そもそも彼との出会いというか、彼を知ったきっかけは、幼なじみの緑間真太郎くんの試合を観に行ったことでした。
真ちゃんは学校も違うし、強豪のバスケ部に所属していて、全然戯れる時間がありませんでした。
そんなある日、真ちゃんの家に遊びに行ったら、真ちゃんは試合だと言うものだから、いつになったら真ちゃんとお話出来るのだと駄々を捏ねた私に、「退屈かもしれないが、試合、観にくるか?」と、一度も招待してくれたことのなかった彼の試合に、招待してくれたのです。
正直、ただ暇だったから真ちゃんとお喋りしたかっただけなのだけれど、真ちゃんの勇姿を見るのも悪くはないかと、軽い気持ちで試合を観に行きました。

そこで、黄瀬くんに一目惚れ、なんてことはなく、私が一目惚れしたのは青峰くんでした。
バスケと一体になっているかのような彼に、心底惚れ込んでしまい、それからというもの、青峰くんの出る試合はほぼ毎回観戦しに行くようになります。
ちなみに、恋愛感情の好きではなく、ただのファンとして彼が好きで、黄瀬くんファンに負けず劣らずな、盲目的とも言えるようなファンでした。


「あれ!?緑間っち!?え!?彼女っスか!?」


真ちゃんと試合会場まで行く途中に、私は初めて黄瀬くんと出会いました。
モデルをやっている彼はとてもイケメンだと思うのですが、私のタイプではないのと、何より私には青峰くんが一番かっこよく見えるのとで、そんなに感動はありませんでした。


「ただの幼なじみなのだよ」

「へー!でも、緑間っちが女の子をねー。幼なじみから始まる恋とか!」

「ない」

「即答!」

「大体、コイツが好きなのは青峰なのだよ」

「ちょ!?真ちゃん!?」

「え!?青峰っち!?っていうか、真ちゃんって…!ぶふぅっ!」

「死ね」

「ヒドイ緑間っち!」


真ちゃんにこんなに仲がいい友達がいるのは嬉しいけれど、私が青峰くんのことを好きだなんてそんな簡単に言われたら困ります。
黄瀬くんはどうやら私に興味が湧いたのか、話しかけて来ちゃいました。


「どうして青峰っちを好きになったんスか?」

「え。試合見たら、もう、ほんと、かっこ良くて…痺れました……!」


あまり取り乱さないように答えようと思ったのに、ついつい言葉一つ一つに熱が篭る。
しかし、黄瀬くんもそれには賛同したようで、目をキラキラさせながら話に乗ってくれた。


「わかるっス!めちゃめちゃかっこいいっスよね!オレ青峰っち見てバスケ始めようと思ったんスよ!」

「見る目あるね!ね!かっこいいでしょ!どこからでも入っちゃうシュートも、あのドリブルセンスも!ほんとかっこよくて惚れないわけがない!」


興奮してる私と黄瀬くんをくだらないという様な目で見る真ちゃん。
そんな中、私と黄瀬くんは青峰くんへの羨望から、一気に仲良くなったのでした。
連絡先まで交換してしまい、試合の後は感想を言い合ったりしている内に、休みの日は出掛けたりまでするような仲になりました。
そして、段々と黄瀬くんは不満を漏らすようになります。


「オレのことはほんっと見てくれてないんスね」

「だって私、青峰くんしか見えないもん」

「青峰っちにはバスケと巨乳しか見えてないっスよ」

「うるさいなぁ!バスケは全然いいけど、巨乳……巨乳……」


自分の胸は一応標準サイズの筈なのだけれど、青峰くんの幼なじみの桃井ちゃんの胸を見たら、青峰くんの満足のいく巨乳はあれくらいなんだろうと、絶望したことを覚えている。
黄瀬くんは唇を尖らせて、オレだってかっこいいのに、なんてぼやく。


「黄瀬くんもね、かっこいいと思うよ。でも、青峰くんの前ではみんな霞んでしまって……!」

「青峰っちと話したことあってもそこまで心酔出来るなんて、ほんと目霞んでるっスよね」

「黄瀬くんって実は結構黒いよね」


確かに、バスケが上手いのと性格はまた別だから、青峰と話したら〜なんて真ちゃんにも言われたことがありました。
その後、青峰くんと知り合える機会があって、話すことも何回かあった訳なのですが、それでも私は青峰くんに盲目的なようで、話せたその日は一日幸せなほど、やはり大好きです。


「まぁ、黄瀬くんにはファンがたくさんいるんだからいいでしょ。私は少ない青峰くんファンがドン引きするほど青峰くんを愛すよ……はぁ、好き」

「もう、なんでわかってくれないんスか」

「えー?」

「オレは他の誰より名前っちに応援してほしいんスよ」


いじけてしまった黄瀬くんは、そのままそっぽを向いてしまいました。
それが可愛くてついつい笑ってしまうと、更に機嫌が悪くなってしまいます。


「応援なら黄瀬くんのこともちゃんとしてるってば!ごめんね?」

「でもオレのこと見てないじゃないっスか」

「やだなぁ。本当にそんな訳ないでしょ。見てるよ、ボール持ってるときとかは」

「すくな!」

「あははっ、冗談」


機嫌を損ねても私が笑っていれば、なんやかんや許してくれるのは真ちゃんも黄瀬くんも一緒でした。
だったのだけれど、黄瀬くんはもちろん真ちゃんとは違ったのです。
私は接し方も心を許す範囲も、真ちゃんと同じくらいのポジションに黄瀬くんを置いているのだけれど、黄瀬くんは多分、それに気付いていないのです。


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「名前っち、高校どこにするつもりっスか?」

「うーん……」

「あれ?まだ決まってないんスか?」

「そりゃ、黄瀬くんと違って推薦じゃないもん。そんな早く決まらないよ。でも、多分秀徳かな〜」

「え。秀徳って頭いいっスよね」

「そうなんだよね〜。本当は青峰くんと同じ桐皇がいいんだけど、高校は真ちゃんと同じとこ行きたいなぁ、なんて」

「……海常は候補にいれてくれないんスか」

「うーん…神奈川だから、ちょっと遠いんだよねー……」

「オレと同じとこ行きたいとは思ってくれないんスね」


真ちゃんのわがままとは違う風に、刺々しい黄瀬くんの言葉は少し私を困らせる。
時折こうして彼は苛立つが、それはきっと、黄瀬くんはどうせ自分を選んではくれないと思っているというか、つまり、私の黄瀬くんへの気持ちに対しての自信が低いのだ。
一方真ちゃんは、最初に私が桐皇にしようと思ってると告げた時、秀徳はダメか?と言ってきた。
それに青峰くんが桐皇だと渋ると、それがどうした?オレがいるのだよ。なんて苛立ちもせず、私の真ちゃんへの気持ちの自信から平然と返したのだった。
結構好意をあからさまに出しているつもりなのに、わかってもらえないもので、どう返答したらいいかわからず、誤魔化すように笑うと、バツの悪い顔をして謝られた。


「…ごめん」

「えっ、いや、ううん。そんな、謝ることじゃ、」

「だって、オレ、彼氏でもないのに……面倒っスよね」

「まぁ、確かに、黄瀬くんって彼女には独占欲強そうだね」


あはは、と笑って言ってもいつものような笑顔は返って来ず、眉を下げたままだったので、初めてのことに戸惑ったが、フォローするように言葉を続けた。


「黄瀬くんと同じ学校だったら、楽しいよね、きっと。真ちゃんとね、中学離れて、全然会える時間なくなっちゃったから、高校は一緒のとこにしようと思ってたんだけど、今度は黄瀬くんと、神奈川なら、今より会えなくなっちゃうよねー……」


もちろん、黄瀬くんが海常に行くと真ちゃんから聞いて、海常も候補に入れなかった訳じゃないのだ。
でも、ここから海常に行くのは不可能ではないけれど少し遠いので、交通費と時間がかかるというのがマイナス要素。
そうやって秀徳、桐皇、海常で迷っていた私は、候補から海常を消したつもりだったのだが、まだ未練は断ち切れていなかったようだ。


「……緑間っちとオレだと、緑間っち選ぶっスよね、フツーに。幼なじみだし」

「そんなことはないけど。真ちゃんがもし、海常だったら…」


否定しようとしながらも、真ちゃんと同じ学校だったら、親も交通費がかかったとしてもわかってくれそうだし、海常を選ぶかもしれないと思って、言葉に詰まってしまった。


「緑間っちのことは、抜きでもいいっスよ」

「え?」

「オレと青峰っちだったら、どっち選ぶ?」


黄瀬くんはやっぱり、わかってない。
知り合って何年も経っている訳でも、会う回数が多い訳でもないから、当たり前と言えば当たり前なんだけれど、私は少なくとも黄瀬くんに全部さらけ出してるつもりだったから、ここはわかっておいてほしいところだった。
私もまだ黄瀬くんのわからないところはたくさんあるけれど、わかるところもたくさんあるから、私のわからないところがあったとしても、こういう大事なところは、黄瀬くんにはわかっていてほしい。


「……私、行きたい高校とか特にないから、青峰くん、真ちゃん、黄瀬くんの行く所から選ぼうと思ったの。で、青峰くんが大好きだから、追っかけだから、ファンだから、最初は桐皇にしようと思ってた。海常は遠いし、秀徳はレベル高いし、真ちゃんは家も隣だしね。だから、普通に選ぶんだったらきっと、桐皇だよ」

「……なんで、今は秀徳になったんスか?」

「真ちゃんに言われたから。青峰くんが居なくても、オレがいるって。あと、私なら秀徳でも受かるって、言ってくれた」

「……じゃあ、オレが、海常にしてって言ったら…」

「海常にする。…黄瀬くん、真ちゃんには敵わないって思ってない?だから、青峰くんを引き合いに出したんでしょ?どっちが勝ちなんてことはないけど、でも、黄瀬くんのことも真ちゃんと同じくらい好きなんだよ」


わかってよ、と言うのはわがままだとは思ったけれど、わかってほしかった。
私が真ちゃんと同じくらい、こんなに男の子に気を許して、大好きなこと、ないんだよ、初めてなんだよ。
そして、私が抱いている黄瀬くんへの好きは、きっと真ちゃんへの好きとは違う。
2人とも同じくらい大好きだけれど、真ちゃんなんて最早家族同然だけれど、黄瀬くんのことも大好きで、一緒にいたいと思ってる。


「……そりゃ、幼なじみっスもん。緑間っちとおんなじくらい好きなんて、信じられないっスよ」

「……真ちゃんとはね、大人になったらもう、一緒にいれないから。家族みたいだけど、これが将来もそのままなんて絶対ない。お互い、恋人や、ううん、恋人ならまだしも、家族が出来て、きっとずっと、一緒なんてことはないから。だから高校は真ちゃんと同じとこ行っとこうと思ったの。でも、それでも黄瀬くんとも一緒にいたいと思った。でもね、こうも思うの。黄瀬くんと、ずっと一緒にいるから、高校は離れててもいいですか?」

「そ、れって……」

「黄瀬くんと、ずっと一緒にいても、いい?」


目を見開いて絶句した黄瀬くんの頬が、どんどん紅潮していく。
私はこの沈黙の緊張感が耐え辛くて、スカートを握り締めた。
1分も経っていない筈なのに、私には1時間待っているような気持ちでならない。


「……逆プロポーズっスか」


ようやく、言葉が投げ出されたかと思ったら、それは黄瀬くんの苦笑と共にだった。
それでも、バカにしたり、呆れたりしたような笑いではなく、強いて言うならば仕方ないなぁ、という感じ。


「カッコいいとこ、もってかないでほしいんスけど」

「…青峰くんばりにイケメン?」

「バカ」


私は自室のベッドに腰掛け、黄瀬くんは向かい合うように敷いてあるカーペットの上に座っていたのだが、長い腕がにゅっと伸びてきて私の手首を掴み、そのまま黄瀬くんの胸へと引き込まれた。


「きゃっ!」


咄嗟に膝立ちをして胡座をかいている黄瀬くんと同じ目線になる。
間近で見る端正な顔に、初対面の時には何にも感じなかったはずが、今では愛しさなんかが溢れ出してしまって、カッコいいなぁなんて思った。


「オレで良かったら、ずっと一緒にいてください」

「…取り消し不可能だからね?」

「それは名前っちもっスよ」

「高校で好きな子出来たもだめなんだよ?」

「名前っちだってやっぱり真ちゃんとずっと一緒にいたいとかなしっスからね」

「真ちゃんのこと引きずるねーあははっ」

「笑い事じゃないっスよ!」


それでもさっきとは違って、笑ったら笑顔が返ってきて安心した。
こんな約束に正直保証なんてないけれど、それでも思ってしまうんだ。
黄瀬くんとならきっと、大丈夫だって。


(20121118)
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