私に始まりをくれた人。

彼はいつだって傍にいて、導いてくれた。

自分よりも大切な人。

でも、今は「大切」っていう言葉だけじゃ足らない。

全然、足らないの。



『………』



皆には大好きって、ちゃんと伝えられるのに"あなた"に言うのは、少しだけ、恥ずかしい。

何で、恥ずかしいって思っちゃうんだろう?



『……会い、たい』



最後に見たあなたの顔は少し哀しそうだった。

そんな哀しい顔なんて見たくない。

もっともっと笑顔が見たい。



『……』



あなたが「哀しい」と私は胸が痛くなる。
自分の「哀しい」よりも辛くなる。

あなたが「嬉しい」と私も嬉しい。
自分の「嬉しい」よりも、もっと、ずっと嬉しいの。



『………』



この感情はなんなのかな…?

あなたは私に、教えてくれるかな?



………会いたい、よ。



『…ー…む、くろ』








二人のはじまり



羽依、起きてください。

お願いですから、目を覚ましてください、羽依。



『…ー…?』



切なそうな声が私を呼んでいる。

そっと瞳を開けて暗闇から抜け出すと、映ったのは会いたくて仕方なかった骸だった。

私の手を握り、眉を下げて、とても哀しそうな目で見つめている。



『……(ここは、どこ?)』



廃墟のような場所。

不思議と不気味とは思わず、月明かりで幻想的な場所に見えた。



『む、くろ……?』

「羽依…っ!?目が覚めたのですか…!?」

『ここは、ど、こ……?』

「黒曜の…、僕らのアジトです…」

『そっ、か…』

「羽依……」



握られた手に、さらに力が篭る。

骸はとても哀しそうなのに、今は無理に口角を上げて見せていた。

そんな顔の骸を見て、私はぎゅっと胸が痛くなる。



『骸、どう、したの……?』

「羽依……?」

『哀しい、の…?』

「………!」

『む、くろ……』



手を伸ばして、骸の頬を撫でる。

ふらふらする身体を起こすと私は骸を抱き締めた。

いつも骸が私にしてくれたみたいに。



「…ー…っ」

『骸……』

「羽依…っ、羽依…っ」



私がそっと抱きしめると、骸は私に腕を回して抱きつく。

確かめるように私の心音を聞いているようだった。



『む、くろ…?』

「どうして…、何故、こんな事を、したのですか…っ」

『こんな、事……?』

「………」



骸は重なった身体を離して、私の左手首に触れた。

自ら切った手首。
そこは包帯が巻かれて手当てが施されてあった。



「羽依、君は一週間、眠り続けていたんですよ…」

『一週間、も…?』

「えぇ、長く感じました。とても…。」

『………』

「眠り続ける君を見て、ずっと考えていました」

『……』

「君を傷つけたもの、全て壊してしまおうか、と」

『……っ!』

「けど、君はそんな事は望まない」

『骸……』

「そう思ったら、何も出来ない。ただ傍にいる事しか出来ませんでした。」

『………』



私の体温を確かめるようにもう一度、抱き締める。

震えてるのは、私じゃなく、骸だった。



「初めて、恐怖というものを感じました」

『骸……』

「君が死んでしまったら、いなくなったら…、このまま目覚めなかったら…」

『……』

「君の笑顔が見れなくなる。もう、その声で僕の名前を呼ぶこともない…。そう思ったら僕は…っ」

『…ー…っ』

「生きていてくれて、よかった……」



骸にこんな顔をさせてしまったのは私だ。

優しい骸が涙を堪えるように、肩を震わせているのは私のせい。

そう思ったら、涙が出てくる。

こんな顔させたくなった。

骸にはいつだって笑顔でいて欲しかった。



『むく、ろ…っ!ごめん、なさ、い……っ』

「謝らないで、ください」

『だ、って…っ』

「いいんです、もう……」

『でも……っ』



視線を合わせると、骸は私の涙を拭うように目じりに口付ける。

そしてまた、私を抱き締めるとホッとため息を零した。



「目覚めてくれて、よかった」

『………っ』

「自ら傷つけるような事はもう二度としないでください」

『…ー…う、ん』



骸は私の首筋に顔を埋める。

静かにしているとトクントクンと骸の心音が聞こえた。

その音を聞いていると、近くにいる事を認識させられて恥ずかしくなり、私の心臓はドキドキと早くなる。

一分、一分が普段よりゆっくり流れているように感じてしまう。



『あ、あのね…、骸……』

「どうしたんです…?」

『そろそろ、離して…?』

「おや?嫌でしたか……?」

『ち、違う、の…。えっと…、く、苦しいの…』

「あぁ、そういう事でしたか…、すみません…」

『……っ』



抱きしめていた腕を離されると、骸が触れていた部分が熱くなった。

視線を合わせると、それさえも恥ずかしく感じて、不自然に目線を逸らしてしまう。

もちろん骸はそれを見逃すはずがなく、きょとんとした顔で私を見ている。



「……羽依、どうしましたか?」

『あ…、えっと……』

「どこか痛みますか?それとも気分が悪いんですか?」

『ち、違うの…!その……』

「……顔、赤いですよ」

『えっ!』

「………」



骸に指摘されて、ドキッとして顔を手で隠すと熱かった。

そんな私を見て、骸はいつものように「クフフ」と笑う。



「羽依」

『な、なに……っ?』

「熱、ですかね?」

『へ……』



骸は顔を覆っている私の手に自分の手を重ねた。

手ごと、私の顔を包み、熱を測るようにこつんと額を合わせる。



『…〜…っ』

「熱は、ないようですが……」



骸は少しだけ距離を作ると、ふっと笑いかける。
緊張した様子で骸を見ていると言葉を続けた。



「顔はさらに赤くなりましたね」

『……っ!』



その言葉が妙に恥ずかしくって私は俯いて顔を隠す。
すると骸は、また笑って話しかけた。



「羽依、僕の気持ちを聞いて頂けますか」

『……っ、骸の気持ち…?』

「えぇ。今までずっと言わないと決めていたんです」

『………?』

「所詮は一時のものだと、僕には必要のない感情だと、そう思っていたんです」

『いらない、気持ち…?』

「羽依への、特別な気持ちです」

『私、への……?』



骸はベッドに座り私を見つめる。

言わないと決めていた私への気持ちって、何なんだろう?

きょとんとして見ていると骸は私の頬に触れる。

その手は髪へ移動し、一束、掬って口付けた。



「本当に、僕には必要がないと思っていたんです」

『………』

「こんな感情、心を乱されるだけ、弱くなるだけ。ならば知らないままでよかった。」

『……?』

「だから今まで、仲間として思ってきました」

『仲、間…』

「えぇ。ですが……」

『………?』

「もう、抑えられない」

『骸……?』

「離れている間に思い浮かぶのは、君のことばかりなんです」

『………』

「……いえ、違いますね。昔から、考えるのは羽依の事ばかりだ」

『むく、ろ……』

「同じ境遇、自分の生さえ約束されていない中で、君のことを想っていた」

『……』

「君が僕に頼ってくれたから、絶望しかない中で僕は自分の存在に意味を持てた。」

『………!』

「僕は君のために強くなろうと決めたんです。」

『……っ』

「羽依、僕は…」

『……』

「羽依を、愛しています」

『…ー…っ!』

「君が、愛しい」



骸は優しく私に触れる。

私は言葉が見つからなくて、ただ顔を熱くさせるばかり。



「おやおや、さらに顔が赤くなりましたよ…」

『あ…、う……』

「羽依」

『む、むくろ……』

「………」

『あ、の…、えっと……』

「羽依の気持ち、教えて頂けますか」

『…ー…っ私の、気持ち』

「……はい」

『……私、は』

「はい」

『骸、が笑ってると、嬉しい、の……』

「………」

『さっきみたいに、哀しい顔だと、私も哀しいの…』

「……」

『暗い所にいた時、骸に会いたいって思った…』

「羽依……」

『その、それ、で……』



骸は私の言葉を最後まで聞かずに抱きしめた。

骸に抱きしめられたらドキドキは大きくなる。

この音、骸に聞こえちゃいそう。



『骸……っ?』

「クフフ、羽依、僕は今、すごく幸せです。」

『え……?』

「僕も羽依と一緒ですよ」

『一緒?』

「君が笑えば、嬉しい。哀しそうだと胸が苦しくなる。」

『……』

「君とずっと一緒にいたい。君に触れていたい。」

『骸………』

「好きです…、愛してます、羽依…」

『す、き……』



復唱するように「すき」と呟けば胸が温かくなった。

今、感じてる気持ちが好き?



『……』



ううん、違う。

足りない。
好き、じゃ全然、足りない。

この気持ち、は、さっき骸が言ったように…



『私、も……』

「………」

『わた、しも、愛、してる…』

「羽依…」

『骸……』



優しい月灯りの中、骸は私にそっと口付けた。

言葉じゃ伝わらないもどかしい思いを伝えるみたいに何度も何度も、優しく口付ける。



『……』



辛いこと、哀しいこと、たくさんあった。

私達が進む道はこれからだって、たくさん哀しいことや辛いことがあると思う。

それでも、きっと大丈夫。

あなたがいれば、哀しいこと以上に私は幸せになれる。



『骸……』



傍には犬や千種もいる。

そして、骸が隣にいる。

いてくれるだけでいい。

それだけで私は強くなれる。



「羽依、これからも共に…」

『ずっと、一緒…?』

「えぇ、ずっと一緒です」

『骸……』



悩んでもいい。

間違っていたとしてもいい。

信じた道の先には必ず光がある。



真っ暗な闇の中、私が骸に巡り会えたように。












あなたがいるから、どんなに深い霧の中でも迷う事はない。



mukuro end



加筆修正
2012/03/13


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