中学を卒業してから10年が経った。バスケに一心に取り組んでいた毎日や、アイツのことが好きだった毎日は、まるで昨日のことのように蘇るのに、もう10年。早いものだ。

 虹村がそう思いを馳せる隣で、最近の出来事を語る名前の薬指には指輪が光る。二人きりで飲みに来ている訳だが、名前の夫であり虹村の可愛い後輩でもある赤司は、もちろんこのことを把握している。夫である余裕、名前と虹村への信頼、等々から反対せずに送り出したのであろうが、相変わらず赤司には敵わないなと自嘲的な笑みを浮かべた虹村に、ずっと喋り続けていた名前が気づいた。

「どうかした?」

「いや?幸せそうで何よりだってことくらいだ」

「えへへっ、まぁね」

 名前にこんな顔をさせられるのは赤司だけだ。ということに虹村が気づいたのは、赤司と名前が付き合い始める前からで、告白する前に失恋が決定していた彼は、今まで名前に想いを伝えようなんて思ったことはなかった。
 中学時代のかわいい想い出だ。と、思っていたのだが、それだけにしてはいつまでも虹村の中で色づいていて、消えなかった。今でも好きなのか、と聞かれると答えに困るが、名前が今も自分の中で特別な存在であることは確かだった。だが、彼女も結婚をしたし、自分もそろそろそういうことを考えたりもしている。いい加減、どこか心に残っているわだかまりを消してしまいたかった。どうせ赤司は、オレがそう思ってることもわかってるんだろうな。
 虹村の中で最後に会った時の赤司の姿が思い浮かぶ。純白のタキシードがよく似合っていた。結婚式以来会ってはいないが、赤司には虹村の考えなんてお見通しであろうと。
 実際、その通りだった。いくら名前と結婚したからと言って、自分の大事な妻を他の男と二人きり、ましてお酒の席に行かせることなどしたくない。だが、相手は虹村である。一番名前と長くいた中学時代でさえ、虹村は名前に想いを告げることはおろか、そのようなことを匂わせる言動さえなかった。卒業までずっと、名前の友人を演じ続けたのだ。そんな彼を信頼していないわけがない。名前から虹村に誘われた旨を伝えられた時、赤司はすぐに行ってきていいと答えた。

「やっぱりさ、今日なんか変じゃない?」

「あ?だから変じゃねーって。つーか…」

「なに?」

「…オレさ、中学ん時ずっとお前のこと好きだったんだけど、気付いてた?」

「は!?」

 我ながら突拍子もないな、と驚きに染まる名前の顔を見て虹村は思った。至って冷静そのものでいられるのは、いつだって冷静な赤司のことが思い浮かんだからだろうか。不思議と言いづらいという気はしなかった。

「えっ!?いつから!?てゆーかなんでそんな冷静なの!?!?」

「まー昔の話だし?いつからなんて覚えてねーよ」

「なんでそんな…突然…」

「それは…なんか言いたくなったから?」

「何それ!?そんな感じで言うものなの!?」

「いや…お前も結婚したし、一区切り?みたいな。ずっと言うつもりなんてなかったんだけどよ、誰にも何も言わなかったからか、今までどっかしら引っかかってたっつーか…」

 自分でも下手くそな説明だな、と虹村は思ったが、名前は真剣に話を聞いてくれている。嬉しい反面、その顔を崩したくなった虹村は、名前の髪の毛をわしゃわしゃと崩した。

「ちょ!何すんの!?ボサボサになっちゃうじゃん!」

「んな真面目な顔で聞くような話じゃねーんだよ。酒の席で、久々にあった同級生に、昔の恋愛話をしてるだけだ」

 そこで虹村はテーブルに肘をついて笑った。

「気づいてなかったんだろ?それでよかったんだよ。オレは気づかせたくなかったし、赤司のことが好きなお前とどうこうなろうなんてこれっぽっちも思ってなかった。ただ、お前のことが好きだった中学時代、悩みも色々あったけど、楽しかったよ」

 昔を懐かしむような顔でそう言う虹村に、つい名前は目を引き寄せられた。

「それを、やっぱりなかったことにしたくなかった。それだけだ。だから、今日はわざわざありがとな。赤司にも言っといてくれ」

「えっ!?どうゆうこと!?」

 今日虹村がこの話をする為に自分を誘ったのだと、赤司は知っていたのかと名前は驚いた。

「さぁな。ま、気づいてただろ。赤司だし」

「……」

 どうだろう、と考え始めた名前を、虹村は慈しむように眺めてから立ち上がった。

「じゃ、そろそろ帰るぞ」

「えっ!?」

「旦那様も心配してんだろ」

 つーか、外で待ってたりして。そう考えた虹村の予想は見事に当たり、驚いた様子の名前を微笑んで出迎える赤司がいた。

「お久しぶりです、先輩。随分早いですが、もう大丈夫なんですか?」

「あぁ。つーか、随分早いのにもうここで待ってたってことは、大体予測ついてたんだろ。じゃなきゃ、相当コイツのことが好きってことか?」

「半々、ってところですかね」

 赤司の言葉に名前の頬が朱に染まる。一回でも、オレが名前にこんな反応をさせたことがあるだろうか。もちろんない。虹村がそのことに羨ましいだとか、そういう感情を抱かなくなったのは、今が初めてだった。
 思わず浮かんだ清々しい笑みで、二人に別れを告げた虹村は、すぐに背を向けたから気付かなかったが、この時初めて名前も、虹村の笑顔に見惚れてしまっていた。

「いひゃいっ!」

 それに気づいた赤司が、名前の頬をぎゅっと摘まんだ。

「名前は誰の奥さんだ?」

 ムッとした顔の赤司を見るのは稀なので、驚いた名前の耳元に唇が寄せられる。

「帰ったらたっぷり教えてあげるよ」

 その言葉に酷く動揺した名前を見て、やはり彼女のこんな顔を見れるのは自分だけだと、赤司は満足げに笑った。


(20131021)
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