*** その後、何だかんだ言っても骸様は犬に勉強を教えていた。 途中でクロームも加わり、ちょっとした勉強会が始まる。 そこまではよかった。 なのに、今の状況は一体、何……? 「由夜は攻められるのに慣れてないと思うのですよ」 「……はぁ」 「へー」 「あの、骸様、勉強は…」 「それより何より由夜です。メールの返信が未だにこないんです」 その話で何で、冒頭のセリフが出るのか教えて欲しい。 けれど質問するのも、もう疲れた。 「つーか、さっきの話はどういう事なんですかー?」 「ですから、由夜はあまり恋愛事は得意そうではないでしょう?」 「……?」 「メールをわざと返信せず焦らすなんて駆け引きしないと思うんです」 「寝てんじゃないですかー?」 「……えぇ、そうだと思います」 骸様は仕方ないという風に息を吐き、もう一度、携帯を開くとメールを送ったようだった。 何て送ったのかと聞くと、わざわざ送ったメールをオレに見せてくれた。 "おやおや、まだ起きてないのでしょうか。 クフフ、さては夜更かししていましたね? 早く起きないと君の可愛い寝顔を妄想しますよ、いいんですか?" 「返信は期待しない方が…」 「咬み殺すと返信くれませんかね」 「骸様、咬み殺すでいいんですか…?」 「えぇ、この際、何でも構いません」 「骸様、由夜を呼んでほしい、です…」 「クローム…?」 「会いたい…」 「……」 「変なことは書かないで、遊びに来てって伝えてほしい…」 クロームは期待した眼差しで骸様を見つめている。 骸様もクロームくらいシンプルに伝えればいいのに。 静かに見守っているとクロームが骸様にメールを催促した。 「骸様、もう一度、由夜にメールを送ってください…」 「……黒曜センターに来ませんか?という文面でいいですかね」 「はい…、いいと思います…」 「ですが、これで遊びに来てくれるでしょうか。この時ばかり即、めんどいと返信が来たら…」 「…骸様、なら写真を撮って添付してください」 「は……?」 「由夜にオレ達も待ってるって伝わればいいかな、と…」 「あー!だったらオレが撮るびょん!」 「こら、犬…!暴れないでくださいよ、撮りますから…!」 「おい!ブス女もこっち見ろ!」 「え…?あ、写真……?」 「はぁ、めんどい…」 「骸さん!早くしてください!」 「分かりましたよ。だから、ほら、落ち着きなさい」 「はーい!」 こうして撮られた一枚の写真。 その画像をメールに添付して、骸様から由夜への三通目のメールが送信された。 骸様だけのメールでも、きっと由夜は来てくれるはず。 だけど、オレは少し心配になり念のため、骸様に気付かれないように由夜にメールを送る。 心配したのはオレだけではなく、犬とクロームもそれぞれ、由夜にメールを送っていたようだった。 「……」 (主に骸様が)ドキドキして数分、由夜から返信が来た。 メールを見た骸様の表情が綻ぶ。 その様子なら答えはYesだろうな。 「……!」 「よかったですね、骸様」 「え、えぇ…」 骸様は由夜からのメールを見て、頬を赤くしている。 由夜も恋愛に慣れてなさそうだけど骸様も恋愛に慣れてないと思うのはオレの気のせい? 今までを思えば恋愛なんてした事ないのは明らかだけど。 「……、…骸様」 「どうしたの、千種」 「骸様と由夜…、少し、心配だなって…」 「え……」 オレの考えを察したのか、クロームは不安そうにオレを見ている。 オレ達の間に沈黙が流れると、クロームが哀しそうに呟いた。 「骸様と由夜…、恋人同士になれない…?」 「……骸様次第じゃない?由夜を目の前にすると余計な事は言えるのに肝心な事は中々言えないみたいだから」 「じゃあ、練習…」 「練習?」 「うん…、骸様…」 「何ですか、クローム」 「少し、慣れましょう」 「はい?」 一体、何をです?と骸様は首を傾げる。 クロームは構わず槍をかざして骸様の前に幻覚で由夜を出した。 そこまでは、まぁよかったんだけど…… 「………何で、猫耳にセーラー服」 「骸様が好きそうだから」 「いくら骸さんでもこれはねぇびょん…」 「骸……」 「……!?」 「骸様、顔を赤くして固まってるじゃないか、どうする気…」 「こうする…」 クロームは念じると幻覚の由夜は優しく微笑んで骸様に近づく。 骸様は近づかれた分、一歩下がり、緊張したようにごくりと喉を鳴らした。 「骸、好き…」 「……っ!」 「何で逃げるの…?」 「に、逃げて、ません、よ……?」 「じゃあ……、ぎゅってして?」 「く……!!これはクロームの幻覚…!幻覚と分かっているのにときめく自分が憎らしいです、まったく!!」 「骸様、積極的な由夜に手も足も出ないヘタレ…」 「普段はSだのツンデレだの萌えだ何だの余計な事は言えるのにね…」 オレだったらSだのツンデレだの言う方が勇気がいるけどね…。 しかし、この状況じゃハードルが高すぎて、いつになっても慣れる気配はない。 猫耳セーラー服じゃなくて、まずは普通の由夜に慣れるべきなんじゃ…。 いや、由夜に慣れるべきというよりも、恋愛を意識しないで自然に接することが出来ればいいんだけど。 ん?けど、それじゃ友人止まりになるのかもしれない…。 「……はぁ、難しい。」 「…うん。じゃあ、もう一押し」 「クローム、何をする気……」 「………もう少し、刺激が強いもの?」 「刺激…?例えば…?」 「……水着、とか?」 「え……」 クロームはうーんと悩んだあげく、事もあろうに水着をチョイスした。 何故、普通に黒曜の制服にしないんだろうか。 「クローム…!!今すぐ幻覚を止めなさい…!」 「由夜に慣れてください…」 「だからって何故、スクール水着に猫耳ニーソ姿に変えるんですか…!!マニアック度がアップしすぎですよ!?」 「私、スクール水着以外の水着…、よく知らなくて…」 「骸、この水着、嫌い?」 「ここで僕が好きだと言ったら変態じゃないですか!」 「骸……」 クロームは幻覚の由夜を骸様に抱きつかせた。 より密着した事で骸様は顔を赤くさせているが、幻覚だからか理性は保っているようで手を出そうとはしていない。 「く……っ!」 「……」 ……骸様の忍耐力をアップさせるにはいいのかもしれないな。 理性が切れて本物の由夜に何かしたものなら取り返しがつかないからね。 頑張って我慢というものを覚えて、日頃の妄想を脳内に留められるようになって欲しい。 「……そうすれば、由夜だって、きっと」 由夜。 彼女の名前を口にしたら、何かが頭に引っかかりもやもやする。 「……?」 オレは何かを忘れているような気がする。 ……何だったっけ? 思い出すのがめんどい…。 『何をしているの』 「……!」 バッと振り返ったら、そこには冷ややかな眼差しを骸様に向ける由夜がいた。 あぁ、そうだった。 由夜が遊びに来るんだった。 恐らく…というか確実に由夜は勘違いしているだろう。 「ま、待ってください、由夜!これには深い事情が!」 『人の幻覚に水着を着せてあまつさえ猫耳つけて抱きつかせる事にどんな深い事情があるのよ!』 「これは僕の幻覚ではなくクロー…」 『問答無用!咬み殺す!』 「……」 オレは少しずれた眼鏡を上げ、目の前で繰り広げられる惨劇を静かに見つめ、溜め息を吐いた。 「………はぁ」 これが黒曜の休日。 改め、オレ、柿本千種の憂鬱その三。 この先の二人はどうなることやら。 end 2012/03/27 |