昔から、男の子とは余り絡みがなく、話しかけることはもちろん、話しかけられることも少なかった。
そんな私に、たまたま彼の好きな本を読んでいたため、赤司くんから話しかけられた。

男の子とは会話する機会が滅多にないから、いつもは緊張してしまったり、上手く話せなかったりして、楽しいなんてことは思わないんだけれど、赤司くんは何故だか話しやすく、楽しかった。
赤司くんは真面目で、勉強でもスポーツでもなんでも1番で、本当に凄い人。
いつでも堂々としているし、勝手なイメージで少し怖い人なのかな、と今までは思っていた。
けれど、誰かと対話する時はこんなに柔らかな雰囲気を纏うんだと、初めて知ったのである。

それから、赤司くんとは度々会話をするようになって、淡い恋心なんてものを彼に抱くようになった頃だった。
赤司くんは気になる女の子がいるんだ、と私に想いを溢した。
その子は、赤司くんのように容姿も勉強もスポーツも完璧で、凛として華のある、所謂高嶺の花と言われるような女の子であった。
赤司くんは勉強でその子に負けたことはないけれど、良いライバルとしてお互いに認識しているらしく、よく会話しているのを見かけていた。
そんな子に私みたいなのが到底敵う訳ないと、私の初恋は儚く散ってしまったのである。


「まぁ、気になるというのは、少し表現が正しくないかもしれない」

「え?」

「彼女は僕と似ているから、話していてよく理解が出来るし、心地が良い」

「……なら、好きなんじゃないのかな?」


少し胸を痛めながらそう返すと、赤司くんは軽く眉根を寄せて否定しようとした。
だが、途中で言葉に詰まって私をジッと見つめると、その言葉を飲み込んでしまう。


「だが、心地良いのは……いや、なんでもない」

「?」

「よく考えてみることにするよ」

「うん?まぁ、そうだね。何か引っかかるなら、よく考えた方がいいかも」


なんて、当たり障りのない言葉に含まれているのは、赤司くんが彼女のことを好きな訳じゃなかったらいいのに、という私の願望で、私はまだ、赤司くんへの恋心を全然捨てられていないのだ。
そんな自分に軽い自己嫌悪が襲いかかり、ため息をつきそうになったところで、どうかしたのか?と、赤司くんはすぐに私の異変に気がついた。


「……そんなに私ってわかりやすい?」

「さぁ。他の奴がどうかは知らないが、少なくとも僕にはわかるな」


そう言ったときに浮かべていた笑みがとても優しげで、それをあの彼女は私よりたくさん見ているのだろうと思うと、少し悔しく思った。
そんなことは当たり前で、今後、更に赤司くんの色々な表情を見ることができるのも、私ではなく彼女だというのに。


「……うーん。恋って難しいなぁって、思っただけだよ」

「……僕ばかり話していたな」

「え?」

「苗字は、好きな誰かがいるのか?」


赤司くんに真っ直ぐに聞かれてしまって、言葉に詰まった。
いない、と答えるのは嘘をついているのと同じで、赤司くんに嘘はつきたくない。
けれど、正直にいると答えても、赤司くんは誰を気になっているのか教えてくれたのに、私は教えることができないから、とても後ろめたい。
それに、もう失恋しているのは決まっているのだから、諦めようとしている訳で、いると答えるのも正しいものかよくわからない。


「……いる、かな」


結局、曖昧な答えをしてしまうと、やはり赤司くんに指摘された。


「曖昧だな」

「ごめん……」

「いや、謝って欲しい訳じゃない。ちょっと気になっただけだ。言いたくないなら別に構わない」

「ごめ、」

「だから謝るな」


もう一度ごめんね、と言い終わる前に赤司くんに先回りして止められた。
彼は呆れたようにため息をつくと、先程と同じ言葉をまた繰り返した。


「謝って欲しい訳じゃない、と言っただろう。ただ、何か悩んでいるようなら、力になりたいと思ってる」

「赤司くん……ごめ…じゃなくて、その……ありがとう」


ついついまた謝りそうになると、赤司くんの厳しい視線に咎められて、慌てて代わりの言葉を探してありがとうと言った。
すると彼は満足気に頷き、またいつものように普段の整った表情を浮かべた。


「当然のことだ」

「ううん、そんなことないよ…ありがとう」

「……まぁ、謝られるよりはいいか」


赤司くんはそう言うと、柔らかく笑った。
この笑顔が私は大好きで、せっかくそんな彼から力になりたいと言ってもらったのに、黙ったままでいるのはとても勿体無く感じた。
それに、彼だったら私が言いたくないことや言えないことを、追求したりはしないだろう。
それは私に興味がないからじゃなく、優しさゆえに聞いて来ないのだとわかれば、落ち込む理由もない。


「……あの、詳しくは話せないんだけどね」

「別に、無理して言うことでも、」

「ううん…聞いてもらいたいの」

「…そうか。わかった、聞こう」

「あの、ね……告白はしてないんだけど、失恋しちゃったの。好きな人がいるんだって。だから諦めたいんだけど、中々諦められなくて。その気持ちって、もし赤司くんだったら、迷惑?」


私がもし逆の立場で、私は赤司くんのことが好きだけど、誰か他の男の子が私を好きだと思ってくれていたら、迷惑だとは思わない。
ただ、結局それは私だったらの話で、赤司くんがどう思うかは赤司くんにしかわからない。


「僕は、迷惑だとは思わない。僕の生活に支障がでる訳じゃなければ。だが、気持ちには応えられないと思う」


もし赤司くんだったら、という前提で聞いた、ただの相談で、私が赤司くんに告白した訳じゃないのに、改めてフられてしまったような気持ちになるのは、やはり好きな相手に直接聞いてしまったからだろう。
間接的にフラれてもショックなのだから、直接フられたら絶対立ち直れない、と目の前の赤司くんが白黒に色褪せていく様に見えるのを、ぼんやりと眺めながら思った。


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「時間を取らせてしまって悪いな」


翌日、朝から私の元へ来ておはよう、と挨拶してくれた赤司くんから、放課後少し時間を取れるか?と聞かれた。
赤司くんからの誘いを私が断る訳がなく、迷うことなく首を縦に振った。


「ううん、大丈夫だよ。赤司くんこそ、部活は?」

「大丈夫だ。大事な用があるから遅れると伝えておいた」

「えっ!?そんな大事な話なの?」

「あぁ。まぁ、部活に遅れてまで時間を取るべきではなかったかもしれないが、すぐに伝えたかったから仕方がない。本当は朝、教室で会った時でも良かったんだが、僕は良くても苗字が嫌かもしれないし、昼休みはミーティングで2人になる時間がなかったから、今しかなかった」


今日を振り返るように宙へと向けていた赤司くんの目が、言い終わると同時にこちらを向いて緊張した。
赤司くんが私に、そんな急で大事な話なんて、一体なんであろうか、少しも予想できなかった。


「昨日言っていた通り、一晩よく考えたんだが」

「うん」

「彼女のことは好きじゃなかったみたいだ」

「えっ…えっ?」

「確かに彼女と話しているのは楽しいんだが、抱き締めたいとかキスしたいとか、そういう感情は全くないことに気が付いた」


赤司くんは私の動揺を全く気にせずに、淡々とそう言葉を続けた。
その内容がしっかり私の中に着地すると、身体の力が一気に抜けた気がした。


「……そっかぁ」


安堵して緩みそうになる頬に力を入れたいけれど、うまくいかない。
なんとか隠そうと俯いた私の耳には、やはり落ち着いたままの赤司くんの声が聞こえた。


「あぁ。それでようやくわかったんだが……どうやら僕は苗字が好きなようだ」

「……え?」


驚いて顔を上げると、優しく微笑んでいる赤司くんが目に入り、頬を染める。
恥ずかしくてまた俯こうとすると、赤司くんの手が頬に伸びてきてそれを拒んだ。


「苗字と話している時間が好きだとは、前から思っていた。だが、自覚した途端にこんなに愛しく、触れたくなるとは思わなかった」


頬を撫ぜる手がこそばゆくて首を竦めると、赤司くんの親指が私の唇をなぞった。


「あ、かしくん……」

「っ、すまない」


パッと手を離すと、彼にしては珍しく、少々慌ただしげに席を立った。


「う、ううん、そんなことないよ」


頬を紅潮させて眉を寄せている赤司くんはなんだか可愛かった。
普段の赤司くんの雰囲気はとても落ち着いているから、童顔だというのにとても同い年とは思えないのだが、初めて年相応らしい顔を見たと思う。


「ちょっと、くすぐったかっただけで……嫌じゃないよ」

「苗字……」


再び伸びてきた手が私の髪の毛に触れたところで、嫌じゃないとは言ったものの恥ずかしさはあるので、ぴくり、と反応してしまった。


「……本当に、嫌じゃないのか?」

「うん……恥ずかしい、けど……私も、赤司くんが好きだから……」


私の言葉に赤司くんは目を見開くと、その後に少しだけ赤い頬のまま、柔らかく優しく微笑んだ。


「僕も好きだよ。名前」


(20121220)
赤司くんお誕生日おめでとうございます。
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