「………」

『クローム?』

「……あ、由夜」

『雑誌…?』



クロームが手に取って見ていた雑誌は女の子向けの雑誌で「バレンタイン特集」と表紙に書かれてあった。
興味ないけど、確か十四日だったはず。

あぁ、そうか。
今日は十三日、明日がバレンタインデーだったんだ。



『何でこんなの見てるの?』

「明日バレンタインだから…」

『誰かにあげるんだ?…あぁ、骸達に?』

「うん、由夜の名前で骸様にチョコ贈ろうかと思って」

『………』

「義理チョコならぬ偽装チョコ…絶対に喜ぶ…」

『クローム……』

「…冗談。…ごめん」



クロームが冗談って言うと全然、冗談に聞こえない。
ため息を吐いて、隣に並ぶ。

今日はスーパーが特売でゆっくりしてられないけど気になって、私も雑誌を見るとチョコレートの作り方が載っていた。
そういえば、恭兄もバレンタインがどうのこうの言ってたな…。

自分の誕生日は忘れるくせに、どうしてこういう面倒な行事は覚えてるんだろうか。
毎年、仕方ないから恭兄にはあげてるけど今年もまた用意しないと煩いかな。



『……』

「由夜、骸様にあげる…?」

『……は?何で骸に…!?』

「最近、仲がいいから……劇もよく出る気になったね?」

『仲がいいというか慣れよ、慣れ』

「そう……」

『それに骸なら他の女子から貰えるでしょ』

「貰わないって言ってた」

『何が?』

「由夜以外からのチョコは貰わないって、骸様、言ってたよ」

『……』

「………」



そうは言われても作る予定なんてないし。
骸だって私のなんて催促しに来ない。

…よく考えれば珍しいな。
骸の事だからストレートに「ください」って、いつもの倍以上にうざったく言ってきそうなのに。

そんな骸を安易に想像が出来ると、私の口からはもう一度、ため息が零れた。
ため息を吐いて視線を落とすと胸元のネックレスに通してある指輪が目に入る。

クリスマスに骸と恭兄から貰った指輪だ。



『……でも、まぁ、お礼くらいなら、いいか』

「何が?」

『出費が重なるけど、一応、指輪を貰っちゃった訳だし…』

「…由夜?」

『恭兄のついでに作れば……』

「ねぇ、由夜…!!」

『……っ、な、何…?』

「独り言、骸様みたい…」

『な…っ!?』



もう一度、微笑んで冗談、と言うクローム。
少し短めの制服のスカートをふわりとさせて帰って行った。

クロームと別れた後、私は夕飯の材料と予定外のチョコレートの材料、ラッピングを買って早足に帰宅した。



『ただいま…』

「おかえり、由夜。荷物、多いね。僕を呼べばよかったのに」

『……っ、…これくらい大丈夫。』

「そう?」

『夕食、すぐ作るから……』

「……?分かった」



恭兄が自室に入るのを確認して私はエプロンをつけてキッチンへ。

別にばれたって構わないのに何で隠したい気分になるんだろう。
夕食を作りながら用意した材料を見ると、むず痒い気持ちになる。



『……チョコレート、か』



夕食を作り恭兄と食事。
その間も恭兄に材料が見つからないか落ち着かなかった。



「……由夜」

『…何?』

「なんかそわそわしてない?」

『別に、してない…けど…』

「……」

『………』

「まぁ、そういう事にしておくよ、何かあったらすぐ僕に言いなよ。」

『…分かった。』

「それじゃ、由夜……ご馳走様。また"後で"ね」

『その含みのある言い方は何?後も何もないから』

「……残念」



スッと静かに立ち上がって食器を下げようとする恭兄。
それはいつもの事だけど、今日はキッチンに入って欲しくないから止めた。



『ま、待って…』

「……?さっきから変だよ、何?」

『食器、そのままでいいから。私やる』

「……キッチンに何かあるの?」

『別に、何も…ないけど』

「まさか猫か犬でも拾ってきた?ダメだよ、うちには図々しい鳥が居座ってるんだから」

『そうじゃなくて……、…とにかく!私が片付けるから』

「そこまで言うならお兄ちゃんって呼んだらいいよ」

『咬み殺してあげる』

「冗談だよ、由夜」

『…それと』

「何?」

『この後はキッチンに……、…来ないでくれる?』

「何で?」

『いいから』

「………分かったよ」



食事の後は大抵、恭兄はシャワーを浴びて自室に篭る。
そうすれば、滅多にリビングやキッチンに来ない。
作るなら恭兄が部屋に入った後に始めよう。



『……』



恭兄が自室に入るのを確認して時間を置いて、私はもう一度エプロンをつけてキッチンへ。
料理はそれなりに出来るしチョコレートは毎年、恭兄に作ってるけれど、どうも菓子作りは得意になれない。

私自身が甘いものが好きじゃないからかな。

湯煎で溶かしたチョコを味見してみると独特の甘さが口に広がった。
やっぱり甘いな…。



『こんな感じでいいか…』



後は簡単にラッピングすれば完成。

いつの間にか時間が結構、経っていた。
チョコを多めに買ったから、つい作りすぎたけど………まぁ、いいか。
クローム達にもあげよう。



「由夜、こんな時間までキッチンで何してるんだい?」

『……っ!!』

「……?」

『きょ、恭兄……』

「これ、チョコレート…?」

『……う、うん』

「これを作ってたから来ないでって言ったの?」

『……、…そう』

「…可愛い。」

『馬鹿なことを言わないで。』

「……そんな風に言っても可愛いだけだよ、由夜」

『……ッ』

「ねぇ」

『な、何…?』

「ここ、チョコレート…ついてる」

『……っ』



二、三歩と近寄って、頬についていたらしいチョコを舐める恭兄。
頬にザラリとした感触。
驚いて目を見開くと、近い距離で目が合う恭兄。



「…ご馳走様」

『……な、何すんのよ、恭兄』

「だって、バレンタインチョコでしょ?」

『そうだけど……』

「…僕に作ってくれてたんじゃないの?」

『え……』

「由夜?」

『あ…、う、うん…。そうだよ…恭兄が毎年、煩いから…』

「ありがと。ちゃんとしたチョコは明日、貰うよ」



おやすみ。
そう言ってチョコがついていた頬に口付けを落として恭兄は満足そうに部屋に入っていった。

……って、どさくさに紛れて頬にキスしないでよ。
そう思ったけど私も眠くなってきた。



『ふぁ……、私も眠ろう……』

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