』 「………」 『……っ!?』 帰ろうと一歩踏み出したら引き止められた。 振り向いてじっと骸を見つめると引き寄せられる。 『…ー…っ!』 そっと唇に柔らかいものが重なった。 一瞬の出来事がスローモーションに思える。 驚いて目を見開いて骸を見ると、ハッと我に返ったように唇を手の甲で隠し顔を赤くさせた。 「………っ」 『む、くろ……、今…』 「…ー…っ、すみません…っ」 『あ……!?』 すみません、と言い残し慌しく走って帰っていった。 突然の出来事に、ぼーっとその場に立ち尽くす私。 頭が上手く回らない。 今のは何? 私の唇に骸の唇が重なった。 これは、つまりキスって言うことになるんじゃ…!? 自覚したら一気に顔が熱くなった。 『……っ』 初めてのキス。 返せなんて無理な事は言わない。 だけど、別に気にしてない、なんて事は言えない。 忘れようにも忘れられない。 『…ー…やっぱり一発、殴っておけばよかった!』 明日から、どういう顔をしてあんたに会えばいいのよ。 end 2009/06/09 |