鬼と恵方巻 「ただいま」 靴を脱いで、バタバタとリビングへと駆け込む綱吉。ふふっ…元気がいいわぁ、と奈々に思われていることなど露知らず、綱吉は鞄を乱暴に置く。 「お帰り、ツっ君。準備をするから、手を洗ってらっしゃい」 綱吉は奈々に促され、洗面台へと手を洗いに行った。 「そういえば先生来るの?」 「来るわよ。六時くらいにいらっしゃるんじゃないかしら…?」 「ふーん」 内心嬉しくてたまらない気持ちを気づかれないように、綱吉は適当に相槌を打つ。奈々は知ってか知らずか、穏やかに笑いながら綱吉に恵方巻の作り方を教えていく。 数時間後、恵方巻の出来栄えを見て、二人は満足そうに微笑む。綺麗に出来上がっているのが奈々ので、不恰好なのが綱吉のだ。 出来栄えは違っても、込めた愛情は同じだ。 「出来たね」 「ふふっ、そうね。先生はまだかしら…?」 奈々がそう呟いたとき、玄関のチャイムが鳴る。もしかして…と綱吉が出てみると、そこにはリボーンがいた。グッドタイミングとはまさにこのことである。 「お邪魔するぞ、ツナ」 「うん、いらっしゃい。先生」 リボーンをリビングへと通し、節分が始まる。まずは豆まきからだ。 「…鬼は誰?」 綱吉の呟きに、リボーンへと視線が集まる。普通、鬼役といえばお父さんである。今年の沢田家に父親は不在。必然的にリボーンが鬼である。 「ごめんなさいね、リボーンちゃんお願いできるかしら?」 「ママンの頼みなら断れねぇな」 リボーンと沢田家は愛称で呼び合うほど仲がよい。奈々の頼みをリボーンが断るはずもなく鬼の面を被った。 「……」 「…ぷ!」 鬼の面を被ったリボーンを見たとき、綱吉と奈々はぷるぷると震えた。綱吉にいたっては我慢できていない。 「…笑ってもいいぞ」 ぴしっと青筋を立てているリボーンに気づかず、二人は大笑いする。鬼の面にスーツ。似合わないったらありゃしない。どう見ても変だった。 「ぷっ、せんせ、あはは…!!」 「ご、ごめん、なさ。ふふふっ!」 二人とも腹を抱えて笑う始末。リボーンが来たことを後悔した瞬間だった。 豆まきも終わり、豆も食べた。あとは恵方巻を食べるだけである。三人の目の前には、恵方巻が三本。二本は綺麗に巻かれており、一本は具も食み出てぼろぼろである。 「いただきましょうか」 奈々の声に、三人が手を伸ばす。綱吉が自分の作った恵方巻を取ろうとしたとき、横から出てきた手に取られてしまう。 「え…?」 「なんだ?」 綱吉がリボーンの手に持たれた恵方巻を見て、不思議そうな顔をする。それに対し、リボーンは何事もなかったかのように返す。 自分の作った恵方巻を先生が食べてくれる。綱吉はそれが嬉しくて、なんでもないと返事をし、奈々の作った恵方巻を持つ。 「今年は南南東だったかしら?」 「だな。あっちだぞ」 リボーンが向いたほうに全員向く。せーのと合わせて、恵方巻に齧り付く。だが、一人だけ変な反応を見せて食べていく。 「んっ…!!」 綱吉だけは、何故だか涙を流して恵方巻を食べていた。ぼろぼろと涙を零しながらも恵方巻に食らいつく。実に変な様子である。 食べ終わり、水をガバガバと飲んで綱吉は叫んだ。 「母さん、これワサビいれたでしょ!!」 「あら?恵方巻にはワサビいれないの?」 のほほんと答えた奈々に、なにも言えなくなる綱吉。また、泣きそうになる。その光景をリボーンはククッとおかしそうに笑いながら、眺めている。 「笑わなくてもいいでしょ!せんせ!!」 「ククッ、さっきのお返しだぞ」 そう言われてはなにも言えない。先ほど笑ってしまったのは自分で、笑われても仕方ないと思ってしまう。 「で?すげぇ一生懸命食べてたが、余程叶えたいのか?その願い」 「え…?っっ!!な、なんでもない!!」 真っ赤になる綱吉に益々楽しそうに笑うリボーン。その二人を穏やかな表情で眺めている奈々がいた。 願い事なんて言えるはずがない。 「先生と両想いになれますように」だなんて。 2011.02.03 終 |