「骸様の視線以外、あまり感じないね…?」 『……気のせいだったかな』 「でも、視線を感じたんでしょう?街中だからかも…」 『捕まえるのは無理そうね…、だったらどこかでお茶でもしようか』 「え……?」 『付き合ってもらったからね、お礼も兼ねて。』 それにスーパーのタイムサービスまでまだ時間があるから、そう付け足すとクロームは嬉しそうに笑った。 思えば、いつも群れないでいたから、こうやって友人(と言ってもいいのか分からないけど)と寄り道をするなんて初めてかも知れない。 群れているけれど嫌な気分はしない。 むしろこうやって当てもなくウィンドウショッピングをするのは楽しいと思う。 後ろに骸の視線がなければ尚更いいのに。 呆れて困ったような笑みを零してしまうと、ふと、ここ数日、纏わりついていた視線を一瞬だけ感じた。 『……!!』 「由夜、今の…」 『クロームも気付いた?』 「うん、だけど、どこから……、…あ!」 『どうしたの、誰かいた?』 「骸様の声……」 『……?』 「犯人…、…ー…逃げた」 『え…?』 「あ…ー…、捕まえたって、ビル……」 『……ビル?』 「こっち……」 『あ……クローム…』 たたた、と駆け足のクロームの後を追う。 来た道を数メートル戻るとクロームは廃墟になったビルの前でピタリと立ち止まった。 「ここ…」 『ここにいるの?』 「うん……」 『何で…』 「……?」 『骸の声、聞こえるの?』 「私と骸様、繋がってるから……聞こえるの…」 『よく分からないけど……特殊な能力ってこと?』 「うん……、由夜、こっち…」 立ち入り禁止と書いてあるけれど、ドアの鍵は開いていた。 クロームは迷う事無くシンと静まり返る埃臭いビル内の一室へと私を案内する。 少し開いたドア、中を見れば骸は黒曜中の女の子を捕まえていた。 「もうっ、離してよ、骸ちゃん!そんな怖い顔しないで……って!ゲッ、最悪、雲雀由夜…」 「おや、早かったですね」 「骸様、一体、どうやって…」 「簡単なことですよ、僕が由夜をストーカーするならば、どうするかを考えて行動してたら当たりを引いたんです」 「………」 『……』 「見事、犯人を捕まえましたよ、クフフ…」 『犯人ってその子?劇の時、いたわよね…』 「えぇ、迷惑かけてすみません。由夜、この者は…」 「あーっもう!離してから喋ってよ、骸ちゃん!ばれたなら逃げないわ!」 「逃げられない、そう言った方がいいのでは?」 「く…っ」 『骸の知り合い、よね?』 「えぇ、彼女はM・Mといいます」 「ハッ、見つかるなんて最悪。ねぇ、聞きたかったんだけど惚れ薬入りクッキーの効果はどうだったかしら?」 『………』 「もっと使えばよかったのに。あ、今でも間に合うわよ?骸ちゃんに使ってお金を搾り出して分け前をー…」 『……へぇ、貴女が』 「ちょっ、待って待って!トンファーしまってよ、危ないわね…!!」 『……』 女の子を殴ることはしないけれど、思わずトンファーを構えたら焦るM・M。 トンファーを下ろすとため息を吐いて骸を見た。 「この女、普通じゃないわよ。さすが骸ちゃんが気に入ってるだけあるわ」 「クフフ、そうでしょう」 「気配、消してたのに何でことごとく気付かれるのかしら、たくっ、商売上がったりよ」 「商売ですか。由夜を使って何をしようとしていたんです?」 『言わないと咬み殺すわよ』 「……っ!写真よ、写真!」 『…写真?』 「そう。骸ちゃんが大分、あんたにお熱みたいだから、ほら」 「……!」 「楽して稼げると思ってたのに中々いいのが撮れなくてね」 胸元から数枚の写真を取り出して見せる。 帰宅途中や本を読んでいる時の写真、どうやら隠し撮りして骸に売りつける予定だったみたいだ。 「すごい、こんなにたくさん……」 『こんなの買わないでしょ、ねぇ、骸ー……』 「M・M、この値段でいかがです?」 「キャハハ!骸ちゃんってば話分かるから好きだわ!もちろん、その額で不満はないわよ」 『ねぇ』 「……ッ!」 「ひ……ッ!!」 「す、すみません、つい…!」 『写真とネガ。全部、出しなさい』 「そうですよ、さっさと僕に渡しなさい」 『骸』 「…冗談ですよ、ほら、M・M、早く出さないと痛い目に合いますよ」 「……分かったわよ。」 目に見えて不満そうな顔で私に全ての写真とネガを渡した。 骸にこってりと怒られてM・Mは懲りたようで盛大にため息を吐いて去っていった。 「これに懲りてもう変な事はしないでしょう」 『そうだといいけど』 「よかった……」 「迷惑かけてすみません、由夜」 『骸が謝ることじゃなー…くはないわよね、骸に売りつけるために撮ってたんだし……。だけど別に謝らなくていい』 「まったく、M・Mの商売気には困りますよ」 「骸様も買おうとするから…」 「欲しいに決まっているでしょう」 即答で言った骸にトンファーで軽く突く。 犯人を捕まえてくれた、だけど元はと言えば骸のせい。 だから素直にお礼は言えずに目線を逸らして小さく「ありがと」と呟けば骸とクロームは二人して笑っていた。 『な、何で笑うのよ』 「いえ、別に」 「何でもない……」 『何でもないのに笑わない』 「笑いますよ」 『笑わないわよ……、あ。』 「どうしました」 『……今、何時っ!?』 「これは珍しい。そんなに慌ててどうしたんです?」 「タイムサービス…」 「……?」 「私も千種に夕飯の買い物、頼まれてた…由夜、早く行こう」 『もちろん』 「クローム、待ちなさい。僕も行きます」 「え…?」 「四人分の食材は一人ではきついでしょうに。まったく、千種も連れて来るべきでしたね」 「骸様、ありがとうございます…」 こうして、犯人捜しは無事に終了。 スーパーのタイムサービスにも間に合ったし、疲れたけれどよかった。 これで安心して外で本も読める。 *** 帰宅後はお風呂に入って自室でゆっくりしていると、ふと先ほど没収した写真が目に入った。 一枚一枚、見てみると本当に私ばかり。 本を読んでる時や帰宅途中、よくもまぁ、こんなに撮ったわね、あのM・Mっていう子は。 呆れつつも写真を見ていくと、とある写真で手が止まる。 『あ……』 いつの写真だろうか、骸にクローム、犬、千種君と一緒にいる私の写真。 みんな笑っていて、そこにいる私も穏やかに笑っていた。 『……』 そこからの写真はなんて事のない日常が続く。 体育の時間、クロームと一緒にいたり教室で犬と千種君と話してる。 授業中、骸が話しかけて来て私はうざったそうに相手していたはずなのに、その表情は柔らかい。 群れるのは嫌い、苦手。 そう自分では思っているけれど学校では一人の写真が一枚もない事に気付いた。 『………』 皆と映っている写真は使用してなかった写真立てに入れる。 だけど、こんなの恭兄に見られたら何を言われるか分からないからコトンと伏せて机の傍へと置いた。 写真に写っているのは間違いなく自分なのに、自分じゃないみたい。 骸たちと一緒にいる時はこんな表情をしているんだ。 照れくささはあるものの、不思議と嫌な気分じゃない。 こんなの「らしくない自分」と思っていたけれど、今ではそれが「自分」になっているみたい。 end 2009/09/20 |