「……わたし、作曲の才能、ないのかなぁ……」 思わずそう漏らしたわたしに、トキヤくんは怪訝そうに眉を動かした。少しの間沈黙が訪れ、彼のため息と共にそれは破られる。 「またどうして、そんな考えに至ったんです?」 呆れた様子のトキヤくんの反応は予想通りで、それなのにわたしの胸にはジワリと重い何かが広がった。口を開こうとしたけれど、まとまったばかりの考えを上手く口に出来る気がしない。 最近、わたしが悩んでいることに気づいて、わざわざ聞いてくれたトキヤくんの時間を無駄にしていると思うと、結局出てきたのは謝罪の言葉だけだった。 「謝るくらいなら言わないで下さい」 「……うん。ごめん……」 「……言いたくないなら無理には聞きませんが」 「……ううん」 言ってしまいたい気持ちはある。それを聞いてもらったところでどうこうなる問題でもないけれど、一人で抱えているのはもうたくさんだった。それでも、上手く言葉が出てこない。 「……とりあえず、言ってみてください。聞いたのは私です。最後まで付き合います」 トキヤくんの優しさに思わず泣きそうになった。確かに彼は自分にも他人にも厳しいけれど、優しい人なのだということはよく知っていた。 わたしは、本当はーーー。そこまで考えて、止めた。口に出すことはもちろん、考えることすらやめておきたい。振り払うように息を一つ吐いて、ポツリポツリと話し始めることにした。 最近、曲を書くことが苦痛になっていた。いや、これには少し語弊がある。曲を書くことは嫌いじゃない。ただ、パートナーの要望通りに曲を書くことが苦痛であった。それは、パートナーである音くんと考え方が合わない訳ではなく、音くんの要望をうまく汲み取れない自分が嫌だったからだ。曲を作ってみても、なんか違うと首を傾げられることが、次第に怖くなってしまったのだ。 音くんの表現は結構抽象的で、それはいつも明確なイメージを持って曲を作るわたしを困惑させるには十分だった。わたしはどちらかと言うと理論派、と言うのだろうか。言葉で説明してくれたほうがわかりやすいのだが、音くんの場合は擬音や、なんかちょっと違う、と言った、恐らく彼の中の語彙が少ないのであろうが、曖昧な表現が多い。けれど、そんな彼の語感を読み取れないわたしには、作曲は向いてないのかもしれないと思った。 音楽は理論ももちろん大切だが、感性もとても大事だ。自分でも上手く表現出来ない想いなどを、音楽にすることで伝えることが出来る。それなのに、どうして音くんのイメージを汲み取ることが出来ないのだろう。もっと明確に伝えて欲しい、なんて、元から明確さなんて曲には存在しないのだ。悪いのは全部わたしだということは、よくわかっている。せっかくパートナーになって欲しいと言ってくれた音くんの期待に応えられず、むしろ迷惑をかけているなんて、情けなくて仕方ない。 「……そういうことですか」 わたしの話を一通り聞いたトキヤくんは、少し眉を顰めたまま、特に表情を変えなかった。どう思われているんだろう。そう考えているだけで心臓が痛くて、もやもやしていたことを吐き出したのに、すっきりしなかったどころか、言う前よりも苦しくなっていた。後悔が募って涙が零れそうになると、トキヤくんの言葉が寸前でそれを止めた。 「まだお互いの、曲に対する想いが重なっていないだけではないですか?」 「……え?」 「もっとたくさん、分かり合えるまで話してみたらどうです?音也の持っているイメージと、君の持っているイメージが、きっと重なり合うはずです」 「……トキヤくんは、そうしてるの?」 「はい」 「そっか……じゃあ、これでよかったんだね」 「どういう意味です?」 つい出てきてしまった言葉に疑問を投げかけられてしまった。自分でもしまった、と思ったが、やはりその問いに正直に答えることはできそうもなかった。 「……そのままの意味だよ」 「そうやってはぐらかすのは君の悪い癖です」 トキヤくんの口ぶりも、視線も、到底今の発言を流してくれる気はなさそうで、それでもシラを切り通そうと口を開きかけた時、「一ノ瀬さん」と彼を呼ぶ声が割って入ってきたお陰で助かった。なのに、それは彼と話す時間に終わりを告げてしまうものでもあって、少し沈んでしまった心に怒りさえ湧いてきた。なんでわたしは、こんなことを思ったりするんだろう。この感情は持っていてはいけないものなのに。どうして。いつまで経っても捨てることができやしない。 彼の名前を呼んだ、彼のパートナーである彼女と、彼が話している会話は、自分に精一杯なせいで耳を通り抜けてしまって、何を話しているのか理解できなかった。わたしの声以外何も聞こえない中、トキヤくんに名前を呼ばれて、再び世界の声が認識できるようになったと思うと、わたしにとっての彼がどれだけ大きいかを知らしめされたようで、どうしようもない気持ちに涙が出そうになった。 「ん?なに?」 我ながら、不自然な間もなく、返事が出来たと思う。二人とも怪訝がったりはせず、むしろ楽しそうな顔をしていたので、どうしようもない疎外感をこちらが覚えただけだった。 「そういうことですから、失礼しますね」 「ごめんなさい。邪魔してしまって」 「いえ、いいんですよ。早い方がいいでしょう」 何がそういうことなんだろう。さっきまでわたしのことを問い詰めようとしていたのに、結局わたしなんて。今だって、わたしは返事をしていないのに、二人だけで話が進んでしまっている。 あのまま問い詰められていたら困ったくせに、まだ問い詰められた方がよかったなんて思ってしまうんだから、なんて都合のいい。自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。 そこからはあんまり記憶がないけれど、おそらく笑顔で了承して、お互いがんばろうなんてことを言いあった気がする。がんばらなきゃ。がんばらなくちゃ。わたしの夢だけじゃない。音くんの夢だってかかってる。二人で、がんばらなくちゃ。 今更後悔はしてない。違う、最初から後悔なんてしないと思って決めた。今だってしてるのは後悔じゃない。それでも、もし違う道を選んでいたら、どうなっていただろうかと。思ってしまう。 もし、音くんの誘いを断っていたら。もし、トキヤくんにパートナーになって欲しいと頼めていたら。 わたしとトキヤくんの、曲作りの相性は良いと思う。正直、わたしと音くんの相性よりは。でも、わたしとトキヤくんより、彼女とトキヤくんの方がいいんじゃないか。彼女には、わたしは勝てない。そう思ってしまった。だから、これを機に、彼への恋心も捨てようと思っていたのに。日に日に増していく感情に、心が押しつぶされてしまいそうだ。 でも、これでよかったんだよね。トキヤくんと彼女はうまくいっているし、きっとわたしと音くんだって、うまくいく。だから、トキヤくんと組みたかったんだよ、なんてことは、考えることすらやめるんだ。 (20140506) ×
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