『珍しいわね』

「……?何がです?」

『そういう風にも笑うなんて初めて見た』

「おやおや、失礼な。僕だって笑いますよ」

『今はいつもみたいに気味悪く笑ってないじゃない』

「本当に失礼な人ですね、まったく。ただ、思ったんですよ」

『…?何を?』

「……こういうのを幸せ、と言うんだと」

『……え?』

「こんな穏やかな日々を送れるなんて思ってもいませんでしたから」



桜を見つめ真面目な顔をしている六道骸。
桜を見つめているようだけど、どこか遠い、ここではないどこかを見ているように感じる。



『……?それはどういう……』

「由夜、僕、卵焼きが食べたいな、取ってくれるかい」

『……あ、うん。』

「六道骸、今日の所は由夜に免じて咬み殺すのは先に延ばすけど手を出したら、咬み殺すから。」

「……肝に銘じておきますよ、本当に君は余裕がないですね」

『……』

「では、僕は散歩にでも行ってきます」



そう言い残して六道骸はこの場を離れる。
その姿は明らかにいつもと違う。



『………』

「由夜、どうかした?」

『恭兄、今日の六道骸、おかしくない?』

「何を言ってるの、今日に限らずいつもおかしいじゃないか」

『そうだけど。他の意味でおかしいというか…』

「……そう?」

『うん…』



少しだけ気になって恭兄にコーヒーを買いに行くと言い残し私は六道骸の後を追ってみた。

……確か、こっちに行ったと思ったんだけど。



「……おや」

『…−…!』

「……由夜さん。こんな所でどうしたんですか?」

『……、…私も散歩。』

「そう、ですか……」

『……』

「……由夜さん、花びらがついていますよ」

『え…?』



一歩、二歩と近づいて私の髪についていた花びらを取る六道骸。
本当にいつもと別人みたいだ。

少し前のように妖しい笑いではなく、今は普通に微笑んでいるように思える。



「……はい、取れました。」

『………ありがと』

「いえ。桜も綺麗なものに憧れるから由夜さんの元に舞い降りたんでしょうね」

『……よくそういうセリフを言えるわね』

「桜がそうさせているんですよ」



髪から取った花びらにキスを落として地面へと逃がした。
ふわり、ふわりと落ちていく花びら、風によって高く舞っていった。



『…どういう意味?』

「……木々を彩るよりも、貴女を彩れば自分もより輝けるでしょう。」

『……?』

「いつでも自分より輝いているものに憧れ求めるものなんですよ。」

『………』

「…桜に限った事じゃないですがね」



…いきなり、何を言い出すのか。
ただ、いつものようにからかっている訳ではないという事だけは分かる。

だって表情が普段と、まったく違うから。

独り言のように呟いた六道骸は地に落ちた桜の花びらを見ていた。
何だか哀しそう、というか寂しそう。



『ねぇ、六道骸、あんた熱でもあるんじゃないの?いつもと違う意味で変…』

「いえ、ありませんよ。どこかおかしいですか?」

『全体的に真面目な感じがする』

「僕が真面目、ですか」

『何となく、だけどね』

「真面目だなんて、それは、いつもの僕そのものじゃないですか。」

『……いつものあれが真面目なら最高に性質が悪い』

「クフフ…」

『答え、はぐらかしてない?』

「おや……」

『いつも本音は笑って誤魔化すのよね、あんた』

「……見逃してくれませんか。」

『答えられないならいいけど、はぐらかされるのは嫌い。』

「………」

『言いたい事があるなら言えばいいのよ。いつも余計な事を次から次へと言うくせに。』

「……答えられない訳ではありませんが」

『……』

「そう、ですね…何と言えばいいのでしょう…」



珍しく口ごもる六道骸。
言葉を待っていると、ほんの少し俯いて遠慮がちに口を開いた。



「…こんな穏やかな日がいつまでも続けばいい、そう思っていただけです」

『……それが今日、真面目な理由?』

「……えぇ、そうですよ。桜と千種達を見ていて少々感傷的になりました」

『………』

「こんな日々は続かない、一時の幻想に過ぎない。…そう思いませんか?」

『……』

「花は咲けば枯れていく。先程の花びらのように地に落ちていくしかないんです」

『自分と重ねている訳?それは、六道骸が脱獄囚だから?』

「………えぇ。」

『千種君と犬も?』

「…そうですよ、千種も犬も同様です。」



「もちろん、主犯は僕ですけれど」と、クフフと笑った。
それは、まるで千種君と犬をフォローするかのようだった。

何だかんだ六道骸は優しいのではないか、そう思ってしまう。



『………』

「…僕が怖いですか?」

『さっきも似たような事を聞いたわね。"僕が"が抜けていたけれど』

「……えぇ。」

『……』



骸は脱獄囚である自分の事が怖いかと聞く。
一体、何で?

恐れられるのが嫌ならば正体なんて明かさなければいい。
わざわざ憑依なんて能力を使って、私に見せなければいいのに。



『行動が矛盾してる。』

「……」

『怖いと思われるのが嫌なら恭兄の身体を乗っ取って正体を明かすのはおかしいと思うんだけど』

「……そう、ですね、まさか跳ね馬がいるとは誤算でした」

『ディーノにばれる前に憑依を解く事も可能だったんじゃないの』

「……」

『本当は、何が目的で恭兄に憑依した訳?』

「……それは」

『それは……?』

「……確かめる、ために」

『確かめる、ため?』

「………」



六道骸はいつでも一線は置いてるように思える。
近づいて来るくせに、一定の距離は絶対に踏み込んでこない。
本心は見せずに人を翻弄する。



『……』



「恐ろしい人物」と思わせて私を自分に近づけさせないようにしているのか。
六道骸にとって、近づいてほしくない相手になった私。
だったら何故、今、こうして傍にいるんだろう。



『………』

「……」



ディーノが六道骸は脱獄囚だと言っていた。
六道骸が今まで何をしてきたのか、そんなの私に関係ないし興味もない。
これ以上、知りたいとも思わない。

だけど、今、煮え切らない態度をしている六道骸がムカつく。

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