ピロリン、と何度目かの携帯の鳴る音に、最初は無視しようとしていたが、痺れを切らして文句を言うことにした。


「オイ」

「なんですか?」


書類を片付けている俺の隣で、寝転がってご丁寧に充電器を差した携帯を弄る彼女が、きょとんとした顔で俺を見上げた。


「携帯、さっきからうるせーよ」

「あ、すみません」


そう言うと再び携帯へと顔を向け、素早くカチカチと動かしてからまた顔をあげた。


「今サイレントにしたんで」


その言葉を聞いてからまた書類の山に取りかかろうとしたが、元々こういう風に座って作業をすることは向いてない。
集中力も切れたらしく、新しい煙草を手にした時、ふと吸い殻で一杯になった灰皿が目に入った。
取り替えるのも面倒なので湯飲みを掴むと、既に中身はなくなっていた。


「……土方さん」

「なんだよ」

「イライラしてるからって貧乏揺すりしないでください」

「してねーよ」

「いや、めちゃくちゃ震えてますけど。土方さんアル中でしたっけ」

「ちげーよ」

「はいはい、今新しいお茶煎れて来ますね。灰皿も取り替えちゃいますから」


そのまま彼女は携帯を畳の上に置くと、すぐに立ち上がって灰皿と湯飲みを持っていった。
部屋を出る時にまたチカチカと光った携帯に、一体こんなにも誰と連絡を取っているんだと気にはなったが、目の前の書類の多さにそんな疑問はどこかへ消えていた。


「はい、どうぞ。休憩なさったらどうですか?」


戻ってきた彼女はお茶に灰皿、団子にマヨネーズを持ってきた。


「あぁ、そうだな」


今日は丸一日部屋に籠りきりの予定だ。
軽くため息を吐いて団子にマヨネーズをかけていると、彼女はひょいとまだマヨネーズをかけていない団子を手にとる。


「いらねーのか」


ん、とマヨネーズを彼女の前に出すと苦い顔で手を振った。


「私はいいですよ、土方さんどうぞ」

「遠慮すんなよ、そう言ってお前いつもかけねーだろ」

「ほんとにいいです、遠慮ってゆーか、お団子はそのままで頂きたいです、そのままの味が好きなんです」

「……そうか……」


再び自分の団子にマヨネーズをかけていると、先程光っていた携帯を手に取り、またカチカチと動かしている彼女に、消え去っていた疑問が甦ってきた。


「そういやあ、さっきから誰とそんなメールしてんだよ」

「ん〜……サブちゃんです」

「……サブちゃん……?」

「佐々木さんですよ。見廻り組の佐々木異三郎さん」

「ハァ?!?!」


どっかの白髪頭のようにやる気のなさそうな顔が浮かんできて眉間に皺が寄る。


「なんでアイツなんかと……」

「メル友なんです」

「メル友ぉ?!?!」

「佐々木さんメル友欲しいらしくて、この前交換しました」


いつの間に……つーかコイツは非番だけどアイツは仕事じゃねーのか。
仕事サボってメールすんのかよ、エリートは。
いや、エリートだから仕事の合間に上手くメールが出来るとか言いやがりそうだな。


「佐々木さんってエリートを鼻にかけてる嫌な人なのかなって思ったんですけど、メールじゃお茶目なんですよ。『サブちゃんでいいお\(^o^)/』って言ってくれましたし」


いやエリートを鼻にかけてる嫌な奴だよ、間違ってねーよ。
前に散々バカにされたことを何サラッと水に流してんだよ。


「まぁ結局会うと雰囲気違うからそんな馴れ馴れしくできないんですけど。メールじゃ随分仲良しですよ」

「……そーかよ」

「……土方さん、なんでそんなに機嫌悪いんですか?」

「悪くねーよ」

「……悪そうに見えるから聞いてるんですけど」

「元からだ」


団子の串を皿へ投げ出し、机へ向き直ると、横からジーっと見られているのがわかる。
今度こそ無視を決め込んでやろうと、書類を一枚手に取ると、不満げな声。


「土方さーん……」

「……」

「……土方さんが機嫌悪いの、私が気付かない訳ないじゃないですか」

「……」

「土方さんわかりやすいですし」

「……だったらわかんだろ」


結局堪えきれずに答えてしまった。
チラッと横を見ると少しむくれているようでもあり、落ち込んでもいるような表情を浮かべていた。


「……土方さんが佐々木さんを嫌いなのはわかりますけど。それだけじゃないですよね?」

「……さーな」

「……土方さーん」

「……」

「……」

「……あんま、アイツとメールしてんなよ」

「……」

「……」

「……土方さん」

「……なんだよ」

「……やきもち、ですか……?」

「……」

「……」

「……アイツだって、仕事してんだろ。メールなんざサボりだ、サボり。大体メル友って、お前じゃなくたっていーだろ。なんでお前な訳。親密になって何すんだよ。下心見え見えなんだよあの野郎」


そう一方的に喋ると、彼女は黙ったまま口を開かないが、きまりの悪さからそちらを見ることは出来ず、作業を続けることにした。

少しすると彼女はゆっくりと、すり寄るように俺に近付き、隊服の裾をぎゅっと掴む。
そのまま目線は壁の方へ向けたまま口を開いた。


「ありがとうございます……心配、してくださったんですよね?」

「……ったりめーだろ」


ようやく彼女の方へと顔を向けると、彼女も俺へと顔を向ける。
少し照れくさそうにしていた彼女と視線が交わり、どちらともなく口づけを交わした。


「……へへっ」


唇が離れるとはにかんだ顔で笑う彼女を見て、胸が熱くなる。
こんな真っ昼間から押し倒したい、なんて思ったのは秘密だ。



(20120331)
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