高尾くんが3話目の後、もし一緒に帰れなかったら、というもしものお話です。


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一緒に帰ってみる、なんて緑間に言ったものの、結局自主練の後には彼女は既に帰ってしまっていて、緑間には蔑んだ目で罵倒された。


「今誘えなければ今後も誘える訳がないのだよ」

「今日はタイミングが悪かっただけだって!また明日チャレンジするからいーんだよ」

「ふん」


緑間相手だったら例え後ろめたいことを言われたとしても、するすると返す言葉が出てくるのに、あの子の前だとどんなに普通の会話でも、全くと言っていいほど言葉が出てこない。
自分でも本当に情けないと思うので、緑間の視線をとても痛く感じた。

そして、緑間の忠告よりもより深刻な問題がオレに襲いかかってくることになる。
最初の数日は気付かなかったのだが、1週間ほど経って、もしかして、が実感へと変わっていった。


「……ねぇ、真ちゃん」

「なんだ?」

「オレ、もしかして……避けられてる?」

「そのようだな」


シラっと答えた緑間は肯定を示したので、やっぱりか、と絶望的な気持ちに襲われた。
いつもだったらオレが近くに居たら、こちらを向いて挨拶やらなんやら話しかけてくれる彼女が、ただ挨拶をしなくなったという訳ではなく、オレが近くに居るという状況を避けるようになった。
そうしたら挨拶も何もあったもんじゃなく、関わりは0になる。
なので、つい彼女に目をやる回数が増えると、前はオレから反らすことが多かったから、目がしっかり合うようになった。
しかし、以前は中々合うことなんてなかったけれど、ごくたまに目が合うと笑いかけてくれたり、話し掛けてくれたりがあったのだが、今は慌てたように逸らされてしまう。
元々は自分が彼女を避けていたくせに、いざ避けられるとこんなに辛いものか、こんな思いを彼女にさせていたのかと思うと、後悔やらやるせなさやらでいっぱいになる。


「自業自得なのだよ」

「ごもっともデス……」


元々オレの態度は彼女を嫌っているように見えただろうから、いずれ話し掛けてくれなくなるかもしれないという危惧はあったが、でも。


「なんでいきなり避け始めたんだ……?」

「知らん」


ピシャリと素っ気なく返事を返されたが、もしここで緑間が理由を知っていたとしたら、それもそれで複雑だ。
彼女がオレの態度を気にして緑間に相談してから、よく2人で話すことが多くなっているのを知っている。


「……オレ真ちゃんになりたい」

「気色の悪いことを言うな」


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高尾くんに話しかけ辛くなった。
いきなり何を喋ったらいいのかわからなくなって、彼を前にして笑うことも、緊張で強張ってしまって難しそうだった。
なので、なるべく彼を自分の視界から外すように心掛けた。
高尾くんと仲良くなりたいという気持ちは、未練がましくもまだあるというのに。

この前、高尾くんに一緒に帰ろうと誘うことが出来ず、結局他の子と帰るのを黙って見送ってしまってから、何故だかとても胸が痛むのだ。
前々から私以外の子とは仲良くしているから、寂しいという気持ちはもちろんあったのだけれど、その比ではないくらい、現実を改めて思い知ったとでも言うのか、私には彼と仲良くなることは出来ないのだと、まざまざと思い知らされた気分だった。

高尾くんのことを考えると結局結論は出ないから、ため息ばかりが口から出る。
そのため息に先程から身体に感じる倦怠感が増したように思えて、またため息をつきたくなった。
口から出る息も、身体も、今日はなんだか熱っぽいと、起きた時から気付いていたのだが、授業を受けれない程ではないので学校に来た。
ところが、登校中に気怠さが増したように思い、気の持ちようだと自分を誤魔化して授業を受け続けたが、そうもいかなくなってきた。

前の時間が移動教室だったのだが、そこに忘れ物をしてしまった事に気が付いて取りに戻った時だった。
授業まで時間がないと、慌ただしく階段を駆け降りると、身体中の体温が一気に下がったかのようにぞくりとして、ふらつく。


「オイ!」


倒れ込みそうになった私を、慌てた様子で支えたのは緑間くんだった。
驚いている私を厳しい顔で見る緑間くんは、私の額に手を当てるとますます顔を顰める。


「熱があるな」

「あー……やっぱり?」

「何をふざけているのだよ。自分の体調もわからないくらいオマエはバカなのか」

「う…ごめんなさい……」

「保健室に行くぞ」

「え、いや、だいじょうぶだよ!」

「大丈夫な奴はふらついて倒れたりなどしない」

「ほんと!だいじょうぶだから!」


このままでは連行されてしまうと、そのまま歩きだそうとすると、緑間くんの腕が腰に伸びてきて、私を片腕で抱えあげた。
足が宙に浮いて不安定な状態に恐怖し、思わず悲鳴を上げたが、緑間くんは意にも介さない。


「きゃあああ!こわい!まって!こわい!」

「なら大人しくしていろ」


鳥肌が立ちそうなくらい怖かったので、その言葉に従って大人しくすると、緑間くんもこのままじゃ私を持ちにくいのか、少し悩んだ様子を見せたあと、私の膝の裏辺りにもう片方の手を回し、お姫様抱っこ状態にしてしまった。


「えええええ!まって緑間くん!はずかしいってば!!」


スカートが重力に従ってだらりと下がっているせいで、下着が見えてしまうので、手で押さえながら降ろしてと訴えるも、緑間くんは聞く耳を持たずにずんずんと進んで行く。
途中でクラスメイトを見かけると、私を保健室に連れて行くから授業に遅れると伝えてくれと、律儀にお願いまでしてしまう。
頼まれたクラスメイトは吃驚した顔をして私と緑間くんを見比べていた。
廊下にはまだチャイムは鳴っていないから、生徒が普通にいる訳で、その中を突っ切って行く恥ずかしさに顔から火を吹くとはまさにこのことだと思った。

保健室に着いて熱を測ると、先生はやはり早退する?と聞いてきたので、大丈夫です!と元気よく答えたところ、緑間くんに睨まれた。
思わず畏縮した私に先生は笑って、倒れそうになったなら早退すべきだよ、と言った。


「でも…部活あるし……私が休んだら、ただでさえ人が足りないのに……」

「全く、それで部員に風邪を移すよりはマシなのだよ」

「あ……そっか……そうだよね……」

「授業が終わったら荷物を持ってくる。それまで大人しくしていろ」

「えっ!?そんな、自分で取りに行くからいいよ!」

「ふらふらしていた奴が偉そうな口を叩くな」


ぴしゃりと言われてしまうと、返す言葉もない。
先生もお言葉に甘えなさい、と言うので、仕方なくお願いすることにした。
それまでベッドで横になっていることになり、目を閉じると、すぐにうつらうつらと意識が遠のいていった。


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不意に意識が浮上すると、頭を撫でられている感触がして、何とはなしに目を開ける。
バチリ、と思い切り目が合ったのは、目を見開いた高尾くんだった。


「えっ…!?」

「あ、わ、ワリィ」


バッと目を反らされて謝られたけれど、開いた口が塞がらない。
何故だか込み上げる恥ずかしさを隠すように、口が隠れるまで布団を持ち上げた。


「な、んで、ここに……?」

「いや、緑間が……その、荷物…持ってけって……」


緑間くんが?と、頭に浮かぶクエスチョンマーク。
荷物を持ってきてくれるとは言っていたけれど、面倒になって高尾くんに押し付けたのだろうか。
もしくは、高尾くんに嫌われてるって相談をしてたから、話すきっかけをくれたのかもしれない。
どちらにせよ、優しいから高尾くんは承諾してくれたのだろう。
途端に申し訳なくなって、ただ謝るしかなかった。


「ご、ごめんね…私、自分で取りに行かなくて……」

「いやっ、んなことねーって。熱、あるんだろ?」


相変わらずあんまり目は合わせてくれないけれど、ぎこちなくこちらの様子を見ながら、話す言葉はいつもより多い。
嬉しかったけれど、こちらも気まずかったのを思い出してしまうと、すぐに高尾くんの顔から目をそらしてしまった。


「あ、うん……でも、別に自分で持ってくるくらいはできたから、ごめんね」

「いや……ほんと、大丈夫だから…」


そこから今までにないくらい気まずい沈黙が広がる。
彼とこの場にいるだけで、熱が出て体温が高いのもあって、汗をかいてしまいそうだった。
ごまかすように起き上がると、高尾くんがおずおずと片手を差し出してきた。


「え……」

「あ、いや、嫌だったら、別に……」


高尾くんの声のトーンが段々と下がっていきながら、目線はいっそう反らされながら、そう言われた。
この前、緑間くんに手を掴まれた時は恥ずかしさをあまり感じなかったのに、高尾くんの手を取ることはとても恥ずかしく感じて、汗ばんでしまった手をさりげなくシーツに擦り付けてから手を握った。


「……ありがとう」

「お、おぉ……」


荷物は持つ、と高尾くんが言い、そのまま手を繋いだまま昇降口へ向かった。
もちろん最初は断ったのだが、先に高尾くんがカバンを持ってしまっていた為、取り返す元気もなくお願いしてしまった。
昇降口へ向かう途中、運良く知ってる誰かとはすれ違わなかったが、知らない誰かしらにはすれ違う訳で、その度に心臓がバクバクと動く。
高尾くんの顔はそっぽを向いていて、何を思っているのか確認することはできない。


「じゃあ…ここで…」

「…あー……送る」

「え…?でも、授業…」

「別に、いいって。心配だから」

「ええっ!よくないよ!私なら大丈夫だから」

「……オレが、よくない」

「え?」

「オレ、が……送りたいだけだから…」

「……えっ、と……」


赤くなってそう言った高尾くんにつられて私も顔が熱くなる。
嬉しい、けど、今の私じゃ高尾くんと上手く話せる気がしなくて、もうこれ以上、高尾くんに嫌われるのは嫌だ。
それでも、このまま断っても高尾くんは優しいからついてこようとするだろう。
だから、ずっと思っていたことを、言ってしまうことにした。


「……でも、高尾くん……私のこと、嫌いでしょ…?そんな、気を遣わなくても……大丈夫だよ?」


そう私が言ってしまえば、知られているのならと、高尾くんも送る気なんて起きないだろう。
自分でそれをし向けたくせに、心は痛くて眉を下げて笑った。


「それじゃあ……」

「待って!」


高尾くんの手から離れようとしたら、大きな声でそう言われ、手をぎゅっと握られる。
それにカアッと体温が上がってしまい、身体が固まってしまった。
一方の高尾くんも私の反応を目にすると、顔を真っ赤にして吃る。


「あっ、いやっ、そのっ……あのっ……きらいじゃ……ない……」


どういうこと?と言う風に高尾くんを見上げると、高尾くんは目線を宙に彷徨わせたあと、意を決したようにジッとこちらを見た。
高尾くんにこういう風に見られるのは初めてで、手を握られているにもかかわらず、思わず一歩下がってしまいそうになった。


「……あの、今まで、誤解させるっつーか……ひどい態度、取ってごめん。自分がしたくせに、いざされる側になると、スゲーひどいことしたんだなって、改めて思った。ごめん」

「……でも、私も同じようなこと、しちゃったから……」

「いや、それはオレが原因だろ?むしろ、いろいろ、素っ気なくしてたのに、挨拶とか、してくれて……その、全部緑間から聞いちゃったんだけど、オレと仲良くなりないって、思ってくれてるの知って、メチャクチャうれしかった……し、オレも……仲良く、なりたい……ってゆーか……その……」


高尾くんは段々と最初の勢いがなくなって、目が泳ぎ始める。
気になって聞きたいこともあったけれど、まだ言葉の続きのようなので口を閉じたままでいると、高尾くんが息を吸って吐き出す音がよく耳に響いた。


「……オレと、付き合ってください」

「……え、」

「いや、その、急だし、なに言ってんだって感じだと思うんだけど……その、好き、だから、緑間と手繋いで帰ってたのも。さっき、お姫さまだっこされて連れてかれたってのも。スゲー嫌で、緊張して喋れないくせに、他の男と喋ってんの見ると、やっぱ、気になるっつーか……妬く、っつーか……ごめん、ほんと、困ると思うんだけど。オレ、好きだ、やっぱり」

「……高尾くん、私のこと、嫌いなんじゃ……?」

「や、嫌いじゃ、ない。そう誤解される態度、取ってたと思うけど、ほんと、なに喋ったらいいかわかんなくて、緊張して、自分でもんなキャラじゃねーっつうか、おかしいのわかってんだけど……ごめん」

「う、ううん……」


あの誰とでも分け隔てなく接して、気さくに話す高尾くんが、私と話すことにそんなに緊張するなんて、中々信じられない。
けれど、高尾くんの紅潮した頬を見れば、それが嘘じゃないということを物語っている。

私の気持ちはどうなんだろうか、考えてみればすぐにわかることだった。
高尾くんが他の女の子と帰ってしまった時、自分でも訳がわからないくらい胸が痛んだ。
今だって高尾くんが荷物を持って来てくれて、申し訳ないと思う反面とても嬉しかった。
手を繋いでいるだけで、聞こえてしまいそうな程にうるさい心臓の音は。


「……私、も、高尾くんのこと……すき、です……」

「……え……」

「……」

「……マジで……?」

「……うん……よろしく、お願いします……」


高尾くんの顔が見ていられなくて俯くと、掴まれていた手がぐいっと引っ張られて、気づいた時には彼の腕の中に捕らわれていた。
恥ずかしいと言っていた割に、積極的じゃないか、と思ったが、すぐ耳に響いたのは、ドクンドクンと早い、心臓の音だった。


(20121226)
リクエスト有難うございました。
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