待てとお預け




白地に上品に赤とシルバーのラインがシンプルに装飾されているカップ。
見た目だけで、高級感が漂う。
そこに湯気がたっているコーヒーを注ぐ。
綺麗に注いだことを確認し、そのままトレイに乗せて所定の部屋に向かう。
オレは深呼吸をし、ドアをノックをする。
部屋の奥にいる主が決めた回数は4回。
きっちりその回数だけ叩いた。
中からの反応を待つ。

「入れ」

返事があったのでドアノブに手をかけ、素早く回す。

「失礼します。先ほどいれてくるように言われたコーヒーをお持ちしました」
「渡せ」
「はい」

こぼさないように慎重にテーブルの上に置く。
すると早速一口飲まれる。
すぐに眉を寄せ、オレを睨んだ。

「まずい。どうやったらこんな味になんだよ」
「すみません…」

オレが謝ると彼はソファーの外に伸ばしている脚を組み直した。

「もっと練習しろ。早くオレがいれたくらいのレベルにしねぇと許さねぇぞ。いいな?」
「はいいいい!」

こんな理不尽なことをのたまうのはオレの雇い主のリボーンさんである。
なんでも大企業のご子息だとかで、傍若無人は彼の専売特許なのだ。
すっかりびびって縮こまったオレを見てリボーンさんはため息をついた。

「仕方ねぇから今日は紅茶でいい。ストレートとロイヤルミルクティーを一杯ずつ用意しろ」
「へ? わっ、わかりました」

不機嫌なリボーンさんを刺激するのはまずいので、オレはさっさと撤退し、給湯室へ向かう。
そこでオレもひとつため息。
肩に入った力を抜く。
ポットを温めるためにまずお湯を注ぎ、その間に紅茶の葉を選ぶ。
やはり、ストレートならダージリンだろうし、ロイヤルミルクティーにはアッサムが妥当だろう。
ということは、別々のものをわざわざいれないといけないということだ。
ポットをもう一つ準備することにした。
一筋縄ではいかないところがリボーンさんらしい。

どうしてオレがここで働いているかと言うと、きっかけは学校の友人であるコロネロの紹介だった。
オレは親元を離れて一人暮らしをしているいわゆる貧乏学生ってやつだ。
もともとは、コンビニのバイトをしていたのだが、時給はそんなにいいもんじゃないし、コロネロにただ愚痴っぽく、「バイトなんか新しいとこでないかなぁ、時給いいとこで」なんてこぼすと本当に紹介してくれたというわけだ。
ちなみにコロネロとリボーンさんは腐れ縁というやつらしい。
リボーンさんはあの通り理不尽なので、それに耐えられず、使用人が辞めるのは度々あることなのだそうだ。
しかしオレは屈しなかった。
時給がコンビニと桁違いなのだ。
この仕事をやめれば、また極貧生活に元通り。
豆パンを朝昼晩とちまちま食べて生き延びるようなそういう生活へ。
それに比べればリボーンさんのわがままなんてかわいいもんだった。
生きていくのに金がいるんだから仕方ない。
それに、リボーンさんはそんなに悪い人じゃないと思う。
なんとなくだけど。
口では不満を言っているが、空気はそんなにトゲトゲしていないのだ。
今日だって不機嫌ではあったが、譲歩してくれた。
それはいつも不思議だった。
勘違いかもしれないけど。

そんな考え事をしている内に、紅茶はどちらも蒸せた。
透き通り綺麗な色のお茶が出た。
香りも良いし、この分だと大丈夫だろう。
ロイヤルミルクティーの方もうっとりするような乳白色で、見とれてしまいそうだ。
上出来だ。
オレはもう一度部屋に戻りドアを4度叩いた。
返事より前にドアが開いた。

「あ、すみません」
「何で謝る?」
「無駄な労力を働かせてしまったようですので。リボーンさんがお返事して下さったら自分でドアを開けますよ?」
「飲み物を二つも持たせてるのにそんなこと出来るか。おら、とっととテーブルの上に置け」

どうやらオレが紅茶をこぼすと判断してのことだったらしい。
確か一度、初めてリボーンさんのためにコーヒーをいれて持って行ったときに足がすべったのだ。
それを覚えているのだろう。
リボーンさんなりに気遣いしてくれたのかもしれない。
いつもは傍若無人でも本当は優しいんだ。
素直に頭を下げて指示通りテーブルの上へカップを置いた。

「そこの椅子へかけろ」
「はい?」

オレは言われた意味がわからず、ぼんやりと立ち尽くしているとリボーンは顎で椅子をさした。

「オレは気が長くない。さっさとその椅子に座れって言ってるんだ」
「はっ、はい! …失礼します」

リボーンさんはオレが座ったのを見るとオレの目の前のソファーにかけた。
対面式の座り方。
この座り方にいい思い出はない。
成績が悪いときの担任との個人面談を彷彿させた。

「……」

もしかして解雇の話か?
コーヒーが上手くいれられないからもう見捨てられるのかもななんて思ったりして。リボーンさんはまた尊大に脚を組んでいたが、オレに左手で紅茶を示した。

「オレはストレートを飲む。お前はこの甘ったるい方を飲んどけ」
「…へ? あ、はい」

わからないまま頷く。
リボーンさんにはおかしなことがあっても、反論しないのがルールだ。
おずおずとカップをこちらに寄せて一口頂いた。
使っている茶葉がいいせいか普段自分の家でいれるよりも格段においしい。

「お前、紅茶はいれるのが上手いな」
「えっと…、あっ、ありがとうございます!」

ここに来て初めて褒められた。
反応が遅れたのはそのせいだ。
しかも、リボーンさんが口の端を上げた。
リボーンさんが笑った顔を見るのは初めてで、男から見ても綺麗すぎてくらくらしそうだ。

「そんな喜ばれると思わなかったぞ」
「リボーンさんに褒められたの初めてなので、嬉しいなとか思ったりしましたので!」
「素直だな。そんな顔で喜ばれるとどうしたらいいかわからなくなる」
「オレなんかにどうもしなくていいですよー!普通にしてて下さい」

笑顔で返事をすると、リボーンさんは立ち上がってオレの腕を引いた。
つまりオレも立ち上がらされたのだ。
それだけじゃなかった。
その時、カップの中の紅茶が揺れた。
いや、違う。
それはどうでもいい。
リボーンさんの腕がオレの背中に回っていた。
一瞬で引き寄せられたみたいだ。

「…えっと、オレ、他にお掃除とかしないといけないのでそろそろ戻らないと」
「アホ。掃除なんか他のやつがやるだろ。今は空気読め」
「うええ、でも、お給料が」
「そんな心配してんじゃねぇぞ」

リボーンさんの口調がイライラしたものに変わる。
しまった、彼のいうことに反論してはいけないのに。
しかもリボーンさんとは密着してる状態で表情が見えない。

「あ、あの」
「なんだ」
「オレはどうしたら…?」
「今から話をするから聞け」
「は、はい!」

頷いた時、リボーンさんの首もとから爽やかな匂いがする。
落ち着くような、心地よいような気がする。
無意識にリボーンさんの方へ体を寄せた。
それに気付いたのは、わずかの隙間のあった体の距離がゼロになっていたからだ。
あれ、なんか今のオレ、ヤバくないか?
怒られるかも。
しかし、リボーンさんは特に気にしていないのかオレを離そうとしなかった。
それでも一向に話を始める気配がない。
オレはさすがに気になってリボーンさんの表情を伺う。

「お前が悪い」

リボーンさんがそう言ったのが聞こえたかと思うと、いきなり顎をつかまれた。
それからリボーンさんの顔が近づいたかと思うと息が出来なくなる。
あ、あれ…?
キスされてる!?
な、何でだ?
っていうか、あの形の良い唇がなんの変哲もない自分の唇に触れているのかと思うともったいなくて全身が熱くなりそうだ。
リボーンさんの顔が離れ、目線を合わすようにされたとき、オレは思わず目をぱちくりさせた。
今のは何?

「オレはお前が好きなんだ。今ので遊びじゃねぇってわかるだろ? 聡明で紳士なオレが我慢出来ずにあんなことするんだぞ。とりあえずお前の気持ちを言え」

リボーンさんは、どこか切羽詰まったような、いつもの自信がなくなってしまったようなそんな初めて見る表情だった。
それだけで真剣なことは伝わった。
オレもはぐらかさずに真摯に答えねばならないだろう。

「え、と…キスは嫌じゃなかったです。だけど…」
「何だ」

自分の気持ちを正直に口に出すのを躊躇う。
だけど、じっと見られると、目を反らせない。

「えっと…、オレなんか、ただの使用人ですし…何で好きになってもらえたかわかんないです」

緊張で震えた。
握っている手も震えていた。
リボーンさんはまた口の端を上げた。

「一目惚れしたんだぞ」
「は、い?」
「確か最初にお前が来たとき、部屋に挨拶に来るついでになんか飲み物持って来いって言ったんだよな」
「はい…、そうでしたね」
「そしたらお前はロイヤルミルクティーなんか持ってきて。ふざけてんのかと思った」
「…すみません。あれ、だけど…?」
「オレは飲んだ。お前があんまりに笑顔で差し出すから断れなかった」
「そ、そうだったんですか」

オレはリボーンさんのそのまんまの、まっすぐな言葉に胸が高鳴る。

「お前にわざわざコーヒーをいれさせるのもわざとだ。お前に会いたいから」
「えっ、あ…」
「オレに文句言われても毎回、一生懸命いれてくれるのが嬉しくてな。ついいつも意地悪ばっか言っちまうんだぞ」

すると、リボーンさんの大きな手がオレの髪を撫でた。
その仕草からも、好きと言われてるような気がしてきた。
漏れる吐息も、伝わる心臓の鼓動も、触れている身体も、全部からオレが好きって言っている。
あぁ、だめだ。
雰囲気に飲まれそう。

「オレみたいなやつじゃだめか?」

だめじゃないです、という言葉を飲み込んだ。

「…リボーンさんとオレなんかじゃ、釣り合わないと思います」
「一般論なんか聞いてねぇ。お前の気持ちが聞きたいんだ」

嘘は許さないと言わんばかりに見つめられる。
意志の強そうな黒い目は揺るがない。
オレは知らず知らずに口を開く。

「だめじゃない、です…オレも、…好きなんだと思います」

気がついた時には遅かった。
もう訂正は許されない。
嘘をつくことになる。
何より、リボーンさんが嬉しそうな表情をしたから、どきっとしたのだ。
思い切り抱き締められて、それから、額にキスを落とされた。

「よかった」

どうやら、リボーンさんは安心したようだった。
声色が一層優しいものになった。
だからオレもリボーンさんの背中へ手を回した。
すると急に浮遊感がする。
リボーンさんに抱き上げられたらしい。
パニックになっているとすぐに下ろされ緩やかに押し倒される。
背中で弾力を感じ、リボーンさんのすぐ後ろに天井が見える。
どうやらベッドの上に運ばれたらしい。
それがわかった瞬間、顔が異常に熱くなる。

「…そんなかわいい反応すんなよ」
「えっ、だ、だって…!」
「優しくしてやるから…、な?」
「えと、あのあのあのっ!?」

リボーンさんがオレの手首を押さえた。
リボーンさんの顔が近づく。
整ったそれは近づくほどにドキドキする。
目を固く瞑れば、ちゅっとかわいらしいリップ音がした。

「…なんてな。お前の心の準備が出来るまで待ってやるよ。オレは紳士だからな」
「えっ?」
「何だ? 期待したか?」

リボーンさんが意地悪そうに笑う。
めちゃくちゃ緊張したくせに、雰囲気に流されてそういう行為を想像していた自分が恥ずかしい。

「あっ、あはははは!」

ごまかすように笑うが手遅れだ。

「じゃあ、おまけだぞ」

そう言ってもう一度キスされた。
だけど今度はなかなか離れなくて、ついにはリボーンさんの舌がオレの唇を割って口腔内に入ってきた。
あっという間に舌を絡められ、厭らしい音が響く。

「…ん、…ふぅ」

それに伴って熱っぽい吐息が漏れる。
だんだん思考がぼやけてきて、ついには彼を求めるように首に手を回していた。
しかしリボーンさんはすっと唇を離した。

「マジで歯止めがきかなくなるからやめだ」
「……っ!」
「雰囲気に流されてして、あとで後悔なんかさせたくねぇ」
「あっ、う…」

戸惑うオレに、リボーンさんはまた綺麗に笑った。

「お前の気持ちが固まるまで待ってる。それまでお預けだ」

ちゃんとオレのことを考えてくれている。
待ってくれてるのだから、オレもきちんと向き合おう。

「はい…っ」

そのときふと思いついた。
リボーンさんにオレがいれたコーヒーをおいしいって言って飲んでもらえるようになるまで頑張ろう。
そしたら、オレは彼に全てを委ねることが出来る気がするから。
いつになるかわからない。
でもそう遠くは無い未来だと思う。
だってその先にはご褒美があるのだから。















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