偶然は時として必然になる




世はバレンタインの真っ最中。女の子たちが朝から気合を入れて、好きな男の子のために頑張る日である。そのため、ここぞとばかりに店側が張り切り、チョコを売り出す。そして女の子たちは、思い思いのチョコを作るために店で選び倒す。そんなわけで、店は大混雑していた。

「はぁ…」

ここにため息をつく少年が一人。なぜ、少年がため息をつきながら、店の前を動物園の檻の中にいる熊のようにうろうろとしているのか。それは遡ること、家から学校で起こった出来事のせいだった。





「あら〜。今日はバレンタインだったのねぇ…」

のほほんのスペシャリスト、沢田奈々がニュースを見ながらのんびりと呟く。その息子はというと、大慌てで食パンを食べている。バレンタインという男の子にとっても楽しみな日でも、寝坊をするのが綱吉である。

「そうだよっ!」

慌てているせいか、ぶっきらぼうに答える綱吉。そんな綱吉に対して、やっぱりのほほんと答える奈々。

「ごめんね、ツっ君。今年はチョコ作れないみたいだわ〜」

「え?」

モテない男子に唯一バレンタインでチョコを渡してくれる存在。それは母親というありがたいお方である。そのお方から貰えないのなら、綱吉は今年はチョコは誰からも貰えない。

「いいよっ、別に。誰かからか貰うから!」

自分が貰えないという事実から逃れるように、綱吉はつっけんどんに母親に八つ当たりして出て行った。

「今年はクッキーにするわね!って言おうとしたのにな…。ツっ君は慌てん坊さんなんだから」

奈々の呟きがリビングに響く。やっぱりどこか抜けている綱吉であった。





「おはよー!」

ギリギリ遅刻にならなかった綱吉は、なんとか担任が来る前に教室に滑り込むことが出来た。クラスメイトに適当に挨拶しながら自分の席に着く。途端に一人の生徒が話しかけてきた。

「ククッ…いつも通り遅刻か。ダメツナ」

綱吉は話しかけてきた生徒をキッと睨み付ける。綱吉の睨みに怯まず、笑いながら受け流す。ますます綱吉が不機嫌になるのは、いうまでもない。

「話しかけないでくれる?リボーン」

誰に対しても優しい態度を取る綱吉が唯一、冷たい態度を取る人間。それが隣に座っているリボーンという男だった。綱吉はなにかと嫌味ったらしく絡んでくるリボーンが嫌いだ。

「今日はバレンタインだよな」

「そーですね」

だから何?と言いたげな冷めた視線を送る綱吉。その視線も楽しげに受け止めるリボーン。冷めた視線と余裕な視線のぶつかり合いは、担任の声によって遮られた。





綱吉とリボーン。なぜ二人の仲がこんなにも悪いのか。それは、二人の席が隣同士になった頃からだった。

二人はただのクラスメイトだった。ダメツナとからかわれても友達もいて、いろんな人と交流を持っている綱吉。基本的に誰とも絡まず、一匹狼でいるリボーン。対照的な二人が隣同士になっても、なんら変わらないはずだった。

「えっと、リボーン君だよね?俺、沢田綱吉!宜しくね」

話したことのないリボーンに興味津々だった綱吉は、ニコニコと笑いながらリボーンに話しかけた。てっきり同じように話しかけてきてくれると思っていた綱吉は、次の言葉で固まることになる。

「…しゃべりかけるな、バカがうつる」

「え…」

チラリと綱吉を見て、バカにしたように笑うリボーン。おもわず絶句してしまった綱吉だが、理解した瞬間にムカムカとしてきた。ほぼ初対面の人間にここまでバカにされるのは、初めてだった。

そんな出来事があり、二度と自分からは話しかけないと誓う綱吉だった。

それからもなにかとバカにしてくるリボーンのことをどんどん嫌いになる綱吉がいた。




休み時間。リボーンの周りからは甘いチョコレートの匂いがしてくる。バレンタインということもあり、学校一モテるリボーンの周りはあっという間にチョコレートだらけになっていた。片づける気がないリボーンは、授業中もその状態にしているため毎時間ごとに先生に没収されていた。

「チっ…。うざってぇ」

毎度毎度と持ってこられるチョコレートにうんざりしている様子のリボーンだったが、クラスの男子からしてみれば羨ましいことこのうえない。綱吉もそんな男の子の一人だった。

「はぁ…。お前、いるか?」

午後の授業が始まる前のお昼休みは、ここぞとばかりに女の子たちがリボーンにチョコレートを持ってきた。いい加減にしてほしいリボーンから出た一言が、これだった。

「…いらない。誰かにかあげれば?」

バレンタインにこのままだと一つもチョコが貰えない状態の綱吉だったが、嫌いなリボーンからは受け取りたくなかった。そして、あげた女の子の気持ちを考えないリボーンのことをますます嫌いになる一言でもあった。




「ホント嫌い、アイツ。何様なわけ?」

放課後になり、リボーンの悪態をつきながら家へと帰る綱吉。帰りながらいつもの通る店の前を通っていたら、急にチョコが食べたくなってきた。母親からも貰えないし、リボーンから話しかけられるし、で綱吉の機嫌は悪くなっていた。

チョコでも食べれば、少しは機嫌も良くなるだろうと思って、うろうろすること数時間。いい加減帰らなければと思うが、バレンタインなのにチョコを食べれないのもなんか虚しい。そんな理由で、冒頭に戻るわけである。

「あ、ダメツナ」

「ええっ!?」

聞き覚えのある声に振り返ると、今もっとも会いたくない人物、リボーンが立っていた。店の前でうろうろしていることを見られたと思っている綱吉は、冷や汗を掻きながら固まっている。それに気づいていないリボーンだったが、店と綱吉の状態を見て察したらしい。

「はーん。チョコが食いたいのに、恥ずかしくて店に入れないと見た。図星だろ?」

ニヤニヤと意地悪な顔になるリボーンと対照的に、綱吉の顔はみるみる赤くなっていく。だから嫌だったのだ。妙に勘が鋭くて、なんでもかんでも当ててしまうリボーンに会うことは。

「ち、違う!俺はバレンタインだからってチョコが食いたいなんて思ってない!絶対思ってないんだからね!」

「隠せてねぇぞ、それ」

はぁ…とため息をつくリボーン。それに対して、ますます顔が赤くなり、耳まで赤くなる綱吉がいた。



「女の子の中に入っていけないなんざ、初々しいなダメツナ」

「う、うるさい!さっさと帰れば?」

「ククッ…。こんな美味しい状況で、帰れるかよ」

見つかってから三十分。その間、ずっと綱吉はリボーンにからかわれて、いろいろと言われていた。からかっている状態を楽しんでいると綱吉は考えていたが、リボーンはいつも以上に様々な表情を見せてくれる綱吉を見ているのが楽しかった。

「そんなヘタレな綱吉君のために、買ってきてやろうか?チョコ」

「え…」

リボーンから出された提案。乗りたい綱吉だが、今まで散々からかわれてきたということで警戒心を持ってしまう。しかし、バレンタインでチョコを食べれないというのは、男としては悲しすぎる。

「男として悲しくないか?バレンタインにチョコ食べれない…とか」

「う…」

「今年は誰からもチョコ貰えないんだろ?だったら、買ってでも食べたいと思わないか?」

「うぅ…」

思っていることを全て当てられた綱吉はなにも言えなくなる。意地悪なリボーンはそん綱吉に、最後の悪魔の囁きを呟く。

「優しいオレなら、すぐにでも買ってきてやるぞ…」

「っ…!だったら買ってきてよ!今すぐ!」

「了解だぞ」

恥を忍んで言った綱吉は気づかなかった。リボーンの不敵な笑みに。




「ほれ」

店の近くにある公園。そこで綱吉は買ってきてもらった綺麗な包装をされた箱を渡された。

「女の子たちの中には入っていけない初々しい綱吉君のために、わざわざ買ってきてやったぞ」

恥ずかしくて入れなかった人ごみに物ともせず入っていったリボーンに対して、素直に尊敬の念と感謝の気持ちを持ちたいがどうしてもそういう気分にはなれない。

「いちいち一言多いよ…!でも、ありがと」

お礼を言った気恥ずかしさから、そっぽ向く綱吉。

「ねぇ、開けても…いい?」

「あぁ」

リボーンからの許しを貰った綱吉はベンチに座り、丁寧に袋を破いていく。箱の中身は様々な形をしたチョコレートが入っていた。美味しそうな甘い匂いが漂う。

「おいしそー!いだだきまーす♪」

一粒摘まんで、口の中に放り込む。すると、甘いチョコレートの味が口いっぱいに広がる。

「おいしー!!」

パクパクと食べていく傍らで、リボーンも綱吉のチョコに手を出していた。二人で食べたため、チョコの残りはあっという間に一粒になっていた。綱吉はチョコの入った箱をリボーンに近づける。

「食べなよ、リボーン。俺より食べてないよね?」

「いいぞ。お前のために買ったんだから、お前が食え」

「いいの?やったー!」

パクっと最後のチョコを口に放り込む綱吉。モグモグと満足げに咀嚼する。

「旨いか?」

口にチョコが入っているため、話せない綱吉は意思表示として首を縦に振る。食べてきたチョコとなんら味は変わらないが、一番最後ということで美味しく感じていた。

「へぇ…」

続きを言いたげなリボーンに、綱吉は隣を向く。向いただけなのに、その距離は唇が触れそうなほど近づいていた。慌てて距離を取る綱吉だったが、リボーンがそれを許さなかった。





「ん…ぁ」

腰に手を回され逃れることのできない綱吉は、自分の意思とは関係なしに鼻にかかったような声が出てしまう。それもそのはず。リボーンと綱吉の唇は合わさり、リボーンの舌が綱吉の口腔を蹂躙しているのだから。

「ふっ…」

二回ほどチョコを回された後、やっと離してもらえることができた。残っていたほんの一欠けらは、今はリボーンの口の中にある。

「旨いな、これ」

「……」

「けど、ホワイトデーはこれの三倍分、くれるよな?」

放心状態でなにも反応を示さない綱吉の頬に、リボーンは軽くキスをする。そこで覚醒した綱吉の頬は、これ以上にないというぐらい真っ赤になる。

「Ti amo、ツナ。CHAOS」

綱吉にとっては意味不明な言葉を残して去るリボーン。その場に残された綱吉は、熟れたリンゴの如く赤くなり涙目でリボーンが去るのを見つめることしか出来なかった。















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