お兄ちゃんは絶対の存在 リボーンのことを怖い人だと思わなくなって以来、綱吉は常にリボーンと一緒に居たがるようになっていた。なにをするにも、おにーちゃ!おにーちゃ!とリボーンを呼んでは構ってもらっていた。 当事者であるリボーンも満更ではない様子で、呼ばれるたびに誰にも気づかれない程度に喜びながら綱吉に構ってあげていた。 そんなある日。ちょっとした事件が起きた。 「つー君、絵本を読もっか?」 「あい!」 一日一回、奈々は綱吉に絵本の読み聞かせをしていた。綱吉はこの時間が大好きで、いつも奈々の前にちょこんと座り、目をキラキラさせて待っている。 この時間はリボーンは特にすることがなく、家光から奪ったマフィアのリストを見ながら奈々の声に耳を傾けている。綱吉みたいに奈々の前に座るのではなく、ソファーに寝っ転がってだが。 「いいお返事ですね!では、これから『桃太郎』を読んでいきたいと思います。始まり始まり〜」 「うきゃー♪」 奈々が自分の太ももを叩くのと同じように、綱吉も喜びの声を上げながらパチパチと手を叩く。ほんわかとした癒される場面である。 「むかーしむかし、あるところに一人のおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに行き、おばあさんは川へ洗濯をしに行きました。おばあさんがせっせと洗濯物を洗っていると…」 抑揚をつけて読む奈々の声に合わせて、綱吉も食い入るように絵本を見つめる。そこからはどこにでもあるような桃太郎の話だった。桃から桃太郎が生まれ、黍団子を持ち、犬、猿、雉を従えて鬼退治に行くというありふれたお話だ。 「人間どもに俺たちが倒せるのか?」 「ひっ!?」 話は進み、いよいよ桃太郎と鬼が対峙する場面に来た。物語の世界に入って絵本を読む奈々は気づいていないようだが、綱吉が怯えた声を上げている。それを不思議に思ったリボーンはリストから顔を上げ、二人の様子を見た。 「…なるほどな」 なにが原因かわかったリボーンだったが、敢えてなにも言わずにいる。綱吉も男だから、このぐらいは耐えないとと思ったゆえの判断だった。 「いいだろう…。人間ごとき、俺たちが倒してやる!」 「うわぁぁあぁん!!」 物語がクライマックスを迎え、桃太郎たちと鬼が戦う!というところで綱吉は泣き出してしまった。これに驚いた奈々は、綱吉を抱き上げてあやそうと手を伸ばしたが、届かなかった。 奈々の手をすり抜け綱吉が向かった先は、ソファーに寝そべっているリボーンのもとだった。 「うわぁぁあ!」 リボーンにしがみついて、泣きじゃくる綱吉を見て、奈々は困惑した様子で尋ねる。 「つー君ったら…。どうしちゃったのかしら?」 「原因はそれだろ」 ソファーから起き上がり、綱吉の背中を摩りながら、リボーンは絵本を指さす。絵本には桃太郎たちと鬼が描かれている。そこはごく一般的な絵なのだが、鬼の絵がおどろおどろしく描かれていた。 「ツー君も男の子だからと思って買ってきたけど…。まだ早かったかしら?」 頬に手を当てて考え、ため息交じりに言う奈々。それに対してリボーンは冷静に答える。 「さぁな。少なくとも泣くほどには早かったんだろうな」 「そうねぇ…。つー君、ごめんね」 仕方がないっか、といった感じで納得した奈々は謝りながら綱吉を抱こうとする。しかし、綱吉は嫌がり奈々のもとへと行こうとしない。 「や!ママきあい!」 ぷんっと怒ったように奈々のことを突っぱね、リボーンに抱き着く。 「まぁ!つー君ったら!」 「くくっ…。ツナは相当ご立腹みたいだな」 むー!と不機嫌そうにする綱吉を見て、リボーンは笑いながら言う。その様子を見て、暫くは機嫌が直りそうにないと判断した奈々はリボーンに綱吉を任せることにした。 「…リー君、ちょっとつー君を任せてもいいかしら?そろそろご飯の準備をしないと家光さんが帰ってくるまでに間に合わなくなってしまうの。ダメかしら?」 「大丈夫だぞ。ツナも飯が出来れば機嫌も直るだろうしな」 「ありがとう、じゃ任せるわ」 パタパタとスリッパの音を鳴らせて、台所へと消えていく奈々。それをまだ怒っている綱吉と綱吉の頭を撫でているリボーンが見つめていた。 夜。沢田家の住人が寝静まった頃、リボーンの部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。眠らずにベッドで雑誌を読んでいたリボーンは起き上がり、ドアを開ける。そこには、困った様子の奈々とちょっぴり不機嫌そうな綱吉がいた。 「あ、ごめんねー。寝ているところ起こしちゃって」 「別にいいぞ。まだ寝てなかったしな」 「ならよかったわ!…またお願いがあるんだけど、いいかしら?」 二人の様子を見てなんとなく察したリボーンは、二人を部屋へ招く。リボーンの部屋に入った途端に綱吉は奈々から離れ、リボーンに抱き着いた。 「さっきからずっとこんな調子なの。家光さんが宥めたってダメでねー」 「桃太郎のことを引きずってるのか?」 ため息交じりにいう奈々に対して、綱吉の頭を撫でながらリボーンは尋ねる。 「そうなの。今日一日だけ、つー君と一緒に寝てくれないかしら?この子を一人で寝かせるのは危なくって出来ないし…」 「いいぞ。明日になれば流石に機嫌よくなってるだろうしな」 「ありがとう!じゃ、リー君、つー君。おやすみなさい」 「あぁ、おやすみだぞ」 リボーンの承諾を得て、安心した様子で自分の部屋へと戻る奈々。それを見届けたリボーンと綱吉は二人でベッドへと入った。 「まだ怒っているのか?ツナ」 ぬくぬくと二人仲良く布団を被りながら、桃太郎の件を尋ねるリボーン。むすっっと怒っている綱吉だったが、だんだんと泣きそうな顔になっていく。 「おにさんが…」 「うん」 「たえたうもん!」 先ほどのように大声では泣かなかったが、泣き出してしまう綱吉。しゃっくりを上げ、怯えたように泣いている。 食べられちゃうのが怖かった。大人からしてみればありえない話でも、子供は本当のことのように捉えてしまう。綱吉にしてみれば、それが怖かったのだ。もし鬼が自分のところに来てしまったら…。そう考えてしまうと止まらなくなってしまっていた。 「…なら、鬼をお兄ちゃんがやっつけてやるぞ」 「う?」 言っていることがわかっていないのか、不思議そうな顔をする綱吉にもう一度、わかりやすく言ってやるリボーン。 「お兄ちゃんが、ツナのこと守ってやるぞ」 ぎゅっと力強く抱き締めてやれば伝わったらしく、嬉しそうに綱吉ははしゃぐ。綱吉にとってお兄ちゃんはなによりも強い存在なのである。そんなお兄ちゃんから守ってもらえれば、絶対鬼なんかに負けないのである。 暫くはしゃいでいた綱吉だったが、色々もあったせいかすぐに寝てしまった。 この日から綱吉は、お兄ちゃんのところで寝るようになったのはいうまでもない。 |