『…あぁ、そうだ。はい、千種君と犬にもあげる』

「私も…、骸様、千種、犬…」

「……、ありがとう」

「ひゃーっいたらき!ブス女のも仕方ねぇから貰ってやるびょん」

「由夜、しかも、千種達の分まであるのですか…」

「どうしたんれすかー?食わないならオレがー……ぎゃん!ぶたないで下さいよ!骸さん!」

「犬、よくぞ聞いてくれましたね。ですが由夜のカップケーキは僕のものです。」

「聞かなきゃいいのに、馬鹿犬…」

『本当…』

「何か言いましたか、千種、由夜」

「いえ、何も…」

『何でもない』

「で、どーしたんれすか、骸さん」

『……』



犬、また聞いちゃだめでしょう。

私と千種君は今、同じ事を考えているだろうな。
その証拠に千種君を見ると瞳が合い、ため息が重なった。



「由夜」

『…何よ』

「ツンデレならば視線を逸らして"別に骸のために作ったんじゃないからね!勘違いしないで!"と一言、添えるのが基本ですよ」

『は……?』

「ツンデレの王道的なセリフです。ベタにも程がありますが由夜の口から聞きたいです。」

『前から何度も言ってるけど私はツンデレじゃないから』

「照れなくていいですよ、由夜は立派なツンデレです」

『……』

「一度でいいんです。一度だけ視線を逸らしつつ"勘違いしないで"と添えて頂きたい」



呆れた顔で骸を見つめたら黙るどころか熱く語り始めた。

トンファーで一発、殴って黙らせてやりたいけれど、これくらいでは、さすがの私も攻撃なんて仕掛けられない。
どうしようかと千種君に助けを求めるように見つめたら小さく「ごめん」と呟いた。



『………』



…うん、そうよね。
こいつをどうにか出来るものなら、とっくに出来てるはず。

どうにも出来ない奴だから今の今まで野放し状態なのよね。



「最近の由夜はツン度が低いと思います」

『な、何?ツン度……?』

「………あの、骸様」

「千種、今、いい所なんですから話しかけないでください」

「……、…はい(ツン度とやらが低いと感じるならデレてきたって事なのでは、って言おうと思ったけど、もうめんどい…)」

「さぁ、僕の可愛いクローム、犬。由夜に正しいツンデレを見せてあげましょう」

「え?」

「何れすか?」

「台本はこれです」

『何してるのよ、骸』

「少し時間を下さいね、由夜。さぁ、お前達、早く台本に目を通しなさい。」

「んぁ?」

「台本………?」



どうやら、今日はクロームと犬を巻き込むらしい。

従順なクロームは骸の言うことをよく聞いて怪しげな台本を真剣に読んでいる。

犬も骸には逆らえず素直に台本を受け取るけれど、台本を読んだら顔を青くさせて骸に抗議した。



「んなっ!こんなの嫌れすよ!何れ、オレがブス女と!」

「いいからやりなさい。クロームも分かりましたね?」

「頑張ります…」

「クフフ、さすが僕のクローム。お前は本当にいい子ですね…」



怪しく微笑む骸を放って私と千種君は暖かい窓際でのんびり過ごす。
会話なんてほとんどないけれど癒される時間。

ふぁ、とあくびをしながら骸を見ていると、とても熱心に犬とクロームと話している。

そんな骸に話しかけられたのは一時間後だった。



「さぁ、由夜、準備が出来ましたよ」

『……何の?』

「ですから、ツンデレの見本ですよ」

『……(…まだツンデレの話、続いてたんだ)』

「さぁ、クローム、犬」

「はい…」

「へーい…」

『……?』



骸がパチンっと指を鳴らすとクロームと犬がスタンバイ。
緊張した様子のクロームと、やる気のない犬が私と千種君の前に立つ。

クロームの手には先程、犬に渡したはずのカップケーキの包みを持っていた。

ちょっと待って、今から何が始まるのよ。
嫌な予感がして止めようと思ったらクロームが声を出した。



「あの、け、犬…!」



いつも物静かなクロームが頑張って大声を出す。

あぁ、小芝居に付き合わされているクロームと犬が可哀想でたまらない。
だけど、クロームが一生懸命に演技しているから間に入る事に躊躇ってしまう。

静かに見守っているとクロームは視線を逸らして犬にカップケーキの包みを差し出した。
クロームの顔は真っ赤に染まっている。

きっと、顔が赤いのは演技なんかじゃない。
こんな事をやらされて素で恥ずかしいんだと思う。



「……こ、これ」

「何だよ、その包み」

「………カップケーキ」

「オレに?」

「……か、勘違いしないで。べ、別に犬のためじゃ、ないんだから…」

「だったら、他に奴にやりゃいいだろ」

「調理実習で、たくさん作ったの。余ってるから、……あげる」

「……余りもんなんて、いらねぇよ」

「…ー…ッ」



犬は普段よりもクールなキャラ設定らしい。
クローム同様、演技が恥ずかしいのか、頬を赤くしていた。

カップケーキを断られたクロームはしゅんとして俯く。
その様子を犬は数秒、見つめると大げさにため息をついてクロームの手からカップケーキを攫った。



「……貰ってやるよ。」

「あ……」

「……言っておくけど、余るならもったいねぇからだからな」

「…ー…!」

「勘違いすんなよ」



犬がぶっきらぼうにカップケーキを受け取るとクロームはほっとして微笑む。
そして、小さく呟いた。



「……、…ー…と。」

「…何か言ったか?」

「………ありがと。」

「はぁ?聞こえねぇよ」

「……、…何でも、ない。さっさと食べてよね。」

「……はっ、可愛くねぇの」

「………」

「…はい、カット!よく出来ましたね、二人とも」

「………」

「……」



カットの掛け声で二人とも安堵し肩の力を抜く。
骸は拍手を送りながらクフフと上機嫌に微笑んでいる。



「だーっ!もう!こんなんやらせないで下さいよ、骸さん!柿ピーにやらせればいいじゃないれすかー!」

「千種はこの間、ちょっとした任務に付き合ってもらったのでね、今回は犬にお願いしました。ねぇ、千種。」

「……はい(…という事は次はまたオレに何か回ってくるんだろうか。考えただけでめんどい)」

「…つか!本当に勘違いすんなよ、ブス女!さっきのは芝居だかんな!」

「あ…、う、うん…」

『……』



下らないと思っていたけど意外にも微笑ましく可愛い小芝居だった。
展開がべたにも程があるけれど。



「由夜、これが僕の理想です」

『あんたの理想は正直、どうでもいい』

「そんな事を言わずに一度だけ」

『ツンデレがいいならクロームにやってもらえばいいでしょう』

「私じゃ、萌えないって言われた…」

「犬はクロームに萌えたみたいですがね」

「萌えてねぇびょん!骸さん!勘違いしないでくらさい!」

「犬にそのセリフを言われても、まったく萌えないので黙りなさい」

「ぎゃん!」



骸は先程からじっとしていない犬の頭を掴み、椅子に座らせた。
軽く睨まれると犬は口を尖らせて静かになった。

その姿は、まるでお座り、待てと言われたイヌのよう。

小芝居に付き合わされた上、あまりに酷い扱いをされた犬にお疲れ様、と伝えるとギンと睨まれる。



「由夜!お前のせいだかんな!さっさとツンデレろ!」

『何よ、ツンデレろって。大体、私はツンデレじゃないって何度、言えば分かるのよ…』

「クフフ、ツンデレですよねぇ、クローム」

「はい…、多分……」

『クロームとのんびり話してないでちゃんと聞いて。咬み殺すわよ。』

「……!!由夜……」

『な、何よ……』

「まさか、由夜はヤンデレだったのですか!」

『は……?』



ヤ、ヤンデレ?
ツンデレとどう違うの?

また、よく分からない変な単語が出てきて眉間に皺を寄せると、骸は熱く語り始める。



「クフフ……!愛ゆえに殺したいほど強烈な嫉妬。僕は大歓迎ですよ、可愛いものではないですか」

『……強烈な嫉妬?いつ?誰が誰に?』

「たった今、由夜がクロームと話す僕に」

『………』

「さぁ、何でもどうぞ、全て受け止めますよ。君のためなら何度だって巡り舞い戻りましょう」



目の前には両手を広げた眩しいほど輝いている笑顔の骸。
その姿を見たら妙にイラッとして私の中の何かがプツンと切れた。



『…ー…ッヤンデレでもないから!!』

「………ッ!!」



苛々が最高潮に達してトンファーを強く握り締めて、勢いのまま骸に振り下げる。
トンファーは命中し骸は床にドサリと倒れた。



「あ……」

「……、…こうなるだろうって思ってた」

「…骸さーん、いい加減にツンデレとかヤンデレとか言わない方がいいと思いまーす」

「……」

「って、聞こえてねぇびょん!骸さん!」



静かにお座りしていた犬は気絶した骸に近寄りぶんぶんと揺さぶる。
私はトンファーを一振りしてからしまうと、深く息をして呼吸を整えた。



『…ー…っはぁ』

「お疲れ様、由夜…」

『はぁ…、ねぇ、千種君……』

「ん……?」

『……、…結局、ヤンデレってどういうこと?』

「………」

『………千種君?』

「……オレ」

『うん』

「………ツンデレとか、骸様の言う事…よく分からない」

『……それでいいと思う。…聞いて、ごめん』

「…こっちこそ、ごめん」

『………』



また、ため息が見事なまでに重なり私達は原因となった人物を目に向ける。
骸は私達の心境なんて少しも察していないだろう。



「ク、フフ……!」

「骸さん!?何で気絶しながら嬉しそうに笑うんだびょん!?」

「………川の向こうの綺麗なお花畑で由夜が骸様を手招いてる?」

「それって渡っちゃヤバいんじゃねぇのか!?骸さぁぁん!戻ってきてくらさーい!!」

『クローム、私はここにいるけど…』

「手を振ってるのは骸様の脳内にいる妄想の由夜」

『………』

「……骸様、ツンデレもヤンデレも脳内で留めておけばいいのに」

「だよなぁ…」

「……うん」

「……」

『………』



私たちの視線は嬉しそうに気絶している骸に集中。
今度は犬、千種君、クローム、そして私の四人分のため息が重なった。



『……とりあえず』

「うん…?」

『保健室、連れて行こうか』

「おっ!骸さんが言う、デレたって奴じゃねぇの、これ!」

『違う。私が殴ったのが原因だから。…それだけ。』

「由夜、骸様が気絶してる今のうちに言ってあげて…」

『何を?』

「これ……」



クロームは骸作のツンデレ台本を見せて、とあるセリフを指さした。



『…何で私まで』

「由夜が言えば骸様、満足する。一度だけでいいって言ってたから…」

『気絶してるから聞こえない訳でしょ』

「せっかくのチャンスに気絶していた骸様が悪い…」

「だな!」

「……、…だね」

「ちゃんと言ったって私達が証人になるから」

『え……』



私を見て千種君達は三人揃って無言で頷く。
これは後には引けない雰囲気。

私は気が乗らないながらも台本を手にした。



『…ー…か』

「……」

『か、勘違い、しないでよね。保健室に連れて行くのは、べ、別に骸のためじゃないんだから』

「………」



……あぁ、恥ずかしい。
こんなセリフを言うなんて思ってなかったから顔が熱くなって思わず伏せる。

気絶している骸はどこか嬉しそうな表情をしていた。



『……』



まさか、起きてないわよね?
もしも狸寝入りだとしたら、咬み殺してあげるから、覚悟してよね、骸!



end



2011/08/01

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