学校が終わり帰宅。
今日も慌ただしい一日だった。



『さて、と』



リビングに鞄を置いて骸から没収した惚れ薬入りクッキーを取り出す。
どこからどう見ても普通のクッキー、そこらで売ってるものと変わりない。
こんなのに惚れ薬が入ってるなんて誰も思わないわよね。

さて、と。どうやって捨てよう?
そのまま捨てるのは、ちょっとね。

何かに包んで外から見えないように捨てた方が確実に安全な気がする。



『…その前に着替えよう』



私はクッキーをキッチンに置いて自室へ。
普段着に袖を通して髪を結んだ。

クッキーを処分ついでに夕飯の準備をしてしまおう。
夕飯は何にしようかと考えながら部屋を出るとカタンと物音がした。



『……恭兄、帰ってるの?』



扉越しに話かけるけれど応答はない。

……ワーォ、嫌な予感。
私は急いでキッチンに向かうと、そこには案の定、恭兄。
惚れ薬入りクッキーを手にしていた。



『だ、だめ!恭兄…っ!!』

「ん?」



慌てて止めようとしたけれど時は既に遅かった。
明らかに先程よりも減っている。
テーブルにぽろぽろと落ちたクッキーはヒバードが突いていた。



『あぁ……』

「由夜…」



振り向いた恭兄は一瞬、驚いたような表情になり私を見つめる。



『きょ、恭兄……』

「……」

≪………≫

『………』



無言で恭兄とヒバードに見つめられて苦笑い。

ふと、骸が言っていた言葉を思い出した。
惚れ薬入りクッキーを食べて最初に見た人物に効果が出るという事を。



『……(最初に見た人物って事はまさか…)』

「………」

≪……≫

「……由夜」

≪ユウヤッユウヤッ≫

『な、何、恭兄、ヒバード』

「………」



恭兄は蕩けた瞳で私を見つめる。
明らかにいつもとは違う視線。

クッキーの効果が出始めているんだろうと私は冷や汗をかいた。
このままスルーして夕飯を作ってしまおうと恭兄の横を通れば腕を掴まれる。



『な、なに?』

「どこに行くんだい」

『夕飯、作るのよ。リビングでテレビでも見てたら…?』

「……いい」



甘えるように肩に顔を埋める恭兄、ヒバードは飛んで私の頭へと座り落ち着いていた。

ヒバードが恭兄より私の方へ来るなんて初めてじゃない?
私にも懐いてるけどヒバードが一番、好きなのは恭兄みたいだし……これはちょっと嬉しいかもしれない。

……と、こんな事を悠長に考えてる場合じゃない。



『恭兄、リビングにいてよ』

「やだ」

『やだ、じゃなくて。』

「夕飯、まだ作らなくていい、から」

『……』



自分が構われないから拗ねているみたい。

効果がなくなるまでの我慢だ、我慢。
私は仕方なく恭兄に手を引かれるままリビングへ行くとソファーに腰を下ろした。

すると恭兄は何を思ったのか、ソファーへと横になる。
枕は私、いわゆる膝枕。



『ちょっと…恭兄…』

「いいじゃない。」

『……』

「…こうしてゆっくりするの久しぶりだね」



見上げて微笑すると恭兄は私の髪を指に絡める。

確かに兄妹でゆっくりした時間はここの所なかったけど、元々、頻繁に二人でいないじゃない。
お互いに一人の時間が好きだからね。

恭兄は過保護だけど、骸のようにベタベタしてこない。
過保護で引っ付いて来られたら兄妹と言えど一緒に暮らすなんて苛々して無理。



『…少し寝れば?しばらくこうしててあげるから』

「いい。」

『疲れてるんじゃないの?』

「平気だよ、それより、夕飯さ…」

『なに?』

「ハンバーグ食べたい。」

『…はいはい。ハンバーグね。』



まるで子どもが母親に甘えるような雰囲気。
ため息を零すと頭にいたヒバードは私の手へとまった。

今度は自分を構ってくれと言わんばかりに手にじゃれつく。



≪ユウヤッユウヤッ≫

「邪魔しないでよ」

≪ヤダッヤダッ≫

「生意気だね、まったく」

『飼い主に似たんじゃない』

「……誰の事を言っているのかな」

『さぁね。』

「でも、由夜を好きにならなくてもいいのに。」

『少しも懐かなかったら可愛くない。恭兄はー…』

「ねぇ、由夜」

『ん……?』



恭兄から逃げるようにヒバードは私の肩へと移動して頬に擦り寄る。
ふわふわとした羽がくすぐったいけれど恭兄もいるし動く事が出来ない。
ヒバードから黙ったままの恭兄に視線を移した。



「……」

『どうしたのよ』

「…そろそろさ」

『そろそろ……?あぁ、お腹、空いた?』

「違う。名前のこと」

『名前?』

「うん」

『名前が何?』

「名前で呼んでよ。僕の事。」

『………』



恭兄は骸と違って理性があるため、あからさまに甘えてくる以外はあまり普段と変わりない。
そう思っていたけど、惚れ薬はしっかり効いてるわね。

お兄ちゃんって呼んでと言われた事はあるけど、さすがに名前で呼んでとは言われた事はない。



『何で今更、名前で呼ばないといけないのよ』

「いいじゃない。」

『よくない』

「由夜…」

『呼ばないってば』

「……」



むっとしている恭兄。
手をぎゅっと握られると兄弟と言えど恥かしい。

名前で呼んでと、しつこい、しつこすぎる。
そのしつこさは、どこぞの変態を思い出してしまうくらいだ。

…ここはもう諦めた方がよさそう。



『……一度だけだからね』

「やだ。これからは名前で呼んでよ」

『……、少し眠った方がいいんじゃない。効果も切れるだろうしね』

「…効果?」

『こっちの話。いいから目を瞑って』

「ワォ、キスしてくれるのかい」

『眠るために目を瞑れって言ってるのよ』

「………」

『……』

「………」

『……、恭弥、目を瞑って』

「………由夜」

『今度はなに』

「……好きだよ」

『………、そう。』

「少し眠る」

『…うん』



観念して名前を呼ぶと恭兄は満足そうに微笑んで目を瞑った。
それにしても惚れ薬の効果って恐ろしい。
あの恭兄が「好きだよ」なんて言うなんて。

数分経つとヒバードはいつの間にか恭兄の傍へ。
恭兄の傍にいるって事はヒバードはもう惚れ薬の効果が切れたみたい。



『………(ヒバードはちょっと残念かも)』

≪………≫

『……(もう少し私に懐いたっていいじゃない)』

「……」

『ま、別にいいけどね…』



落ち着いている定期的な呼吸、そっと髪を撫でたら反応はなかった。
どうやら、もう眠りについたみたい。

眠っているなら、このまま膝枕は構わない。
だけど一つだけ問題がある。



『……夕飯、作れないじゃない。』



今日の夕飯はハンバーグじゃなくて、簡単なものに変更するからね、恭兄。
文句を言ったら、咬み殺すから。



end



2009/07/30
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