可愛くてしょうがない奴




学生の楽しみの一つと言えば、夏休みである。しかし、楽しい夏休みには強敵なオマケがついてくるものである。それを一人で終わらせることは綱吉にとって、至難の業だ。毎年最終日までに終わらず、居残りでやることになる。

だが、今回は違っていた。





ピンポーンと来客を知らせるベルが鳴る。漫画を読んでいた綱吉はベッドから飛び起き、急いで玄関に向かう。

「いらっしゃい、みんな!」

「ん」

「お、邪魔すんのな」

「邪魔だ、山本。あ、沢田さん、招いていただいてありがとうございます!」

綱吉がドアを開けてまず入ってきたのは、高校からの友達であるリボーンだ。次に中学からの友達の山本。そして山本を押しのけるように、中学からの友達である獄寺が入ってきた。

「これつまらないものですが、よかったらみなさんで食べてください」

ちゃっちゃと二階の綱吉の部屋へと向かうリボーンと山本とは対照的に、獄寺は綱吉に紙袋を渡してきた。

「え…。よかったのに…」

「いえ!沢田さんに招いていただいて光栄なんです!是非もらってほしいです!」

「そう?じゃあ、せっかくだからみんなで食べよっか!」

「は、はい…」

鈍感な綱吉は、獄寺が微妙に落ち込んでいるのにも気づかずに、自分の部屋へと促す。綱吉は三人に断りをいれ、台所へと行き、飲み物の準備をする。

「んー。リボーンはエスプレッソで、山本は牛乳で、獄寺君はコーヒーかな?」

コップを四つ用意し、それぞれに飲み物を淹れていく。おぼんに乗せ、零さないように慎重に運ぶ。目の前にドアが迫ってきたとき、あ…と思った。綱吉の両手は塞がっているためドアを開けることが出来ない。

「ん、」

しかし、ナイスタイミングでリボーンがドアを開けてくれたため、何の問題も無く部屋に入ることが出来た。

「ありがと」

綱吉はテーブルにおぼんを置きながらお礼を言う。

「あぁ。ま、ドジツナが零さなかったことは褒めてやるぞ」

「それどーゆう意味?」

リボーンの余計な一言に、綱吉は突っかかる。一人は余裕、一人は険悪なムードを纏い始める。その様子を見ていた二人が止めに入ろうとするが、間に合わなかった。

「まんまの意味だぞ。いつもドジっ子のダメツナが珍しく零さなかったから褒めてやっただけだぞ」

「っ…!おのれ〜!」

綱吉の頭を子供をあやすように、リボーンは撫でる。ニヤニヤと笑っているリボーンとは対照的に、綱吉はぷるぷると体を震わせている。

「いっつもバカにしやがってー!」

殴り掛かろうとする綱吉を慌てて獄寺が止める。怒りの治まらない綱吉を山本が宥める。綱吉の怒りの原因を作ったリボーンは、我知らずとエスプレッソを飲んでいた。



何故かこの二人は出会った当初から、こんな感じでケンカを始める仲だった。二人が初めて出会った時、リボーンが綱吉が気にしている「ダメツナ」という渾名を言い始め、以来二人は顔を見合わせればケンカをするようになっていた。



「さて、勉強始めましょっか」

獄寺の一言で、勉強を始めることになった。綱吉には獄寺が、山本にはリボーンが教えることになった。

「獄寺君、ここわかんない…」

「どこっすか?あぁ…ここは…」

綱吉に近づき、論理的に話し出した獄寺。綱吉がついていけていないのに気づかず、長々と話始めてしまった。

「…」



一方、リボーンと山本は順調に宿題を終わらせていた。

「小僧、ここは?」

「ここはだな…。これが元になっている。だから、答えがこうなるんだぞ」

リボーンはわかりやすいよう紙を指差し、簡単な説明を加えて教える。山本が理解出来たと嬉しそうに声を上げる。

「なるほどな!んじゃ、これはこうか?」

「あぁ、正解だぞ」

「やったぜ!」

山本がどんどん問題を解いている間、時折リボーンは綱吉の方を見ている。わからない、わからないと言いながらも、二人寄り添いながら何とか問題を解いている綱吉を複雑な表情で見ていた。





「終わったぜ!」

「え!?」

山本がガッツポーズをしながら喜んだ瞬間、綱吉は驚いた声を出した。

「ありがとな、小僧」

「あぁ。なかなか飲み込みが早かったな」

「そうでもねえって!」

リボーンと山本が談笑している時、綱吉は焦っていた。獄寺に教わっているが、まだ半分も終わっていないからだ。

「やべっ!オレそろそろ帰んないと。店の手伝いしろって言われてんだ」

時計を見て、帰る支度をする山本。同じように時計を見た獄寺も慌てる。

「やべぇ!4時半から『未確認生命UMA 何故奴等は表れる』を録画すんの忘れてた!すみません、沢田さん!途中までしか教えて差し上げることが出来ませんでしたが…、その…」

「あ、うん。ありがと、獄寺君。今日はここまで教えてくれたから、大丈夫だよ。あとは自分で頑張るよ」

「ありがとうございます!沢田さん!この埋め合わせはいつか必ず!」

「いいって!山本も獄寺君も気をつけて帰ってね!」

「ありがとな、ツナ」

「失礼します、沢田さん」

バタバタという表現がぴったりなほど大急ぎで二人は出て行った。綱吉はくるっと回ってリボーンを見る。

「り、リボーンもそろそろ帰んないといけないんじゃない?」

「いや、オレは大丈夫だぞ」

「あ…、そうなんだ」

くるっと元の向きに戻り、宿題と格闘する綱吉。それを脚を組みながら、優雅に見ているリボーンがいた。



暫くして綱吉のペンが止まる。動かなくなった綱吉を見て、リボーンがゆっくりと近づいてきた。

「わかんないのか?」

「い、いや!ちょっと考えているだけだよ!」

慌てて言い訳をする綱吉から、リボーンは問題を引ったくる。ザッと見て、指摘をしはじめた。

「ここ、間違ってるぞ。あと、これもだな」

「え!そこも!?」

リボーンが間違えていると指摘している中には、獄寺の時には正解だと言われた場所も含まれていた。

「いいか。これはここを引かないとダメなんだぞ。で、こっちはこれを足してだな…」

そのまま綱吉の隣に座るリボーン。びくっとした綱吉に気づかず、説明をしはじめた。何か言いたげに、リボーンを見る綱吉だったが、何も言わず問題に集中しはじめた。



紙を滑るリボーンの指を見てしまう綱吉。その指に見とれて、説明を聞かないでいてしまう。

「で、ここがこうで。…ツナ?」

「は、はい!」

「今の説明聞いてたか?」

「ご、ごめん。もう一回、お願い」

「はぁ…。で、だな、ここが…」

ため息をつくリボーンの唇をぼんやり眺めてしまう綱吉。ぼんやりする綱吉に気づいたリボーンは怒る。

「おい、聞いてるのか?」

「っ…。ごめん!喉乾いたから、飲み物取りに行くね!」

ガタッと机を揺らして立ち上がり、綱吉は部屋を出ていく。それを見ていたリボーンは、何とも言えない顔をして、髪をぐしゃと握りしめた。





「出来るわけないじゃん…」

ぽそっと泣きそうな声を出しながら、綱吉は飲み物の準備をしていた。

自分の隣に好きな人がいる。緊張でどうにかなりそうなのに、相手は普通にしている。

そんな自分に気づかれたくないでいたら、無意識に相手の一部を眺めてしまっている。

嫌われているとわかっているから、気づいて欲しくない。四人で一緒に居たいから、絶対に気づかれたくない。

最初は嫌いで、けど、さっきみたく優しいということを知ったら恋をしていた。気づいたら止まらなくなっていて、日に日に好きになっている。

「…どうしょうもないってわかってるんだけどなー」

飲み物の準備を終えた綱吉は、憂鬱な気分で階段を上がっていった。



リボーンは、やはりナイスタイミングでドアを開けた。綱吉が持っていた飲み物を取り、代わりに机に置く。

綱吉はオレンジジュースを一口飲み、頭をすっきりさせる。

「飲んだからいいだろ」

「うん、続きをお願い」

「で、これがだな…」

リボーンも一口、エスプレッソを飲み説明をしていく。今度はちゃんと聞けるよう、綱吉は頑張った。

「これでこの問題は終わりだ。あとは解説をつけたから、自分でやってみろ」

「あ、うん」

綱吉は自分の宿題を見てビックリした。どの問題にも、丁寧な解説が書かれていた。これなら解けるかもしれない…と、嬉しく思いながら、次の問題に取り掛かった。





真剣な顔をして、問題に取り掛かった綱吉をリボーンは気づかれないよう見つめている。

ペンを握る男にしては小さい手。肌理細やかな肌をしている頬と首筋。ふっくらとしている柔らかそうな唇。小さな体つきに細い腰。

どのパーツもリボーンを魅了してやまないでいる。一度でも触れることが出来たら…と、何度も何度も思っている。

しかし、そんなことリボーンに出来るはずがなかった。出会いから最低なことをして、嫌われているのだから。

一目惚れだった。

自分から人を好きになったことがなく、どうやって近づこうかと思案していたところに、綱吉がドジ踏んでしまう姿を見てしまった。

そこで言った「ダメツナ」という言葉。その時のムキになって言い返してくる反応が可愛くて、からかうようになっていた。

我ながらガキみたいな恋愛をしていると思う。けど、楽しいと思えた恋は、これが初めてだった。だから壊したくない。

からかって反応を見る。それだけで幸せだった。





「終わったー!」

声を上げながら背伸びをする綱吉から、リボーンは紙を奪う。ひとつひとつ確認したが、間違えている箇所はなかった。

「全部正解してるぞ」

「ホント!?やったー!ありがと、リボーン!」

綱吉は嬉しそうに笑いながら、リボーンを見る。ニコニコと笑いながら、宿題を片付けている。

一方でリボーンは固まっていた。綱吉から笑い掛けられたのが初めてだったため、どう反応していいのかがわからないでいた。

「リボーン…?」

何も言わないリボーンに、綱吉が声を掛ける。思わず、はっとしてしまったことを隠すように言葉を出した。

「ダメツナにしちゃ、出来てたぞ。ま、オレのお陰だがな」

いつも通りにからかうようニヤニヤと笑いながら、リボーンは綱吉の頭を撫でる。

「子供扱いするな!」

「いーじゃねぇか。子供だろ、お前。オレンジジュース飲むしな」

「っ…!今日という今日は、絶対殴る!」

からかわれたことでムキになる綱吉が殴ろうと拳を握りリボーンに向かう。リボーンはとっさに避け、綱吉の手首を掴む。そのため、二人の距離はぐっと近くなった。

「え…」

「…」

至近距離になったため、お互いに緊張が走る。リボーンは持ち前のポーカーフェイスで変わらないよう見えたが、綱吉は耳まで赤くなった顔を下に向ける。

「は、離して…」

震える声で綱吉はリボーンに訴える。震える声が恥ずかしい綱吉だか、近くにいる方が恥ずかしかった。

「あぁ」

良かった…と安心で綱吉が緊張をほどいた瞬間だった。ぐっと自分の方に引き寄せたリボーンと唇が重なる。

一瞬の出来事だった。

「じゃあな」

ゆっくりと綱吉の唇から離れたリボーンが立ち上がり、部屋を出ていく。



「なんで…」

耳どころか首筋まで赤くなっている綱吉が、部屋に取り残されていた。





「あっぶねぇ…」

綱吉の家から出てきたリボーンは、塀の前に座り込んでいた。その顔は今日一番のニヤケ顔をしている。

真っ赤な頬。潤んだ瞳。柔らかすぎる唇。ぷるぷると震える体。

なにもかもが。

「…可愛すぎだろ」

座り込んだリボーンの顔は赤く染まり、幸せいっぱいの顔をしていた。





そんな二人が付き合い出すのは、もう少し先のお話である。















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