可愛い存在




あれからリボーンは平和すぎるほどの日々を過ごしている。前までは、人を殺して火薬の匂いを纏わせているか、黒いスーツで目立たなかったが返り血を浴びているかのどちらかの日々を過ごしていたはずなのに。

「ふえ〜」

「あら〜、つー君、お腹空いたのかしら?それともオムツ?」

母親である奈々が、赤ん坊の綱吉を抱き上げ、あやしている。それをリボーンは、本を読みつつ見ていた。

「んー。お腹が空いたのね」

綱吉のオムツを触って確認し、腹が空いているのだと確認する奈々。奈々はミルクではないため、当たり前のように服とブラを上げ、おっぱいを吸わせようとしていた。

「っ!」

これに毎回、リボーンはどうしていいのかわからなくなる。リボーンとて、まだ男の子である。思春期に入っている年頃のため、女性の体に興味がないといえば嘘になるが、直接見れるほど大人でもない。

「あ、ごめんねー。リー君、気にしなくていいのよ」

奈々ののほほんとした声が聞こえるが、リボーンは真っ赤になった顔を慌てて本に隠す。本に目を向け文字を追うとするが、一つも頭に入ってこない。そのくらい気が動転する出来事だった。

「リー君、顔上げて」

綱吉におっぱいを与えた奈々が優しくリボーンに声を掛ける。言われるがまま顔を上げれば、にこっと微笑む奈々がいた。

「普通にしてて大丈夫なのよ、ね?」

優しく頭を撫でられ、にこにこと微笑まれる。この度にリボーンはどうしていいのかわからなくなる。人から優しくされることなど、ほとんどなかった人生を歩んできたせいもある。

そんな戸惑いのリボーンを余所に、家光が仕事から帰ってきた。ガチャとドアを開け、リビングへと入ってくる。

「奈々ぁ、ただいまぁ〜」

「お帰りなさい、家光さん」

こちらも毎度のごとく、抱き締め合いキスをする。その間、リボーンは冷静に本へと視線を落とす。こちらの対応は、来て2日で習得した。

「つなよち〜、いい子にちてまちたか〜?」

親バカっぷりを存分に発揮しながら、家光は揺り篭に寝ている綱吉を抱き上げる。綱吉も家光のことが大好きらしく、にこっと笑って服をつかんでいる。よしよしと頭を撫でてもらったり、頬ずりされて嬉しそうにしていた。

リボーンはそんな家族の団欒を見ていると、少しもの寂しくなる。なんとなく、沢田家と自分の間に壁を作っている自分がいることを自覚するからだ。明るい場所から、ぽつんと暗い場所へと移動した気持ちになる。疎外感を感じるバカな自分がいた。

そんなリボーンの様子に気づいた家光が、近づき頭を撫でてやろうとする。

「リボーンもいい子にちてまちたか〜?」

「…きめぇぞ、家光」

綱吉と同様に、赤ちゃん言葉で話しかけ、頭を撫でようとする家光を、リボーンはさっと避ける。若干青筋を立て、引き気味で家光を見ながら、暴言をリボーンは吐く。

「ひーどーい!家ちゃん、リー君に触れたいのにー!」

「……」

もはや掛ける言葉もなかった。ガタイのいい大の大人が、体をくねくねさせながら近づいてくるのだ。綱吉はその揺れが楽しいのか、きゃっきゃと笑っている。家光に呆れた視線を投げかけ、リボーンは与えられた部屋へと戻っていった。



「今更…だろ」

家光も奈々も気を使ってくれているのはわかっている。しかし、どうしてもそれに甘えられない自分がいる。生きる世界が違っていた。

「…寝るか」

リボーンは頭からすっぽりと布団を被り、蹲るようにして眠りについた。



「ダメかー」

リボーンの出て行った扉を見つめながら、家光は項垂れる。早く沢田家に溶け込んでほしいといろいろ工夫するが、全てが失敗に終わっている。そんな家光を奈々は優しく慰める。

「大丈夫よ、家光さん。リー君は戸惑ってるだけよ」

「奈々ぁ〜」

背中に抱き着いてきた奈々に、家光は擦り寄る。女性特有の柔らかさが伝わってくる。子供みたいに甘える家光を、奈々は更に強く抱き締めた。

「少しずつ、頑張りましょ!」

にこにこと女神のように微笑む奈々に、ますます惚れてしまう家光がいる。そんな二人の間に生まれた綱吉は、楽しそうに笑っていた。









「リー君、リー君」

あれから数年経ったある日。リボーンは奈々に声を掛けられ、本から視線を外す。数年経った今でも、リボーンは沢田家には溶け込んでおらず本だけを読む毎日を過ごしていた。

「…なんだ?」

「リー君に頼みごとをしたくて。私、今から買い物行くからお留守番お願いできるかな?」

構わないと思ったが、綱吉が近くにいなかった。リボーンの視線に気づいた奈々は指を指す。

「つー君は今、あっちの部屋でお昼寝中なの。だから、私だけで行ってくるわ」

「…わかった」

昼寝をしているなら大丈夫だろう…と、リボーンは奈々に返事をする。奈々は、ありがと!と言い、慌てて家を出て行った。余程、なにか欲しいものがあったらしい。

ため息を一つ吐き、本へと視線を戻すリボーンだった。


綱吉とリボーンは全く仲が良くなっていなかった。相変わらず、綱吉はリボーンを見れば泣き出している。何度か、奈々と家光が仲良くさせようとしてみたが、全て失敗に終わっていた。

綱吉にとってリボーンは恐怖の対象であり、リボーンにとって綱吉はウザいガキだった。リボーンがなんとなく疎外感を感じる原因はここにある。綱吉に拒否をされ、いてもいいのかがわからないせいだった。

存在を否定されるのには慣れていたが、自分より小さい子供から拒絶されることには慣れていなかった。そのことが、リボーンをなんともいいようのない、複雑な気持ちにさせていた。





奈々が出かけて数時間経った時。その出来事は起きた。

「まーまー?」

綱吉の声に思わず、肩が跳ねるリボーンがいる。今は、リボーンと綱吉の二人だけ。誰も綱吉の相手をする人間がいないのだ。

「うー」

リボーンは極力、綱吉と目を合わせないようにしつつ、様子を伺っていた。その視線に気づかない綱吉は、よちよち歩きで奈々を探している。時折、転びそうになりながらも奈々を必死に探していた。

しかし、奈々はいないことがわかり、尚且つ恐怖の対象でしかないリボーンしかいないとわかった綱吉は泣きそうに顔を歪める。

「まー、う?」

もう一度、奈々を呼び探し始めた綱吉だったが、段差があり転んでしまう。鈍い音がして床とキスしてしまった綱吉がそこにいた。

「う、えっ…」

痛みと奈々がいない不安とリボーンしかいない恐怖とが、小さな綱吉に襲い掛かってくる。そんな状況に、まだ赤ちゃんの綱吉が耐えられるはずもなく、泣き出してしまう。

「うえぇぇえ、まーまー!」

小さな体を使って蹲り大声で泣いている。悲しいと全身で表現しており、見ているこっちが泣きたくなってしまうほど、悲しいと泣いていた。

「…」

どうすることも出来ないリボーンは、取りあえず綱吉に近づく。見たところ、血も出ていないし、おでこが少し赤くなっているだけで、酷い怪我でもなかった。綱吉は泣くことでいっぱいいっぱいなのか、リボーンが近づいたことに気づかず、奈々と家光を呼んでいた。

奈々と家光しか呼んでおらず、自分がいないことに、何故か悲しくなる自分がいた。人から、これほど拒絶されることの悲しさを、リボーンは味わったことがない。泣きたくなる気持ちを抑えて、後ろから優しく綱吉を抱きしめた。

「…?」

パニックに陥っていた綱吉に、人の体温が伝わったらしく泣き声が止まる。不思議そうにじーっと見た後、綱吉はにこっとリボーンに笑いかけた。笑いかけられたことのないリボーンは、戸惑い固まる。

「おにー!」

「は?」

わけがわからなくなり、混乱するリボーンを余所に、綱吉は嬉しそうに笑いながらリボーンに抱き着いてきた。

「おにー、おにー!」

「お、鬼?」

キラキラと見つめる綱吉の瞳には、戸惑うリボーンが写っていた。優しくしてくれる存在を見つけた綱吉は、無敵だった。恐怖の対象でしかないリボーンに抱き着いて、幸せそうににこにこと笑っている。

そんな綱吉に戸惑いつつも、ぎゅっと嬉しそうに抱きしめてやるリボーンがいた。人から拒絶される辛さと、受け入れてもらえる幸せを知ったリボーンだった。





「ふふっ、鬼じゃなくて、おにーちゃんって言ってるのよ、リー君♪」

つー君の前で言い続けたかいがあったわ、と思いながら、こっそり二人を見ている奈々も嬉しそうに笑っていた。














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