『…恭兄、大丈夫?』 「大丈夫だよ、今日は随分と心配性だね」 『………』 「由夜が心配してくれるなんて嬉しいな」 また笑った。 その瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走る。 本当に恭兄、どうしたんだろう。 明日は雨じゃなくて台風でもくるんじゃないかってくらい、ありえない光景に心配してしまう。 『ねぇ、本当に具合、悪くないの?』 「何を言ってるの、由夜。」 『頭、ぶつけたとか……ない?』 「ないよ。…さぁ、冷めるよ。食べようか。」 『…う、うん』 「僕が食べさせてあげようか?」 『やだ』 「……残念。恥ずかしがらなくてもいいのに」 『恥ずかしがってなんか、ない』 「ふふっ、そういうところも可愛いね」 『……』 ふふって!ふふって笑ってる、恭兄が……!! しかも、可愛いとか食べさせてあげようか、だなんて言うのは一体どういうこと? 昨日は、正常だったのに、まさか一晩で恭兄がここまで危ない人になろうとは。 確かに最近、私が妹って事を忘れてるんじゃってくらい大胆な行動をするとは思ってたけど。 まぁ、血液型も忘れるくらいだから、我が兄ならば、ありえない事じゃない。 願わくば六道骸のようにならないで。 そう思いながらスープを一口、飲んだ。 『あ…、美味しい…』 「よかった。おかわりあるからね」 『うん、ありがとう…って、恭兄、その箸は何?』 「口、開けて」 『やだ』 「口移しがいい?」 『それ以上、何か言ったら咬み殺してあげる』 「………」 恭兄のむすっとした表情。 それは、からかってきてわざと拗ねて見せる六道骸と重なる。 そういえば、六道骸からのプレゼントに付いていたメッセージカードを思い出した。 雲雀恭弥と暮らしていて身の危険を感じたら使ってください、とか何とか書いてあったわよね。 からかいながらも六道骸も一応、私の事を心配いるのだろうか。 私にとっての危険人物は間違いなく六道骸だというのに。 「由夜、食べないの?」 『あ…、ごめん。食べる…』 「……」 表面的に優しい兄になったと思えば放っておいて問題ないかな。 にしても、いつの間に料理の腕を上げたんだろう。 私が作るよりも美味しいかも。 なんて考えていたら家の訪問ブザーが鳴った。 『……誰だろ』 「由夜は座ってて、僕が出てくるよ。」 『え…?ちょっ、恭兄…!!』 「気にせず食べてて」 いつも恭兄は出ないのに何で……!? 気まぐれで出た時、新聞屋や勧誘だったら、いつも咬み殺してる、あの恭兄が…!! 『……』 食べる手を止めて耳を玄関に集中させる。 ドアを開ける音はしたけど、その後はまったく物音がない。 ちょっと影ながら覗いてみようかな。 何故か嫌な予感しかしないけど。 『……?』 そっと玄関を覗いてみると一人の人物が青ざめて固まっていた。 その人物は私に気づくと天の助けというのように、ぱぁと表情を輝かせた。 「由夜!!」 『ディ、ディーノ…』 「……」 ……ワーォ、煩いのが来た。 いつだったか、恭兄の家庭教師として応接室にやって来たというディーノ。 私にも馴れ馴れしくして来たのが印象的だった。 恭兄が見つからない時は私の元へとやって来ては話をしたっけ。 鞭もディーノに教えてもらったから感謝すべきだと思う。 だけど、いい歳した大人が涙目で私に駆け寄らないで欲しい。 こんなに青ざめて何があったのか、恭兄はきょとんとディーノを見つめてる。 「助けてくれっ!恭弥が、恭弥が……っ!!」 『来て早々、何?恭兄に攻撃でもされた?』 「違う!恭弥が…」 『恭兄が?』 「恭弥が優しいんだ…!!」 『……は?』 「ねぇ、由夜、この人なんなの?とりあえず、お茶を入れてくるけど」 「茶ぁ!?恭弥、お前、本当にどうしたんだ!?」 「いらないの?このまま帰ってくれたらありがたいんだけど。」 「いや、せっかくだから上がらせてもらうぜ、初雲雀家。」 「じゃあ、上がりなよ」 「……恭弥」 スタスタと部屋に戻る恭兄。 つい、その背中を玄関でぽつんと見送る私達。 後姿が見えなくなるとハッと思い出したように血相を変えディーノは話し出した。 「ちょっ、おい!聞いてくれよ、由夜!」 『はぁ…、煩い…』 「そう言わずに聞いてくれって!」 『何?』 真剣なディーノに肩を掴まれる。 目が血走ってて、すごく気持ち悪い。 冷めた目で見つめ返すと興奮した口調で話し出した。 「恭弥が何て言ったと思う?いつもは玄関で追い返されるのに上がっていけば?とか言うんだぜ!?」 『そ、そう…』 「しかも土産を受け取ってくれて、微笑み付きでありがとうって…!!ありがとうって言ったんだぜ!!あの恭弥が!」 『………』 「……熱!そうだ、熱!あいつ、熱あるんじゃねぇのか!?」 『熱、ね…』 「じゃなきゃありえねぇよ!しかも、エプロンしてどうしたんだよ!オレ、制服以外の姿を初めて見たぜ!」 『ディーノもおかしいって思う?明日は槍が降りそう……』 「槍じゃねぇよ、トンファーが降って来るって」 『トンファーか。トンファーの方が恭兄らしいと言えばらしいわね』 「ちょっと、早くしなよ。…って、何で由夜の肩を触ってるんだい?」 「きょ、恭弥…!!悪い、今、行くぜ!」 後ろから聞こえた恭兄の声。 ディーノはビクッと反応したと同時に私の肩に置いていた手を離した。 そして、また私を見て、今度はこそこそと小声で話す。 「ほら、変だろ?いつもなら間髪いれずトンファーでぶん殴られるのに!」 『そう、ね…』 「どうしたんだよ、本当に」 『分からない、朝起きたらあぁなってたから……』 「あいつらしいのも、らしいで難ありだけどよ、これはこれで結構、堪えるもんがあるぜ……」 『まぁ、ね…』 「この前だって由夜の事を可愛いよなって言っただけでトンファーで殴りかかってきたし」 『…そう。本当に恭兄に何があったんだろ…』 「……兄妹揃ってつれない性格だな。」 『……?』 「いや、こっちの話だ」 お互いに冷や汗。 今の恭兄にどう対応すればいいのか分からないが二人でリビングへと向かう。 |