楽しいと思ったことは精いっぱい楽しむこれって大事




夜の街を歩く。
いつも着慣れたスーツより少し上品なものを着ている。
苦しいネクタイを緩めて、目の前に広がるホールの中へと入った。
今日の依頼はこのホールで開かれるセレモニーの主催者を殺すことだ。
綱吉ではTシャツにジーンズと言う空気の読めない服装で行きそうなのでと言う理由から俺が選ばれた。
風に貰った認証パスのお陰で、余裕で中に踏み入れることができ、扉を開ければ、そこはセレブだけのパーティーならしくお硬い雰囲気でシャンパンが振る舞われている。
運ばれてきたシャンパンをやんわりと断れば、食事を物色する振りで辺りを見回した。
主催者はもう挨拶を終えてどこかへと行ってしまったようだ。
式の初めから居座るには少し浮いている自分だから遅れてきてみたが、完璧に時間を外してしまったらしい。

「こんなことなら、時間まできっちり聞いておくんだったな」

手間のかかることをしてしまったと聞こえないように舌打ちするが、適当に料理をとるとそのまま壁際へと人を避けた。
改めて観察すれば、ここには著名人ばかりだ。
テレビでよく見る顔もいれば、この前スキャンダルで騒ぎになった政治家までいる。

「何の集まりだ?」

こんなところさっさと出てしまおうと、フォークで料理を口に運び食べ終えるとウエイターにそれを渡した。
そうして、ホールを出て廊下で探ってみようと扉の方へと歩いていこうとしたが、いきなり硬いものを脇に押し当てられて俺は動きを止めた。

「ばーん」
「っ…なんで、お前がいるんだ」

言われて振り向けばそこには綱吉がいた。
けれど、普通の恰好じゃない。
むしろ、俺がこいつに気づいただけでも優秀と思ってほしいぐらいだ。

「俺に内緒で仕事に行くから」
「それはいつものことだろうが」
「だって、今回は特別なんだよ。皆見てるんだよっ、ほら笑顔っ」

綱吉の言っていることがよくわからない。
こいつが本当に馬鹿だと思う時がある。
しかも手を伸ばしてきて頬を引き延ばそうとしてくる。
なんなんだ、本当に。

「止めろ、うざい」
「記念すべきものなのに、リボーンは乗り気じゃない」
「いや、まずお前その格好から説明しろ」

しょぼんと見るからにへこんで見せる綱吉にそうじゃねぇだろ、と服装を指さした。
何故か知らないが、綱吉は今時なパーティードレスを着た可愛い女の子といった風だ。
そんな恰好をしてくれば、綱吉と気づかれることはないが無駄に目立つ。
さっきからなんだか視線がちらちらしているのは気のせいだろうか。

「えー、なんというか…リボーンだけずるいって言ったら利之さんが用意して着せて髪までセットしてくれたんだ」
「いや、アイツ器用すぎるだろ」

いくらなんでも都合よくいきすぎだろうが、と突っ込むとそこら辺は目をつぶるものだよ、と人差し指を唇に押し当ててくる。
こいつならいつものことなのだが、なんだか女の恰好をされると調子が狂う。

「そーかよ、ならお前はそこにいろ。ついでに飯も食ってろ。俺は仕事なんだ」
「ああ、それならもう終わったよ?」
「…は?」
「うん、終わっちゃった」

にっこりと笑って丈の短いスカートをチラリとめくって見せる綱吉の足には拳銃が付けられていた。
ふわりとしたその素材に隠していたのはそんな物騒なものだったのかと呆れた。

「なんで、俺の依頼をお前が処理してんだ」
「いいじゃん、なんかやりたくなっちゃって」

ゴメンネ、と謝る声にはなんら反省の色が見えない。
まったく、どうして俺の楽しみをとられなければならないんだ。
舌打ちしてポケットに手をいれる。
近くを通りかかったウエイターの盆からシャンパンをとると一気に煽った。

「それにしても、お前が返り血浴びないでいるなんて珍しいな」
「うん、放送コード引っかかっちゃうから」
「…俺にわかるように、話せ…頼むから」
「まぁ、こういう風にうまく仕事をこなすこともできるんだって」

こいつにしては珍しいなとみていればムッとした表情で見つめてくる。
だから、それだと調子狂うから止めろ。
綱吉の頭に手を置いて抑えつけると乱れるから止めろともがいている。

「もうっ、かつらがずれるだろ」
「ウィッグって言え、女の恰好してるなら尚更な」
「え、そこはかつらじゃないヅラだ…って言うところ」
「…だから、俺に通じるように話をしろ…」
「リボーンが通じなさすぎるんだよ、利之さんならちゃんと返してくれるのに」

いや、あいつと一緒にされてもなにも楽しくもない。
アニメ好きというよくわからない趣味を持っているこいつには時々ついていけない。
少し前まではゲームにハマっていたが、最近はもっぱらパソコンでいろんなものを見ては影響を受けているらしかった。
本当に勘弁してほしい。
まぁ、別に同居人がどんな趣味に走ろうと俺には関係ないことだが、強要してくるから面倒臭いのだ。

「もういいから、お前食べてろ」
「うん、食べるけど…俺達そろそろ逃げないとケーサツきちゃうよ?」
「…ったく、俺の楽しみを勝手に奪いやがって…今度お前の仕事奪うからな」
「えー、やだ」
「だったら、今後一切やるなよ」
「……うーーん」

移動して皿に料理をとり始めるのを眺めながら言ってやるが渋っている。
そうやって流して後で何も聞いてないとか言いやがる気だ。

「返事をしろ」
「あ、リボーンの意地悪」
「早く」
「わかったよ、もうしません」

料理をとり上げて返事を促せば渋々頷いた。
すると、脇の方で騒がしくやり取りする人間を確認した。
さっさと逃げた方がよさそうだなと感じれば、綱吉の腕を引く。

「もうちょっと」
「どうせ、殺す前にも食ったんだろ」
「食べたけど、ここの美味しい」

食い意地張るなとせっかく取って盛りつけた皿を近場に置いてそのままホールをでる。
パトカーの赤い光がこちらに向かっているのが見えて、ヤバいなと綱吉の腕を強く引いた。

「ちょっ、リボーン…おわっ」
「馬鹿野郎っ」
「だって、ヒール慣れないんだって」

絨毯に躓いて転びそうになった綱吉に仕方なくため息を吐けば、この恰好ならまだましかと足に腕をいれて抱きあげた。

「おお、お姫様だっことか…夢みたい」
「演技するな、きもい」
「キモイとか酷い、これ結構似合ってると思ったのに」

男に似合うも何もないだろ、と突っ込もうとしてやめた。
こいつに何を言っても無駄だとようやく理解できたのだ。
綱吉は綱吉でこの状態が気に入ったのか俺の首に腕を回して抱きついてくる始末。
まぁ、運ぶに面倒でない分丁度いいかとそのままにした。
そうしてホールから出ると近くにいたタクシーを拾ってマンションへと向かう。

「…ところで、それどうするんだ」
「ああ、利之さんが終わったら来てくれって言ってたんだった。シンデレラの魔法は十二時で解けるからね」
「わかったわかった」
「……」

適当に流したらそれはそれで不服だったらしい。
褒められたくて着たわけじゃないだろうに、そこまで不機嫌になられる理由がわからない。
俺は運転手に風の店までと行き先を変更して、金を払って降りた。






「お疲れ様です、二人とも」
「どうでしたか、リボーン」
「どうでしたかもなにもねぇだろ…なんでこいつがくるって言わなかった」
「言ったら、つまらないでしょう?」
「そうだよ、楽しさが醍醐味なんだから」
「仕事を優先させてくれ…」

風と綱吉の息の合った言葉に俺はため息を吐いた。
まぁ、依頼は遂行されたから風には結局どっちが殺そうとどうでもいいことなのだ。
俺はネクタイを完全に解くと喫茶店仕様になっている内装のカウンターにドカッと座った。
タイミング良く出されて珈琲に口をつけると、ほっとする飲み口に驚いた。

「利之淹れるのうまくなったな」
「はい、リボーンのみてたから好みの味を試してみたんだ」

口にあってよかったと笑う彼はなかなか熱心なバイトだ。
元詐欺師なだけあって、他人の空気に合わせるのが得意なのだと思う。
そこらへんの長所が生かせなかったものかと時々思うが、ここで働いている彼もそう不幸に見えないので良いのだろう。

「そんなに拗ねなくとも、ちゃんとしたものを用意しますから」
「拗ねてねぇ」
「可愛かったでしょう?綱吉」
「別に」
「ふむ…まだまだ、ですか」
「何がだ」
「いえ、こちらの話です」

風の言っている意味を理解できずに、またため息を吐いて着替えている綱吉を眺めた。
メイクを落とし、服をいつものものに着替えてウィッグをとる。
いつもの綱吉に戻れば、ついほっとした自分がいて首を傾げる。
とりあえず、今日は帰ったらお仕置きだなと心に決めた。

「今日はバイブにローター、乳首攻めってところか…」
「何不穏なこと言ってんの?」

俺アレ嫌いって言ったじゃん、と喚く綱吉に無視をして靴を履き替えるのを確認したのち、珈琲を飲みほして、立ちあがった。
俺達には俺達の世界がある。
明るい世界からは、早々に足を遠ざけようではないか。

「つまらない仕事だった、早くヤらせろ」
「お前さっきシャンパン飲んでた…」

綱吉の言葉にニヤリと笑うと、嫌がるのを引っ張ってマンションへと歩いていくのだった。





END











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