最初、何が起こったのかわからなかった。

突如わき道からニュッと伸びてきた手に腕を掴まれ、路地裏に引き込まれたかと思うと、目の前には見るからに柄の悪そうな浪人が三人。


「貴様!あの佐々木異三郎の女だな?!」

「我々の仲間がアイツに捕らえられたのだ!」

「大人しくついて来い!」


言葉の意味よりも声の大きさにびくつくと、三人はしてやったりな笑みを浮かべて顔を見合わせる。
こういう輩は嫌いなのにと、状況とずれた思いから気落ちした。

それにしても面倒なことになった。
異三郎さんのことだからすぐに助けてくれそうな気がするけれど、手間を掛けさせて申し訳ない。
何よりも私のことなんかで彼の仕事の時間も休む時間も削りたくない。

そうなると、腕を掴んでいる男の股間を蹴りあげて、路地裏から抜け出すしかないか。
もう一度捕まったらただじゃすまないなと思ったが、異三郎さんに迷惑をかけない為にも成功させる他ないと、気を引き締めたその時だった。

鈍い音と共に私の目の前にいた浪人が倒れた。

私を掴んでいた手は離れ、代わりに現れたのはふわふわした銀髪の男だった。
異三郎さんに似ている、思わずそう感じてしまう死んだ魚のような目が、不機嫌そうに細められる。


「おめーら人ん家の裏でギャーギャーギャーギャーうるせーんだよ」

「きっ貴様何者だ?!」

「よくもコイツを……!」

「だーかーらー」


うるせーっつってんだろーがァァァ!!と、一番うるさい声をあげた彼は、腰に差してあった木刀を抜き、一気に二人とも倒してしまった。


「……有難う御座います」

「ぁあ?」


彼と目が合うと、ふっと異三郎さんと重なってしまって、つい俯いてしまった。
いやいやこの人は異三郎さんじゃないんだから何してるの私、と思わず心の中でつっこむ。


「あー……まぁ、うるさかったから片付けただけなんだけどな」

「いえ、それでも私は助かりました。有難う御座います」


深々と頭を下げると、そんなことしなくいいっつーのと、頭を上げさせられた。


「んで……お嬢サン、一人で大丈夫か?」

「え……はい、大丈夫です」

「家こっからどんくれーよ」

「うーん……近くはないですね」

「あーまぁそうだよな」

「え?」

「あぁ、いや、なんでもねー」


本人は何か納得しているようだが、私にはわからない。
問い詰める間もなく彼は話し出す。


「送ってく」

「え?」

「遠いんだろ?これから暗くなるし、お嬢さんかわいいし、一人じゃあぶねーよ」

「えっ?!かっ、かわいくないんで大丈夫です!!」

「いやいやお嬢さんなら言われ慣れてんだろ。なに照れてんの」

「なっ、慣れてないです!!私なんか、全然……ほんと、かわいくないです……」

「……俺、なんか地雷踏んだ……?」

「えっ?!そんなことないです!全然、気にしてないんで……」

「……ならいーけど」


いやいやお前、気にしてんだろ。

不思議なお兄さんはそんな顔をしていたが、深くは突っ込まないでくれた。
やっぱり生気のないような目をしていても、よく見ているところは異三郎さんに似ていると思う。


「坂田さん?」


暫く不思議なお兄さんと歩いていると、不意に後ろから呼び掛けられた声に、お兄さんは振り返った。


「おー。土方くんじゃん」

「いや、違いますから。それ最早私じゃなく土方さんですから」


真選組の隊服に身を包んだ彼女には見覚えがある。
土方十四郎と恋仲である女性だ。
初めて間近で見たが、美人なのがよくわかる。


「可愛い女の子連れちゃって。もしかしてデートですか?」


彼女がにやりと笑って小首を傾げると、顎の辺りで切り揃えられた黒髪がさらりと揺れた。
今は片側に纏めているにも関わらず、隠しきれていない自分の癖毛を、思わず横目で確認する。


「だったら嬉しいがね、変な輩に絡まれてたから送ってこうと思ったんだよ……だけどまぁ、お前お巡りさんだろ?代わりに送ってってくんね?」

「はぁ?別にいいですけど……自分で引き受けたんじゃないんですか?下心でもあるのかと」

「ねーよバカ!……まぁ、アイツに恩売っとくのも悪くねーかなとは思ったけどよ」

「アイツ……?」


そこで私の方をじっくり見た彼女は、はっきりした二重瞼の目をパチパチさせてから、大きな声を上げた。


「もしかして!佐々木さんの?!」

「らしーぜ」

「えっ?!うっそ!めっちゃ可愛い!!いや写メ見たことあるけど!実物の威力!!」

「ほんとエリートは彼女までレベルたけーのかよ」

「いや、もうほんとにそうですよね……」

「土方くんの彼女なんて見た目はともかく中身こんなんだもんな」

「ちょっと。どういう意味ですかソレ」

「見た目はいいって言ってんだろ」

「見た目はですか」

「見た目はだな」


そこまでお兄さんと話したところで、彼女は再び私へと目を移した。


「初めまして、真選組の東郷葉月です。佐々木さんには度々お世話になってます」

「あ、私は見廻り組のお手伝いをさせて頂いていて、事務とか、身の回りのお世話をしています、福沢凛です。こちらこそ、異三郎さんのメールのお相手して頂いて、有難う御座いました」

「なに、アイツお前にまでメールしてんの」

「してましたよ。意外と楽しかったんですけど、土方さんが嫉妬しちゃって……」

「ノロケんな気色わりー。どうせそのあと不健全なことしたんだろ」

「してないですよ!!ほんと坂田さんって下品なんですから」

「んだよ。どうせアイツの前じゃ股開いてんだからいちいち処女みたいな反応すんなよ」

「女の子にしていい発言じゃないですから!!」


不思議なお兄さん……坂田さんというみたいだが、彼はどうやら東郷さんと随分仲が良いみたいだ。
しかも異三郎さんともお知り合い、となると、もしかして……。


「オイ。何してんだてめーら」

「土方さん!」

「あー嫉妬深い土方くんだぁ〜」

「ぁあん?」

「自分の彼女にメル友が出来んの嫌なんでちゅよねー」

「おまっ、なんでそれを……お前か?!」

「まぁ……話の流れで、すみません」

「一番めんどくさい奴になに言ってんだよてめーは!!」

「え〜沖田さんには言ってませんよ〜」

「いやアイツもめんどくせーけど!!」

「オイオイ、痴話喧嘩なら余所でやれよ。人前でノロケてんじゃねーっつーの」

「元はと言えばお前が言い出したからだろうが!!」

「いやいや、最初から認めればよかった話だしぃ?」


どうら長くなりそうだ。
送ってくれるというご厚意に甘えてしまったけれど、帰ってしまっても構わないだろうか。

すると、パチリと東郷さんと目があった。
ヒートアップしている二人を置いて、私の方へ来る。


「えっと……凛ちゃんでいい?」

「あ、はい。構いません」

「じゃあ、凛ちゃん。もしかして急いでる?」

「えっと……そろそろ帰らないと、まずいかなって、感じです……すみません」

「いやいや、むしろこっちこそごめんね。土方さん!」


目敏く私の様子に気付いてくれた彼女は、すぐに土方さんに事情を説明してくれた。


「こちとら暇じゃねーんだ。お前が拾ったなら責任もって連れてけよ」

「あぁん?お前の彼女暇そうだったけど何が忙しいんだよ」

「適当なこと言わないでください!私ちゃんと仕事してましたから!もう行きましょう土方さん!」


そう言うと、東郷さんは土方さんの腕を引っ張って行ってしまった。
きっと、また土方さんと坂田さんの口喧嘩が始まらないよう、配慮したんだと思う。

東郷さんはただでさえ、昔から幕府に関わる良い家柄の方なのに、見目も良く、仕事も出来るなんて、正直羨ましい。
特に家柄なんかは、どう足掻いても私には手に入れることのできないものだ。






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