*** 一ヶ月後。 青く高い空には入道雲が浮かんで、少し強い風が私の足取りを急がせるように吹いていた。 『……』 身体の傷は跡も残らず癒えた。 もう傷は残っていないけど、一つだけ残っているものがある。 意識を手放した後、手の中にあったのは細かい装飾がされてある指輪。 不思議と手放せなくて、今ではチェーンをつけてネックレスにしている。 『………』 並盛にはいつもの日常は戻って来た。 だけど、あの人たちはもういない。 『こ、こんな大事な日に寝坊するなんて…っ』 今日は山本くんの野球の試合を応援するため、大会が行われる会場に来ていた。 楽しみで眠れなかったせいか、見事なまでに寝坊してしまった私は大遅刻。 会場に着いてから先に向かってもらっていたツナくんたちを探しているけれど、一向に見つからず焦りが募っていく。 『……っ』 ツナくんたちはどこにいるんだろう…っ! 試合に出てる山本くんは見つけられたけど、ツナくんたちは観客に紛れて見つからない。 辺りを見回して探すけれど、それらしい人は見つけられなかった。 『うーん…』 「うぅ……」 『え……!!』 声が聞こえて驚いて振り返ると男の子がしゃがみ込んでいた。 肩を震わせている様子からして、どうやら泣いているみたい。 もしかして迷子…? この会場、広いから、小さな子が一人でいるなんておかしい、よね? 『あ、あの…、どうしたの?』 「……っ」 『大、丈夫…?』 声をかけると男の子はゆっくりと顔を上げる。 瞳に涙を溜めていて、私はハンカチで涙を拭い男の子の話に耳を傾けた。 「お、お母さん…っいない…っ」 『はぐれちゃったの…?』 「う、ん……っ」 『な、泣かないで…?』 「お姉ちゃんも迷子なの…?」 『え……っ』 「……」 『ま、迷子って、訳じゃ…ないよ?』 「………」 『い、今は一人だけど、本、当に……』 「……」 う……っ!まるで本当?と言いたげな瞳で私を見てる。 私もうろうろしてたし男の子には迷ってる感じに見えたのかな…? というか今の私の状況って、もしかして迷子…? 『お母さん、探そう?わ、私も友達…探したいから…』 「本当……っ!?」 『うん、本当だよ』 「じゃあ、お母さんを探してくれるお礼に僕もお姉ちゃんのお友達、探してあげる!」 『え……!』 すっかり泣き止んで明るくなった男の子は私の手を引いて歩き出す。 あ、あれ…? 私がお母さんを探さないといけないのに立場が逆になっちゃってるよ…っ! 「ねぇ、お姉ちゃん、何か哀しいことあったの?」 『えっ?』 「さっき、哀しそうだった。」 『哀しい、そう……?』 「うん!お友達に会えないから?」 『会え、ない…から…?』 「………」 『う、ん……、そう、なの…』 「だったら、僕が探してあげるから大丈夫だよ!」 『……だめ、なの』 「え……?」 『会いたい、人がいるの…、だけど…』 「……」 『………!』 私を見つめる男の子の瞳が彼のものと重なったように感じた。 懐かしく感じる眼差しに胸が締め付けられるように苦しくなる。 『……もう、会えないの、かな』 「お姉ちゃん…?」 『言えなかったの……約束、守るよ…って…』 「……」 『言いたいことも、たくさんあった、のに…』 「お姉ちゃん……?」 『あ……っ!』 気がつくと男の子は俯いて、私の手をぎゅっと握り、不安そうにしていた。 わ、私、何を言ってるんだろう…! 今は男の子のお母さんを探さないといけないのに…!! 『ご、ごめんね?な、何か変なこと言っちゃって…』 「……ううん、僕も」 『……?』 「…ー…僕も、会いたい」 『え……っ?』 「……」 『今……』 「……?お姉ちゃん?」 『今、なんて…?』 「えっ!何が?」 『……?』 俯いていた男の子はきょとんとして私の顔を見た。 さっきは彼のように感じたけれど、今は年相応の雰囲気になっていた。 『……(でも…)』 だったら、今の言葉は一体なんだったの、かな? 不思議そうに見つめても、男の子はどうしたの?ときょとんとしていた。 『……』 今のはなんだったんだろう? 疑問に思いつつも、また二人で歩いていると男の子は急に手を離した。 「お母さん!!」 『あ……』 「羽依……お姉ちゃん!ありがとう!"また"ね!」 『う、うん…!!また、ね!』 「……っ」 後ろを振り返らないでそう言うとお母さんの元へと戻る。 お母さんに抱きつく「みー君」と呼ばれた男の子は無邪気に笑っていた。 『僕も会いたい…、か…』 男の子の会いたい人、お母さんのことだったのかな。 会えてよかったね。 そう思えば自然に綻んだ。 「あっ!羽依ちゃん、やっと来た!!」 『え……!』 「もしかして、迷っちゃってた!?」 『あ…、う……』 聞き慣れた声がした観客席の方を見るとツナくんたちがいた。 ツナくんが私に気づいてくれたようで、その後すぐに獄寺くんたちも声をかけてくれる。 「ボケッとしてんなよ!早く来やがれ、羽依!」 「やっと来たのね、羽依」 「羽依!早く、こっちこっち!山本君、打つよ!」 「はひっ!羽依ちゃん、おはようございます!早くこっち来てください!」 「極限ファイトだ、山本!」 「ガハハっ、ランボさんもやりたいもんねー!!」 「●×▽※!!」 「あぁ!もう!ランボもイーピンも暴れちゃだめだよー」 「羽依ちゃん、早く!」 『……うん!』 階段を下りて京子の隣に座り、山本くんの試合を観戦する。 みんなで観戦している中、ふともやもやして考え込む。 もやもやの原因を考えていると、先程の「みー君」の言葉が浮かんだ。 『……』 確か"羽依お姉ちゃん、またね!"って言っていた、よね? 『名前、教えたっけ…?』 「……?どうしたの、羽依」 『あ……っ!な、なんでもない!』 「そう?ふふっ!ほら、ちゃんと応援しないと!山本君、待ってるよ!」 『うん…!あ……っ!!』 「さすが、山本!!」 「山本くん、すごい!」 「チ…ッ!相手のチーム、何やってやがるッ!!野球馬鹿に負けんじゃねぇぞーッ!!」 「獄寺君、何を言ってるのー!!」 「そうだぞ、タコヘッド!!もっと他にやることがあるだろう!」 「あ゛ぁ?何を言ってんだ、芝生頭!」 「野球やめてボクシングやらんかーっ!!」 「お兄さんまで何を言ってんですかぁぁぁ!!」 会場は声援で溢れてる。 その声援に負けないように山本くんを応援した。 この声、届きますようにと精一杯、大きな声で叫ぶ。 そんな歓声の中、会場にはカキーンと言う綺麗な音が響いた。 『あ……っ!』 「すごい、山本君!」 「野球馬鹿に打たせるんじゃねぇー!!」 「まだそれを言ってるの、獄寺君!!」 「隼人、あなたも山本武に負けないように頑張りなさい」 「んだと!…って、姉貴!?」 「むっ!?タコヘッドは何故、倒れたんだっ!?」 「ビアンキもビアンキでまだ山本と火花を散らしてるしーっ!!」 リボーンくんを抱っこしたビアンキさんが登場して獄寺くんは倒れてしまった。 それを封切りにみんなが騒ぎ始めて、私たちの様子を遠くから見た山本くんは笑ってる。 『……』 京子とハルちゃんも笑っていて、ランボくんとイーピンちゃん、フゥ太くんもみんな笑ってる。 並盛での幸せな日常が戻ってきたんだ、って実感した。 「一人は寂しそうだな」 『リボーンくん、どう、したの…?』 「…何でもねぇ」 『……?』 「……なぁ、羽依」 『ん……?』 「………あいつに会いてぇか?」 『あいつ…?』 「あぁ」 『………』 リボーンくんの言う人物は、きっと"彼"のことを言っている。 そっと空を見上げたら、まるで彼の瞳を見ているよう。 『……』 空の青色。 青は冷たい色じゃない。 澄んでいて綺麗な、彼の瞳の色。 『………』 私が憧れた空の色を知ったのは、彼の瞳がきっかけだった。 『…ー…っ』 あの人は、また私に始まりをくれた。 いつだって知らないうちに助けられてばかり、救われてるばかり。 こんな自分が情けなくて悔しくて。 黒曜で私は自分の無力さを知った。 自分の弱さを痛感した。 『……』 だから、これからはもっと強くなりたい。 大切な人たちの笑顔を守れるように。 居場所を守れるように。 『………』 ねぇ、今どこにいるのかな? あなたの声が聞きたい。 ぬくもりを感じたい。 もう一度、抱き締めて欲しい。 『…ー…ったい』 あなたたちの、あなたの笑顔が見たいの。 『…ー…会いたいよ、骸』 小さく呟いた言葉は歓声に掻き消されて誰の耳にも届かない。 彼の瞳の色の空には、山本くんがいつか見せてくれると言ったホームランが大きな孤を描いていた。 優しいあなたを想う いつかまた出会うことを信じてる。 約束、ずっとずっと守るから。 私が私でいられる場所で、笑顔でいるよ。 明日に、未来に続く、あなたに繋がっている、この空の下で。 namimori end 加筆修正 2011/12/26 |