気持ち悪い、泣きたい、これは何? あの日以来、綱吉はどうしてもリボーンのことが気になるようになっていた。これがただの気まぐれなのか、別の感情なのか綱吉には分からなかったが。 そのため、実車以外の講義の時も気づけば、リボーンが指導している車を眺めていた。隣に女の生徒が座っていようと、男の生徒が座っていようと気になって仕方がなかった。 「なんなんだろ…」 初めて芽生えた感情に、綱吉は戸惑いを隠せなかった。 「沢田さん、沢田さーん?」 頭の中ではリボーンのことでいっぱいで、受付からルーチェが呼んでいることに気づかない。ルーチェはため息一つ吐いて、綱吉の肩をぽんぽんと叩く。後ろから叩かれた綱吉は全く気付いていなかったのか、おもいっきり肩をびくりと震わせ、こちらに振り向く。 「何をそんなに見ていたのかしら?」 「え…、あ…」 いくら経験のない綱吉でも男の人を見ていましたと言えば、怪しまれることくらいは分かっている。だから何も言えず、ただ固まり頬を染めることしか出来なかった。それが恋心だとは本人は気づかずに。そんなことは簡単に見抜いているルーチェは助け舟を出してあげる。 「次の講義はリボーン先生なんだけど、参加されますか?」 「あ、はい!」 周りに花が咲いた如く、嬉しそうな笑みを浮かべる綱吉。それをルーチェは飼い主にしっぽを振る犬みたいと思っていた。感情が素直に表れるリボーン好みの性格だと。 ルーチェに言われて、第二講義室に来た綱吉は驚いた。講義を受けに来ていた生徒が全員女の生徒だったからだ。学生や主婦を問わず、席の方はほぼ満員で埋まっていた。 人気があるんだな…と思いつつ、一つだけ空いていた後ろの席に座る。今までほとんど女性と触れ合ったことのない綱吉にとって、この空間は居心地が悪かった。けど、なんとなく気になっているリボーン先生の講義のためならと何とか我慢する。 ガラっと音を立てて、入り口からリボーンが登場する。きゃー!という黄色い声援は聞こえなかったが、それらしい雰囲気は出ていた。 「待たせてすまねぇな、今から講義を始めるぞ」 プロジェクターを使ってリボーンは説明をしていく。内容はこういう時にはどういう行動をとればいいのか、という講義だった。 「じゃあ、今から質問をしていくぞ」 教科書を開きながら、生徒を指名していく。その生徒が答えられたら、次の質問に移るといった感じだった。正解した生徒は褒める意味合いを込めて、頭を撫でられていく。撫でられた女子生徒は嬉しそうに頬を紅く染め、笑みを浮かべていた。 「次、沢田。信号の黄色の意味は?」 撫でられた生徒を羨ましそうに眺めていた綱吉はまさか自分が当てられるとは思ってはおらず、驚き固まってしまう。その間にも無情に時間は過ぎていき、不審に思った生徒がちらちらと綱吉の方を伺う。 「あ…、えっと、原則止まれです」 たどたどしく自信なさげに答える綱吉。リボーンは正解と言って、次の生徒に質問を投げかけていく。視線の矛先が自分ではなくなったことに安堵をしながら、綱吉はまた他の生徒の様子を眺めていた。 眺めながら一つ不審に思った点が出てきた。正解を言えなかった生徒には触れることはしなかったリボーンだったが、正解をした生徒に対しては頭を撫でてやる。これは先程からやっていてなんら不思議には思わなかったのだが、綱吉と同じように答えを出すのが遅くなってしまった生徒に対しても、褒める意味合いを込めて頭を撫でている。 自分にはしなかったのに何故?と疑問を抱いてしまう自分がいた。それと同時に撫でてもらっている生徒に対して、羨ましさと自分ではよく分からない感情がぐるぐると心を乱している。 だんだんと綱吉はこの講義を聞いているのが嫌になってきた。体調不良とかではないが、この場に居たくはなくなっていた。 幸いなことに綱吉が嫌になってきたのが、講義の後半だったため退室せずに済んだ。 「じゃ、これで講義は終了するぞ。全員ちゃんと教材は持って帰れよ」 リボーンが立ち去るのと同時に、生徒がぞろぞろと講義室を出ていく。その様子を綱吉はぼんやりと見つめていた。 ぼんやりと見つめながら、今の自分が抱いている感情はなんなのか自分なりに答えを出そうとしていたが、自分では出すことが出来ないでいた。 暫くそうしていたが、誰もいなくなったと同時に席を立ち、講義室を後にした。 「おい、ツナ!実車の時間だぞ」 待合室でぼーっとしていた綱吉は、リボーンの存在に気付かなかった。声をかけられて、ハッとしたように辺りを見回す。 「何してんだ、お前。さっさとしねぇと実車の時間なくなるぞ」 言われて立ち上がる綱吉だが、ふとリボーンの周りを見て、先程の気持ちが蘇ってくる。リボーンの周りには、先程まで実車をしていたのであろう女子生徒がリボーンの腕に抱き着き、甘えていた。 「ねぇ、せんせー。さっきの私の運転どーでしたかぁ?」 「ん?あぁ、悪くはなかったぞ」 「え!ほんとですかぁ!凄くうれしい!」 女子生徒は嬉しそうに、先程よりも強くリボーンの腕に抱き着く。綱吉からしてみれば、リボーンもまんざらではないような顔をしているように見えた。 その様子をずっと見つめていた綱吉はだんだん気分が悪くなってきた。吐き気がするような、胸やけがするような、なんともいえない気分になってきた。 「リボーン先生、俺、気分悪いので実車は明日以降にしてもらえませんか?」 なぜだか分からないが、泣きたくなる気持ちを抑えるために、唇を噛みしめて綱吉はリボーンにそう言った。 「あぁ、別に構わねぇぞ」 その言葉を聞いた綱吉は、リボーンに背を向け足早に教習所を立ち去った。リボーンがニヤリと笑みを浮かべているのに気付かずに。 |