怯えと拒絶




「泣かせるつもりはねぇんだけどな」

リボーンは屋上で一人愚痴りながら煙草を吹かす。泣かせたくない。優しくしたい。けど、怒れば泣いてしまう。良かれと思ったことが全て裏目に出てしまう。それがリボーンは歯痒かった。

「しかもあいつ等には懐きやがって」

ふーっと息を洩らしながら煙を吐き出す。リボーンにとって自分以外の奴とは仲良くしているのも気に入らなかった。自分以外とは日常会話が出来る。でも、自分とは出来ない。それもリボーンが苛立つ原因だった。

「…らしくねぇな」

いつもの自分ならアタックせずとも女が寄ってきた。適当に付き合い、飽きたら捨て。今まではそれで通っていた。特定の奴を一途に愛さなくてもよかった。

だが、今は違う。

馬鹿みたいに一途に恋している自分がいる。好きになるなと言われてもなお、好きでいる自分がいる。以前の自分では考えられなかったことだ。

「あぁ…どーすっかな」

リボーンは音楽室から皆が出ていくまで、一人考え込んでいた。






あれから数十日が過ぎたが、綱吉の歌は相変わらずだった。リボーンの怒鳴り声も音楽室に響き渡っている。

「だから何度言えば分かる!?ここは半音下げろつってるだろ!」

「う…。すみません」

ぷるぷると震えて怖がりながらも謝る綱吉に味方が現れる。

「お前、もうちょっと優しく言えねぇのか?コラ」

「そうですよ。いつも沢田に怒鳴って…。泣かしているのが自分だって自覚ありますか?」

「君って沢田を泣かせるのが好きだよね」

コロネロ、スカル、マーモンにズバズバと言われ、リボーンが腹立たないわけがない。ぎゃあぎゃあ言い始めて止まらなくなった。
綱吉は唇を噛み締めて俯いていることしか出来なかった。


「じゃ、もういっぺん合わせるぞ」

暫く言い争っていたが、言い争うのも馬鹿らしくなり、リボーンの掛け声で音を合わせていく。だが、いつも通りに綱吉が音を外してしまう。リボーンの耳がそれを聞き逃さないはずはなく、曲を止める。

「…おい」

「っ…」

「いい加減理解しろ!お前が間違えているのはここだぞ!」

リボーンは綱吉が触られるのが苦手なことも忘れ、綱吉の手を取り譜面を指す。わかりやすいよう何処を間違えているのかを指でなぞりながら教えていく。

「ここだぞ!お前の間違えているところは!」

「ご、ごめん…な…」

ぼろっと涙を流しながら綱吉は眼を閉じていく。最後まで言い終わらないうちに崩れ落ちるように倒れていき、ぴくりとも動かなくなってしまった。

「お、おい!」

リボーンが綱吉の手を掴んでいるため、頭をぶつけることはなかった。だが、体を揺すっても頬を叩いても綱吉が起きる気配はない。不審に思ったメンバーも近くに寄り、綱吉の顔を覗き込む。

「…気絶、したんじゃない?」

マーモンの小さな呟きがぽつりと音楽室に響いた。






リボーンが綱吉を抱きかかえ、保健室へと向かう。そのあとをコロネロ、マーモン、スカルが追いかけていく。

「失礼するぞ」

「あら?どうしたの?」

のほほんとコーヒーを飲んでいた養護教諭が声を掛ける。それには答えず、空いてるベッドへと綱吉を寝かせる。

「友人が倒れてしまって」

スカルがリボーンの代弁をし、養護教諭に事情を説明している。話を聞いた養護教諭が綱吉の顔を見て、判断する。

「んー。たぶん寝不足と極度の緊張のせいね」

養護教諭が邪魔になるから…と、出ていくことを促すが誰も動こうとはしない。コロネロ、マーモン、スカルが心配そうな顔をして綱吉を見つめていた。なんとなく察した養護教諭がその場を離れて行った。

「無理…させてたんでしょうか?」

「たぶんね。顔色も悪いし」

マーモンの言葉に俯いていたリボーンも顔を上げる。そこには顔色が悪く、痛々しい涙の跡がある綱吉がいた。

「…僕は帰るよ。用事があるからね」

マーモンはそういうと誰の返事も待たずに帰って行った。その後、コロネロもスカルも用事があり帰っていき、残ったのはリボーンだけとなった。






「…ん?」

目を覚ました綱吉がぼーっと辺りを見回す。最初に移ったのは保健室の白い天井だった。

「保健室だぞ」

声のした方を振り向けば、そこにはリボーンがいた。じーっと見ていれば、段々と頭が覚醒してきた。そういえば、リボーンに手を掴まれ気絶してしまったと綱吉は思い出す。

「…大丈夫か?」

「っ…」

心配そうな顔で覗きこまれ、綱吉は思わず後ずさってしまう。二人の間には気まずい空気が流れる。綱吉の怯えと拒絶の入り混じった眸で見つめられ、リボーンはため息を漏らす。

「…悪かったな」

ぽつりとリボーンはそう言い、席を立ちすたすたと出て行ってしまった。入れ替わりに養護教諭が入ってくる。

「気がついたのね」

「あ、はい。えっと…」

「あぁ。あなた気絶してたのよ。ずっと。もう遅い時間だから、彼と帰りなさい。って、何処行ったのかしら?」

今、リボーンがいなくなったことに気付いた養護教諭が辺りを見回し、首を傾げる。

「変ねえ。さっきまであなたをずっと心配そうに見つめてた子がいたのよ。ほら、自分の上着をあなたに掛けてまで。…よっぽど大切にされてるのね」

「あ…」

言われてから綱吉は下に目を落とす。そこには大きめのブレザーの上着が寂しげに置いてあった。

ふふっと笑いながら、いい先輩ねと養護教諭に言われても何も答えられない綱吉がいた。ぼーんと夜の十時を知らせる柱時計の音が保健室に響き渡った。
















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